『平穏な日常』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
【平穏な日常】
あれから15年
今までの平穏な日常は
一瞬にして消え去った
自然の現象には
逆らえることはできない
だけど
事前に備えることはできる
もうあの時と同じような
悲しいことは繰り返したくない
だからこそ
後世に語り継ぎたい
私はずっと、毎日「変わるきっかけ」を待っている。
三年前、母が死んだ。
それから父と二人で過ごしているこの家は、どこか味気ない。
朝起きても「おはよう」と言うわけでもない。
挨拶を交わすこともない。
私たちの間には、もともと母という鎖があった。
その鎖があったからこそ、かろうじて家族としてつながっていたのだと思う。
父は以前、私たち二人の前で土下座をして、一家心中をしようと言ったことがある。
母は病んでいた。
そして、残されたのは私だけだった。
今でも思う。
母が私を残して死んでしまったこと。
先に楽になったこと。
それが憎い。
私は母を憎いと思ってしまう。
でも同時に、あの人は弱かったのだとも思う。
たぶん、私よりも。
いや、弱いというより、優しすぎたのだと思う。
人よりも、優しすぎるくらいに。
だからこそ、母は壊れてしまったのだと思う。
こんな家庭で育てば、精神が崩れてしまうのも無理はない。
本当なら、壊れてしまうのは私のほうだったのかもしれない。
それでも私は、変わりたいと思っている。
何気ない、同じことの繰り返しの毎日の中で、
私は「憧れ」というものを夢見ている。
夢。
目標。
目的。
その言葉が、人生の中で何度も頭の中を反芻する。
私は、変わらないものを守るために、変わりたいのだと思う。
もし今の自分が怠けて、ただ惰性の日常を生きていたとしたら、
憧れは遠ざかり、自分に期待することもなくなる。
自分に期待しなくなった先に、いったい何が残るのだろう。
だから私は、この平穏な日常の中で何かを見つけたいと、必死に生きている。
毎日を生きて、
生き抜いてやろうと、必死で頑張っている。
私は、頑張って生きているのだ。
平穏な日常
平穏な日常
今日も猫と一緒に日向ぼっこしながらマフラーを編んでいる。
何となく編んで売るのだ。
最近目がしばしばしてきたなー
網目が見えずらいし手も上手く動かない
でも頭が記憶している
特に考えることもなく手が動く
この当たり前のような幸せがどれぐらい続くだろうか
いつか一瞬で消えてしまうのだろうか
未来のことは何も分からない
でも今私にとって平穏な日常を過ごせていることをとても喜ばしく思うのだ。
せめてこの子の眠りを見るまでは元気でいなくちゃね。
No.48
平穏な日常
「今日ってなんの日か知ってる?」
「今日?3月11日、、あ。3.11。」
「そう。東日本大震災があった日だね。」
「そうだった。私たちは1歳の頃だっけ?
関係ないと思いがちだけど忘れちゃダメだよね。」
「そうだよね。平穏な日常が壊れた瞬間だったわけだし。それから耐震について一目置かれるようになったんだっけ?」
「私も地震についてはあんまりよく知らないなぁ。」
「なんだかんだ年々薄れているよね。そのうち忘れ去られるのかな。」
「どうだろうね。」
平穏な日常
それは、いいもの
それは、皆平等に与えられるべきのもの。
平穏な日常
それは、俺には手が届かなかったもの。
平穏の代わりにあるのは
地獄だけ。
仕事も平穏な日常のひとつ。ではあるけど、救急隊の仕事をしていると、それを日常とは思いたくはなかった。
似たようなケースがあっても同じケースなんてない。
だから家に帰ると安心する。
恋人と過ごす時間が穏やかで、心地よくて、愛おしんだ。
「お疲れ様です」
柔らかく微笑んでくれた彼女が温かいココアを差し出してくれる。
俺はそれを受け取って、ゆっくりと口つけた。
甘さが身体に染み込んで、疲れを癒してくれる。
「はぁ〜オイシイ〜」
「うふふ、良かったです」
そんなふうに答えてくれる。
こんな穏やかな時間が何よりも大切な日常だと思った。
おわり
六六四、平穏な日常
愛すべき日常ってなんだろうね
今ってくたびれてて
好きなことをする体力もなくて
心の平穏ってなんだろうって思ってる
ゆっくりと
好きなことがちょっとでもできる
そういう日常が
戻ってくるといいな
平穏な日常
何かが少しづつ違ってて
なんだかなあ
小さなずれが集まってくると
目立ってきて
困るときがくる
簡単になおせるものではない
人とは難しい
たびじ
『平穏な日常』
朝起きて、顔を洗う。
ご飯を食べて、服を着替える。
靴を履いて、家を出る。
いつもの道を歩く。
道端にかわいらしい花が咲いている。
野良猫とすれ違う。
青空の下を歩く。
優しい陽の光に照らされて、
心地よく伸びをする。
咲き始めた桜を眺めながら、
穏やかな春の日を過ごす。
公園のベンチに腰掛け、
そよ風に身を任せる。
特別なことがなくてもいい。
平穏な日常であればそれでいい。
当たり前ではないこの日々を
ゆっくりと噛み締めていたい。
平穏な日常。
平穏な日常は
ゆうが
居てほしい。
明日までには
何とか
ストーリー上げるね。
平穏な日常
ミサイルや災害や事件事故や病気とか、そういうものにぶち当たったとき、今の生活を『平穏な日常だったな』と思うのかもしれない。思うと思う。
平穏な日常は果敢ないですね。失ってからしか気付けないのですから。
「平穏な日常」
びっくりする様な良い事がなくても、どうしょうもない不幸がなければ、それは幸せな人生と言えると思う。
宝くじに当たるのとかも夢見るけど、でもホントに当たったら逆に人生狂わされるかもしれない。
大きな山がなくても、深い谷さえなければ、それは概ね成功だと思う。
つつましく、派手な事はせず、ただひたすら堅実に、平穏に生きる。
それが幸せだと思う。
そんな私が。
まさかの不倫で修羅場で慰謝料で。
ずっと平凡が一番、出る杭は打たれるから目立たず、が信条の私なのに。
貴方を恨んで、奥さんを憎んで、憎まれて。
でも、それすらも世の中にはよくある事で、きっと日常に埋もれる程度の、平穏の一部かもしれないなんて自分に無理やり言い聞かせて。
平凡が正義の私には、自分の気持ちの逃げ場が必要だった。
そうやって自分に言い訳をしながら、何とかこの状況を打破する方法を考える。
私の平穏な日々を続ける為に、誰かに見つかる前に、何とかこの大きな2つのゴミ袋の後始末方法を考えなきゃ。
早く、夜が明けるまでに。
言葉を重んじるふりをしてきました。
言葉の虚構に耐えて、生きました。
母の蜜を煮詰めたような濃厚な甘さを含んだ声色、言葉が苦手でした。
どうしようも無く、虫酸が走りましたから。
父の研ぎ澄ました剣のような冷たさを含んだ声色、言葉が嫌いでした。
只管に強くあろうと、固められた言葉だと分かっていましたから。
両親の異質さは、御覧の通りです。
まるで、言葉が通じませんでした。
完璧さに囚われた人。
現実の見方を忘れた人。
それが、私の両親でした。
今にして見れば、分かります。
彼らは、唯、必死に生きていただけなのだと。
しかし、彼らの生前には分かりませんでした。
それで良かったと思います。
本当ですよ。
やっと、気持ちと事実が整理出来たのですから。
平穏な日常(オリジナル)
俺は愛妻家と言われている。
就職から10年で結婚。その後3年くらい遊び回っていたが、子供の誕生を機に、家族を何より優先するようになった。
当時はあまり社内で取れる雰囲気ではなかった育児休業をフルに取り、妻の子育てを支えた。
共働きなので、子供が具合を悪くした時は交代で面倒を見た。
一人暮らしが長かったため、家事も得意だ。妻が遅くなる日は食事を作り、子供を風呂に入れ、寝かしつけた。
クリスマスや結婚記念日や誕生日など、イベント事は欠かせない。外食や遊園地、お泊まりなど、様々なプランを立てて遂行した。
妻はとても喜んだ。
我々は仲良し夫婦だと思う。
社内で仲間と話していると羨ましがられるし、愛妻家だと言われるし、自分でもそう思っている。
子供は現在中学生。
何気ない今日。
玄関のチャイムが鳴った。
「あ、俺が出るよ」
テレビを観ていた俺は、キッチンにいる妻に声をかけて玄関へ向かった。
荷物でも届いたかと思って扉を開けると、予想に反して、中高生くらいの制服の少女が、こちらを見上げていた。
俺は何事かと首を捻る。ご近所さんではない。
何となく見たことがある気がするが、思い出せない。
年恰好的に、子供のお友達だろうか。
声をかけようとして、彼女が先に名乗りをあげた。
「私、あなたの子供です」
そう聞いて、結婚後、遊び回っていた期間の事を思い出した。
心当たりがある。
俺は蒼白になった。
平穏な日常は終わりを告げた。
「学校はフツー」と言った君 それが幸せだったと気づかず生きて
題-平穏な日常
幸運にもここまで生きながらえた
明日の神話の真意も輝く
生きていてごめんなさいと泣くような
究極がすぐ隣に御座る
#平穏な日常
お題【平穏な日常】
『爪』
独り言を、ひとつ。
朝、眼が醒める。それだけで、もう、取り返しのつかない過ちを犯したような気分になる。私は、固く、梅干しを噛み潰すような顔で瞼を閉じる。
どこか遠くで小鳥が囀っている。チチチ、と。あれは、生命を謳歌しているのではない。単なる、無神経な生理現象だ。ああ、また一日が始まってしまった。そう思うと、胃の腑の底から絶望という名の酸っぱい液がせり上がってくる。
人間というものは、おそろしく面倒くさい生き物だ。そして、悲しいかな、自分もまたその一人で、救いようのない道化なのだ。
心では泥のような呪詛を吐きながら、人前では、まるで春風を纏ったかのような軽妙な笑みを浮かべてみせる。饒舌に、滑稽に、求められるままの私を演じる。しかし、ふとした瞬間、内側の私は窓の外を眺め、冷ややかに呟くのだ。
「どうせ、誰にも判るはずがない。」
周囲の笑い声は、まるで厚い氷の下に閉じ込められたまま聴く、遠いお祭りの騒ぎのように、鈍く、無機質に響く。
そんな孤高を気取っている自分に、どこかで微かな、選民のような陶酔を覚えている。その浅ましさ。その卑劣さ。反吐が出る。私は私という人間に、何度絶交を言い渡せば済むのだろうか。
「やあ、おはよう。」
人は、出遭えば、すぐさま名前を呼び合い、挨拶という名の無意味な殴り合いを強いる。朝は、声が出ない。喉の奥に、昨夜飲み込んだ後悔がこびりついていて、声が、薄汚い雑巾のように掠れてしまう。
「……おはよ。」
それだけを絞り出し、あとは、世間という名の濁流に、この骨抜きにされた身を投じる。
昼。窓際で、教員の垂れ流す講義を聞くふりをして、その実、一言も脳に届いてはいない。
教室は西向き。誰かが乱暴に引いたカーテンの隙間から、あの、おめでたいほど無邪気な光が、ナイフのように差し込んでくる。光は私の机の左角を射抜き、そこに置いた右手の、ささくれ立った指先を、残酷なほど鮮明に照らし出す。不潔で、乾燥し、生活の倦怠を絵に描いたようなその指。
左手は、机の中で死んだふりをして硬直している。開かれた教科書は、光に焼かれて真っ白に飛び、文字の亡霊さえ見えない。そこにあるのは、ただ、私の未来のような虚無の白紙だけだった。
ふと、顔を上げれば、教卓には国語の女教師。
彼女の言葉は、音としては届くが、私にはそれが、滅び去った古代文明の、呪いの呪文のようにしか聞こえない。意味が、まるで見えてこない。
これは、未来の私か。あるいは、かつて捨て去った過去の幻影か。
私は、いつかこれを思い出すのだろう。けれど、それは一瞬の閃光のような不快さで、後悔という棘に刺されたくないから、必死で頁を捲り、忘れようと足掻くのだ。しかし、忘れようとすればするほど、それは脳髄の奥底に、剥製のように、醜く定着してしまう。
夜。独り、考える。
この、惨めで、退屈で、死ぬほどいつも通りな時間が、いつか宝物のように美化される日が来るのだろうか。
あの光景を愛している、などと言えば大嘘になる。けれど、輪郭を失い、ドロドロに溶けかかったあの午後の光が、どうしても私を離してくれない。
つまらなくても、意地でも「おもしろい」と自分を欺き、道化て歩むのが、人生という地獄の作法らしい。私はこれからも、なんとなく呼吸をし、なんとなく媚び、なんとなく悲しみ、そして本当の最期になって、ふと、なんとなくの後悔と、これまた、なんとなくの安堵を感じて、くたばるのだ。
そして、そんな、どうでもいいような思索に耽っている今という汚辱の時間が、私にとっては、結局のところ一番大切で、唯一の聖域なのではあるまいか。
気づけば、闇に沈んだ部屋で、わずかな光の一点を見つめていた。寝台に横たわり、鉛のように重い瞼を伏せていく。
果てしなく長く、残酷なようでいて、しかし天国のように、おめでたいほどの一瞬。
誰も気づかぬうちに、指の間からこぼれ落ちていく砂。
それが、「日常」という名の正体なのだと思う。
そしてまた、知らぬ間に天道様が昇り、小鳥が無神経に鳴く。
重い瞼を無理やり押し上げれば、視界の先に、丸まった自分の手の、無様に伸びた爪が映る。
私は、深い、深い溜息をつく。
ああ、死にたい。けれどその前に、
「爪、切らなきゃ。」
平穏な日常
平坦だけど平坦じゃない道を求めて日々刺激を探してきたわ。
刺激的な毎日が欲しくて。
でも手に入れると苦しいものね。
翻弄されてばっかりなんだもの。
本当の私を見てほしいのにいざ見せると不安で仕方がないの。
あなたも同じ?
私ね、愛することはできるの。
深く深くあなたを愛することができるわ。
貴方の悪いところも全て受け止めて包み込むつもりよ。
でも受け入れる勇気があっても手放して忘れる勇気がないの。
私は一体どうすればいいのかしら?
私の頭はそんな悩みでいっぱいいっぱいなのにあなたってば余裕ね。
私は相手にされてるかしら?
いいわ、そのうちあなたは私に翻弄されるもの。
そうしてみせるわ。
うじうじ悩んでても仕方がないもの。
私の平穏な日常を返してもらうわ。
平穏な日常
失った時にやっと気づく
無いことなんて想像できない
毎日登校する息子
布団で寝れること
スマホがちゃんと繋がること
平穏な日常