私はずっと、毎日「変わるきっかけ」を待っている。
三年前、母が死んだ。
それから父と二人で過ごしているこの家は、どこか味気ない。
朝起きても「おはよう」と言うわけでもない。
挨拶を交わすこともない。
私たちの間には、もともと母という鎖があった。
その鎖があったからこそ、かろうじて家族としてつながっていたのだと思う。
父は以前、私たち二人の前で土下座をして、一家心中をしようと言ったことがある。
母は病んでいた。
そして、残されたのは私だけだった。
今でも思う。
母が私を残して死んでしまったこと。
先に楽になったこと。
それが憎い。
私は母を憎いと思ってしまう。
でも同時に、あの人は弱かったのだとも思う。
たぶん、私よりも。
いや、弱いというより、優しすぎたのだと思う。
人よりも、優しすぎるくらいに。
だからこそ、母は壊れてしまったのだと思う。
こんな家庭で育てば、精神が崩れてしまうのも無理はない。
本当なら、壊れてしまうのは私のほうだったのかもしれない。
それでも私は、変わりたいと思っている。
何気ない、同じことの繰り返しの毎日の中で、
私は「憧れ」というものを夢見ている。
夢。
目標。
目的。
その言葉が、人生の中で何度も頭の中を反芻する。
私は、変わらないものを守るために、変わりたいのだと思う。
もし今の自分が怠けて、ただ惰性の日常を生きていたとしたら、
憧れは遠ざかり、自分に期待することもなくなる。
自分に期待しなくなった先に、いったい何が残るのだろう。
だから私は、この平穏な日常の中で何かを見つけたいと、必死に生きている。
毎日を生きて、
生き抜いてやろうと、必死で頑張っている。
私は、頑張って生きているのだ。
平穏な日常
3/11/2026, 1:29:25 PM