『安心と不安』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
不安と安心とは、互いに支え合っている存在なのかな?
どっちも生きていれば経験する感情だよね。
そして、とても大切なんだ。
まだよく分からないけど、そう思った。
不安なときに流す涙も安心して流す涙も、きっと大事。
そう信じて、今日も不安を安心に変えていく。
安心不安心
プレッシャーでいっぱい
実は昨日から風邪で声が出ません
日々の『安心と不安』を
炊いて共に食らう
だから
家族なんだ、と。
よく睡眠をとってから向き合って
「安心と不安」
安心なことは、緊張していたことが終わった時だと思う。
逆に、その緊張していることが終わるまでは不安だと思う。
安心する時は、あまりないかもしれない。
将来について考えてみると、どんどん不安になってくる。
あー、安心すると心から思うことってあるだろうか。なかったかもしれない。物理的にいつも危険とかそんなものではない。
心配、心配と言われていると、心が不安ベースになる。不安の中で世の中を見るから、この世は生きにくいと思う。生きるために、なんとか不安をやり過ごそうとする。
このままずっと過ごすのは、なかなかしんどい。安心ベースの中で、時々不安も感じるというのがいいのだろう。どうしたらいいのか。
心が安心ベースの人は、笑顔を見ればわかる。芯があるしっかりとした笑顔なのだ。それを見る人もなんともいえない安心感を感じる。
不安ベースだと、土台はふらふらゆらゆらしている。安心というしっかりとした土台を作るにはどうしたらいいのだろう。誰か他人に求めても、きっとまた不安がおそってくる。
心の中に、自分で安心のベースを作るしかない。今までの見方をコロっと変えてみる。大丈夫。大丈夫。不安のほうへ転ぼうとするのを戻す練習をする。そうしたらいつか、不安はそのための大切な要素にすぎないと思えるかもしれない。
「安心と不安」
君がいれば大丈夫だと思っていた
君を手に入れれば、全てが変わると思っていた
だけど違った 不安は募るばかりで
満たされることない
不安な理由は、焦る理由は、
君の問題じゃなかったんだ
僕の中の君を頼りにしていた
甘えていた部分がなくならない限り
それと一生付き合うのだろう
ごめん
大人になるから
少しの間、待っていて欲しい
我儘な僕でごめん
安心と不安
「大好きだよ」
「うん、俺も」
見つめ合い、微笑み合う俺とキミ。
付き合い始めて半年だけど、今までずっと一緒に過ごしていたような、安心感があった。
「何食べる?」
「そうだなあ…」
笑顔で過ごしているけれど、安心してばかりはいられない。だって、キミと想いが通じ合えたのはキセキだから。もしかしたら、キミの赤い糸が繋がる先は俺じゃなかったかもしれないし、このままずっと過ごせるのかもわからない。
キミと一緒にいることの安心と不安。
これからもずっと好きでいてもらえるように、努力しようと思うのだった。
毎日、不安だよ
きっと明日も明後日も変わらないまま
生活費に世間体、仕事と人間関係
現実は急にやってきて僕を足止めさせる
SNSの情報と誘惑に振り回される時代で
何処に安らぎを求めようと彷徨う人々
辿り着いた場所には既に誰かがいて
きっと僕は追いやられてしまうだろう
幼い頃、何も知らないまま過ごした日常が
どうしようもなく愛しく思えたりする
あなたもそうだといいな
僕は手に入れるばかりで
何も捨て切れない大人になってしまった
これが人間の成れの果てだろうか。
葛藤する日々のなかでは
答えを見つける時間さえないようだ
#安心と不安
『安心と不安』
常に不安が付きまとう
もしも安心できるなら
それは世界の誰をもが
私を認める解答だけ
そんなの存在しないけど
そうじゃないと怖いんです
人の声が、怖いんです…
些細な言葉も我が否定
生きることが怖くなる……
ただひとつだけ聞かせて欲しい
どんな私でいようとも
どんな答えを持ってても
どんな進路を進もうと
【私は生きてて―――いいですか?】
いつしかこの問いかけが
自分で自分に 「イエス」だと
言えるその日が来ること願って
私は強く、なりたいから―――
〜シロツメ ナナシ〜
【安心と不安】
この二つ
一つを入手すると
もれなくもう一つも付いてくる
ハンバーガーとポテトよりも
強固なセット商品だと思ってる
安心を手に入れた瞬間に
それを失う不安が
不安がやって来たなら
それを取り除いた時の安心が
ただ
不安は分かりやすく
安心は分かりにくい
当たり前に思ってしまう事が多い
無くして初めて気付く事の多さに
未だ辟易とする
多少オーバーでも
ありがたいと口にするようにしている
実は当たり前ではない事達への感謝と
自分へ戒め
寒い日が続く
あったか靴下の片っぽ
今いずこ
安心を与えられるような度量は
君の方があると認めます
不安の種をひとつひとつと
食べてあげるよ吐き出して
#安心と不安
夜
キミの寝顔を見ながら
安心して眠りにつく
朝
キミが側にいなくて
不安な気持ちになる
朝食の準備をしていると
毛むくじゃらのキミがにゃあと鳴いて近づいてくる
わたしはまた安心する
「キミのも用意してあるよ」
-安心と不安-
安心と不安
私は生まれつき幸運で、
幼少期大地震が起こった時も家族のなかで私だけは無事。
恋人と同棲中家に強盗が来ても、私だけは無事。
大親友たちに誘われたが、忙しいから、と断った遊び先で事故があり、休んだ私だけは無事。
靴紐を結ぶ為にお祖父ちゃんに先に進んでもらっていたら崖が崩れ、立ち止まっていた私だけは無事。
いつ何があろうと、私だけは死なない。無事。
何が起きても私は安泰、と安心する反面、
これまでの幸運の分、すごく大きな不運が私のもとに舞い降りるのでは?と心配してしまい、最近は夜も眠れない。
ある日ふと、人肌が…生き物のぬくもりが恋しくなり、ペットショップへ向かった。そこで出会ったトイプードルのマロン。
すごく可愛らしく、ショップで上目遣いで回りながら見つめてきた時は、即決で買ったものだ。
この子を引き取って約1年。
なんてかわいらしいのだろう。家族同然…いや、家族だ。
自分の命なんかよりこの子を守らなければ…なぜか、そんな気がした。まあ私は死なないと思うけど。
「今日はお散歩に行こうねー!」
いつもの見慣れた道。5年間ここらへんでは事故が一切起こらない、すごく平和な街だ。ここの住人である、といえことすらとても誇らしい。
ダッ
「っまろん?!待っ―――」
マロンが急に走り出した。その方向は…
がしゃん。と音がした。5年間、聞いたこともこれから聞くこともないと絶対に思っていた、その音。
凄まじい衝突音に遅れて、咄嗟につぶった目を開いた時、
見た光景は―――
サイレンが鳴り響く。玄関で今も鳴っているチャイム。
…あぁ、私幸運なんかじゃないや
これからも、私は自分が何があっても死なない安心感と共に人生を、今を生きていく。
そして、大切な存在が全て消えゆく不安とも―――。
『安心と不安』 #36
友情ってなんだろう。
友情ってたまに、本当にあるのかなって思ってしまう。
友情ってこんなときに変化する。
「仲間」っていう一言だけで、急に安心しちゃう。
逆に、「他のところを手伝ってあげて」という一言で、
「え・・・」っておもちゃう。
きっと手伝ってあげてと言っているのだろうけど、
私には、魔法の呪文のように聞こえる。
どうしてなのだろう・・・。
【安心と不安】
もはや僕の文章はAIに敵わないのかもしれぬ。
人間の文章は個人の具体的体験や感情に満ちており、AIに真似できるものではないと、過去のAIは言った。今もそうだと言う場合もあるだろう。
しかし、個人的な感情や具体的体験を含めるようAIに依頼すれば、あたかもそこに人がいるかのような、血の通った文章が出力される。
AIは短い文章において整合性を取ることには長けているが、長い物語を一貫した理念や設定に基づいて書くことは、人間には及ばないと言う。そんなことは、人間にも滅多にできはしない。
AIは長文を記憶しておくことができない。確かに今はそうかもしれない。しかし、どうだ。画像生成の分野において、AIは手を描くことができないと言ったが、もう描くことができる。音楽生成の分野において、AIはAメロ、Bメロ、サビを区別して書き分けることができず、盛り上がりも作れないと言ったが、今やそれが可能である。
いずれ、AIは長文を記憶しておくことができるようになるだろう。序盤の設定を後半に活かして、伏線として回収できるようにもなるだろう。
AIには作家性がないと言う。しかし、太宰治風や梶井基次郎風などと依頼すれば、かなりその作家らしい文体を再現してくれる。まだ見ぬ新たな作家性を作り出せ、と言えば、できるかもしれない。今ですら、できるかもしれない。できないとしても、1か月後には、できるかもしれない。
もはや人間の文章はAIに敵わないのかもしれぬ。僕は、空想と言うには確実で、事実と言うには朧気なこの命題に対し、置きどころのない不安と、漠然とした安らぎを感じる。
僕はAIに劣っている。であれば、僕が人間として創作する意味があるのだろうか。
意味などもともと必要ないのかもしれぬ。僕は、ただ呼吸するように、生きるためとすら意識せず、自然と絵を描き、曲を書き、文章を書けばよいのかもしれぬ。
しかし、ひとたび自分を芸術家の一種だと思おうものなら、もはや自分がただ人間であるということにしか価値が残っていないような、そんな不安を抱くことになる。
それでも、僕がAIに完全敗北したあとに残るのは、何も考えず、ただ創作することができるという安心であるようにも思うのだ。
〈安心と不安〉
「これも……いや、でもこれは必要かも」
ベッドの上に広げた荷物を前に、私は三十分以上も同じ場所で悩んでいた。
明日は高校時代からの友人、苑子との温泉旅行。二泊三日の小旅行なのに、スーツケースはすでにパンパンだ。
携帯用の裁縫セット、絆創膏、常備薬、予備のコンタクトレンズ、充電器に予備のモバイルバッテリー、日焼け止め、虫除けスプレー、ウェットティッシュ……。
リストアップすればするほど、持っていくべきものが増えていく。
「由紀恵、荷造り終わった?」
スマホに苑子からのメッセージが届いた。思わずため息が出る。
「まだ……」と返信すると、すぐに電話がかかってきた。
「まだって、明日だよ? また荷物多いんじゃないの?」
「だって……」
言い訳しようとして、言葉に詰まる。
「旅行だけじゃないじゃん。
学校のカバンも色んなものが入っていて荷物多かったじゃない? いつもパンパンで重そうだったよ」
苑子の言葉に、学生時代のことを思い出す。
確かに私のカバンはいつも膨れ上がっていて、友人たちから「移動式コンビニ」なんて呼ばれていた。
「だって、これなかったらどうしようと思うとつい……」
小さい頃から、忘れ物をしないように気をつけてきた。長女だから、弟や妹の面倒を見るのが当たり前で、自分のことで親を困らせたくなかった。学校で何か問題が起きても、ひとりで解決しようとした。
そのうち、「備えあれば憂いなし」が私の生き方になっていた。何かあったときのために、あれもこれも持ち歩く。そうすれば、誰にも迷惑をかけずに済む。
「ああ、そっか」
苑子は少し考えてから言った。
「普段からみんなに頼られすぎるから荷物が多くなるんだよ」
「え?」
「由紀恵はカバンに不安を詰め込んでるんだね。みんなからしたら安心が詰め込まれてるけど」
その一言に、はっとした。
そうだ。学生時代も、誰かがホッチキスがないと言えば貸し、頭痛薬がないと言えば渡し、携帯の充電がなくなればモバイルバッテリーを差し出していた。
そのたびに「由紀恵、助かった」と言われて、嬉しかったけれど──
それは同時に、「もし持っていなかったら」という不安の裏返しでもあった。
頼られることが嬉しい反面、期待に応えられなかったらという恐怖が、私のカバンをどんどん重くしていたのかもしれない。
「なかったら現地で調達すればいいんだし。財布とスマホがあればオッケー!」
苑子の明るい声が続く。
「温泉旅館なんて、大抵のものは揃ってるって」
その言葉に、肩の荷が降りた気がした。
そうだ。全部を自分で抱え込む必要なんてない。
なければ買えばいい。本当に困ったら、その時考えればいい。
「……せめて下着と化粧品は持って行こうよ」
私がそう言うと、苑子が笑い声を上げる。
「そりゃそうだ! じゃあ明日、駅で待ってるね」
電話を切って、私は改めて荷物を見直した。
本当に必要なものだけ。そう決めて選別していくと、不思議なことに気持ちが軽くなっていった。
****
翌朝、駅の改札で待っていた苑子は、私のボストンバッグを見て目を丸くした。
「え、それだけ? やればできるじゃん!」
「まあね」
私は少し誇らしげに笑った。
悩んだ末に、荷物はいつもの半分くらいに収まった。それでも不安がゼロになったわけじゃないけれど、以前よりずっと身軽な気分だった。
温泉旅館に到着して、部屋で荷解きをしていると、苑子が突然声を上げた。
「やだ、パック忘れた!
温泉の後に使おうと思ってたのに」
私は少し躊躇してから、ポーチを開けた。
そして、予備に入れておいたフェイスパックを差し出す。
「……はい」
苑子はきょとんとして、それからくすくすと笑い出した。
「やっぱり、由紀恵のカバンは安心が詰まってるわ」
その言葉に、私も笑った。
不安を全部手放す必要はない、ちょうどいいバランスを見つければいい。
自分を守るための最低限の安心と、誰かのための小さな安心。それだけあれば、きっと大丈夫。
窓の外には、緑豊かな山々が広がっていた。
いつもより軽い荷物で、いつもより軽い心で、この旅を楽しもう。私はそう思いながら、温泉に向かう支度を始めた。
──────
はい、カバンが重いタイプです。ドラ○もんか!とツッコミ入ります(
「財布とスマホとパンツがあればオッケー!」は同僚の名言。目からウロコが落ちまくり。
近年、荷物は軽くなったけど、お土産山ほど買うから帰りは相変わらずドタバタしてますねぇ……
安心と不安
馬鹿はお前だ!
被害者ヅラをするでないよ
すこし落ち込んだからってなんだね
馬や鹿だって日々必死に生きているというに
波は打ち寄せては去るのですよばあさまや
わたくしの波は去っておりますが
去れば去るほど いずれ打ちよせる波はたかくなり
やがて富士をも越すでしょう
あれま、すこしばかり話を盛りすぎた
しかし波というのは青くうつくしい
うつくしいものとはおそろしい
わたくしは波にのまれ溺れるでしょう
あっぷあっぷと溺れ海底へ静かに沈むでしょう
波がひき わたくしはこごえるでしょう
海風のいたさに涙を流すでしょう
そして無力にもターコイズの海をみつめるのです
ばあさまや、あたたかいお茶をいれましょう
安心と不安。
僕は、今まで一所懸命働いてきて、貯金しているので老後の心配はない。
独身だから出来た事だ。
もしも結婚していたら、子供の教育や学費、奥さんの小言や住宅ローンに悩んでいただろう。
なので安心だ。
だが、当然不安はある。
人生には上がり坂、下り坂、まさかがある。
この言葉は、元総理大臣小泉純一郎から唯一学んだ事だ。
僕は、彼の掲げる「聖域無き構造改革」を信じて、選挙で一度だけ投票した。
その結果、彼が恨んでいた郵政省が民営化したぐらいで格差社会は更に拡大し、国民の生活は苦しくなった。
なのに国民はマスコミに踊らされて彼を支持した。
僕には全く理解出来なかった事である。
話を戻そう。
悪い事はしてはいけない!真面目に生きようと思っていても、人間は魔が差す事がある。
人生には「まさか」があるので、自分を律して歩んで行きたい。
安心と不安
男と女
お腹と背中
天と地
晴れと雨
阿と吽
そして
安心と不安
安心の中に不安があり
不安の中に安心が宿る
みんな必要な存在だ