〈安心と不安〉
「これも……いや、でもこれは必要かも」
ベッドの上に広げた荷物を前に、私は三十分以上も同じ場所で悩んでいた。
明日は高校時代からの友人、苑子との温泉旅行。二泊三日の小旅行なのに、スーツケースはすでにパンパンだ。
携帯用の裁縫セット、絆創膏、常備薬、予備のコンタクトレンズ、充電器に予備のモバイルバッテリー、日焼け止め、虫除けスプレー、ウェットティッシュ……。
リストアップすればするほど、持っていくべきものが増えていく。
「由紀恵、荷造り終わった?」
スマホに苑子からのメッセージが届いた。思わずため息が出る。
「まだ……」と返信すると、すぐに電話がかかってきた。
「まだって、明日だよ? また荷物多いんじゃないの?」
「だって……」
言い訳しようとして、言葉に詰まる。
「旅行だけじゃないじゃん。
学校のカバンも色んなものが入っていて荷物多かったじゃない? いつもパンパンで重そうだったよ」
苑子の言葉に、学生時代のことを思い出す。
確かに私のカバンはいつも膨れ上がっていて、友人たちから「移動式コンビニ」なんて呼ばれていた。
「だって、これなかったらどうしようと思うとつい……」
小さい頃から、忘れ物をしないように気をつけてきた。長女だから、弟や妹の面倒を見るのが当たり前で、自分のことで親を困らせたくなかった。学校で何か問題が起きても、ひとりで解決しようとした。
そのうち、「備えあれば憂いなし」が私の生き方になっていた。何かあったときのために、あれもこれも持ち歩く。そうすれば、誰にも迷惑をかけずに済む。
「ああ、そっか」
苑子は少し考えてから言った。
「普段からみんなに頼られすぎるから荷物が多くなるんだよ」
「え?」
「由紀恵はカバンに不安を詰め込んでるんだね。みんなからしたら安心が詰め込まれてるけど」
その一言に、はっとした。
そうだ。学生時代も、誰かがホッチキスがないと言えば貸し、頭痛薬がないと言えば渡し、携帯の充電がなくなればモバイルバッテリーを差し出していた。
そのたびに「由紀恵、助かった」と言われて、嬉しかったけれど──
それは同時に、「もし持っていなかったら」という不安の裏返しでもあった。
頼られることが嬉しい反面、期待に応えられなかったらという恐怖が、私のカバンをどんどん重くしていたのかもしれない。
「なかったら現地で調達すればいいんだし。財布とスマホがあればオッケー!」
苑子の明るい声が続く。
「温泉旅館なんて、大抵のものは揃ってるって」
その言葉に、肩の荷が降りた気がした。
そうだ。全部を自分で抱え込む必要なんてない。
なければ買えばいい。本当に困ったら、その時考えればいい。
「……せめて下着と化粧品は持って行こうよ」
私がそう言うと、苑子が笑い声を上げる。
「そりゃそうだ! じゃあ明日、駅で待ってるね」
電話を切って、私は改めて荷物を見直した。
本当に必要なものだけ。そう決めて選別していくと、不思議なことに気持ちが軽くなっていった。
****
翌朝、駅の改札で待っていた苑子は、私のボストンバッグを見て目を丸くした。
「え、それだけ? やればできるじゃん!」
「まあね」
私は少し誇らしげに笑った。
悩んだ末に、荷物はいつもの半分くらいに収まった。それでも不安がゼロになったわけじゃないけれど、以前よりずっと身軽な気分だった。
温泉旅館に到着して、部屋で荷解きをしていると、苑子が突然声を上げた。
「やだ、パック忘れた!
温泉の後に使おうと思ってたのに」
私は少し躊躇してから、ポーチを開けた。
そして、予備に入れておいたフェイスパックを差し出す。
「……はい」
苑子はきょとんとして、それからくすくすと笑い出した。
「やっぱり、由紀恵のカバンは安心が詰まってるわ」
その言葉に、私も笑った。
不安を全部手放す必要はない、ちょうどいいバランスを見つければいい。
自分を守るための最低限の安心と、誰かのための小さな安心。それだけあれば、きっと大丈夫。
窓の外には、緑豊かな山々が広がっていた。
いつもより軽い荷物で、いつもより軽い心で、この旅を楽しもう。私はそう思いながら、温泉に向かう支度を始めた。
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はい、カバンが重いタイプです。ドラ○もんか!とツッコミ入ります(
「財布とスマホとパンツがあればオッケー!」は同僚の名言。目からウロコが落ちまくり。
近年、荷物は軽くなったけど、お土産山ほど買うから帰りは相変わらずドタバタしてますねぇ……
1/26/2026, 5:04:32 AM