『安心と不安』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「大丈夫。心配いらないわ」
さすが高名な霊能者は、言葉にまでパワーがあるものだ。さっきまで私を苛んでいた不安は、彼女のひとことを聞いただけで、すっと溶けるように消えていった。
私の向かいには、着物姿のふっくらとした中年女性が座っている。彼女は柔和にほほえんで、言葉を続けた。
「『一週間くらい前から何かに取り憑かれているみたいだ』とおっしゃっていたけれど……これは、あなたに悪さをするものではありません」
「と、言いますと……」
「あなたを護っているのよ。彼女……そう、女性なのだけれど……こう言っているわ。『遠く離れた彼岸からも、あなたをずっとずっと見ているよ』って。よかったわね」
そんな風に、私のことを気にかけてくれる人がいたなんて。思いがけないことに、心が温かくなった。
「それは、いったい誰なんでしょうか?」
霊能者は、優しい声で答えた。
「あなたの、『お母さん』だと言っているわ」
鳥肌が立った。
「あの……母はまだ生きていて、今も一緒に住んでますが」
『安心と不安』
安心と不安
あなたと過す夜は、とても心が安らぐ…同じ私の部屋なのに、一人の夜にはない、言葉には出来ないけれど、優しい空気で充ちている…部屋の明かりも、いつもはただの光なのに、あなたが居るだけで、もっと明るくて、優しい感じがする…なかなか一緒に過ごせないぶん、電話よりも、もっと幸せになれる…最初は、声だけでも良かったのに、どんどん欲張りになってゆく…そして、一人の夜は、不安でたまらなく淋しくて…ずっとあなたと一緒に過ごしていたい…
安心と不安。
今の時代、安心も不安も簡単に示せたものでは無い。みんな少しづつ心の溝に隠しているものだ。
安心は怖い。それがいつ僕の手元から無くなり、また面白半分で壊されるものか分からないから。
不安は恐い。私の弱い所を見つける度に責め立て、情緒も体調も悪化させる。
こんな恐ろしいものをいつも手にして、頑張って前を向こうと努力しているのかと思うと、絶望してしまった方が楽なのかとも思う。それくらいに、辛いのだ。人生なんて。
でも、自分の中の少しだけ明るいモノは皆、抵抗の先頭に1つ持っている。それは、お買い物かもしれないし、寝る事だったりゲームだったり、ご飯を食べたり、本を読んだり、バスケしたり鬼ごっこしたり遊んだりする事かもしれない。そして、家族でも、友達でも、自分の命でもなくて、ペットだったりするかも知れない。
それがどんなモノは分からないが、生きてるからには何かしらこだわりという感情が捨てられないものである。
その感情を、安心も不安も包隠せるほど育てられれば、やっと幸せを感じられる。
それが毎日一杯いっぱいでも、生きていられる訳だと、自分で考えたい。
地位とは、恐ろしい。
地位を得てしまえば、大抵の人間はその地位に固執してしまう。
その地位を得ようと、わたしは多くを犠牲にした。
その地位を得ようと、わたしは平然と心を殺した。
野心自体、決して悪い訳では無い。
むしろ、高みを目指すことは良いことだと思う。
しかし、多くのものが見失う。
高みを目指す事自体が、目的と化してしまう。
何故、わたしは高みを目指したのか。
それは、貴女への恩返しだったはずだ。
しかし、わたしは……長らく忘れてしまっていた。
貴女が私に宛てた遺書を見るまでは……。
そうだった、そうだったな。
貴女は愛情深く、聡明な人だった。
わたしは貴女の有する、全てを引き継いだ。
だから、わたしは高みを目指したのだ。
貴女の生前には叶わなかった、恩返しをしたかった。
貴女に直接は述べられなかった、感謝の意を示したかった。
最上の地位に就くことで、貴女が成した決断への不安を解消して、
わたしは、貴女を安心させたかったのかもしれない。
人生には永遠の安心もないし、永遠の不安もない
今の気持ちに支配されすぎないこと。
「安心と不安」
生活するにも仕事するにも
安心と不安はツキモノ
一日が始まる朝から不安は付きまとい
安心感は無く、仕事を終えて床に着くまで
明日はどうなるか?と云う不安が付きまとう
安心の数値化は低く
不安の数値の方が高いのが
環境の弱さが物語っている
安心と不安
不安な社会に安心して往生出来るか?
昔、よく年末になるとテレビで“ポックリ寺”が紹介されていた。年寄りが車座になって“ポックリ♪ポックリ♪”と歌いながら踊っていた。
政府はこれからは健康寿命を延ばすと言っている。介護に人手を裂けないからか!このままだと若者一人が高齢者一人を支えなければ成らない。
少子高齢化、人口減少、災害、etc.‥‥‥不安要素が一杯だ。安心して死ぬに死ねない!
欧米では定年がないらしい!日本も死ぬまで安心して働ける社会を実現しよう。
安心な社会に、少し不安感を持って、
出来るだけ長生きして天寿を全うして安らかに“未だ未だ”永眠したくない、
永遠の命と若さが欲しい 徳博😛
通算 88 作目
♡もっと読みたい 947 突破記念号
雷の日
私は家でブルブル震えていた。
雷が凄い音で鳴り響いてる。
怖い、怖い、怖い・・・!
中学になった今でも、雷だけは克服できない。
ひときわ近づいてくる雷に、私は思わず毛布を被って隣の部屋へ行く。
ガチャ
扉を開けると、お兄ちゃんがベットで本を読んでた。
「何?どうしたの?お前」
毛布を被ったままのお兄ちゃんがあっけに取られた顔をする。
が、次の瞬間、合点がいったように頷いた。
「そっか、雷弱かったもんな。怖くなっちゃったんだ?」
からかうように言われて、私はお兄ちゃんを睨みつける・・・ものの、雷の音に、たまらず、お兄ちゃんのベッドに入り込んだ。
「ちょっと、お前、何してるんだよ!」
抗議の声も聞こえないふり。
ここでいれば安心だ。
両親は共働きで二人共帰るのは遅いし。
もうここしか安息の場所はない。
「もー仕方ないな、おい、もうちょっと横にずれろよ。狭いだろ」
お兄ちゃんの声に、横にずれる。
人が側にいる気配に、私は心からホッとする。
「お兄ちゃん、雷止むまでここでいていい?」
私が聞くと、
「好きにすれば。お母さん帰ってきたら下に行けよ」
お兄ちゃんは、本を読みながら答えた。
私は本をめくる音を聞きながら目をつむる。
時折強い雷が来たら、お兄ちゃんの服の裾を握ってしまったけど、何も言われなかった。
一人じゃ心細くて恐怖で死にそうだったけど
私にお兄ちゃんがいてよかったな、と思った瞬間だった。
そして、私は段々と引き込まれるような睡魔に襲われながら夢の中へと落ちていったのだった。
安心と不安
不安と安心は真逆だ。
人は誰でも安心したいと思っている。少しでも、不安を取り除ければ、と。不安を取り除いて安心したい。不安を取り除いてくれる人を求めている。心の奥深くにある黒くて醜い物体。どうしたら取り除けるのか。誰なら私を黒くて醜い物体から守ってくれるのか。私は誰なら守れるのか。
安心と不安
どっちもあるから、どっちも感じられるけど、
出来れば長く、安心の中に包まれていたい。
小学校時代に話題をつくることが苦手で、友達にあなたと話していても楽しくないと言われたことがきっかけで、毎日話題をつくるのが不安になってしまった。しかし、その後、ドラマや漫画に興味を持ち始め、新しい趣味が見つかった。特に、受験期には漫画が私を支えてくれた。
友達との仲は修復できなくて後悔しているが、中学生になって新しい友達ができ、話題も増え、楽しい毎日を過ごせるようになった。私はこの経験を通して、不安があったからこそ、新しいことに挑戦することで成長できることを知った。
今では、自分の好きなことを楽しんで、新しい趣味を見つけることに積極的になった。人生が少し楽しくなった。私は友達の言葉から多くを学び、彼女に感謝している。
少しテーマとずれたかも…!
友達。
それは、良い意味にも悪い意味にもなる言葉。
永遠の友情をお互いに持った関係。いつでも助けてくれて、自分なんかと仲良くしてくれる。ずっと側で寄り添ってくれる。
安心できる、優しい存在。
表面上の関係。そんな友達はたくさんいる。友達なんて言っておけばどうにかなる。そんな雑な扱い方もできる。
いつ裏切られるのか、不安になってしまう存在。
ふと、考える。自分の友達はどちらだろうか。
そもそも自分に友達はいただろうか。
「友達」とは、とても面倒だ。
_安心と不安_
#安心と不安
なにをしても
『どうせ どうせ』
がよぎってる
これが堪らなく不安で
これが堪らなく安心だ
あぁどうせなら
最後まで信じたい
でも
登っても登っても
何処かで足を滑らせて
全部全部亡くなって
後遺症だけ残ってる
私は保険の外交員。
皆さまが持っている、生活する上での様々な不安を軽減するために保険を売っています。
そうです。保険というのは人々の安心を目に見える形にしたものなのです。
目に見えてわかるものっていいですよね。
今ではこんな病気やあんな病気、怪我だってありますから。
入院だけではありません。
通院するのにもお金はかかるんですよ。
そして、ご自分のことだけじゃありません。
大事なご家族さまに、もしものことがあるかもしれません。
でも、大丈夫。
入れる保険、たくさんありますからね。
今度あなた様用の保険のおススメを一覧にして持ってきますからね。
安心がお金で買えるなんて、いい世の中になりましたよ。
今日も私は保険を売ります。
誰もが持つ不安を安心に変えるために。
何よりも私自身のノルマを達成しなければいけないというプレッシャーの不安から抜け出して安心するために。
――玄関の鍵、閉めたっけ。
歩き始めてすぐの曲がり角で、私はふと不安になる。
くるりときびすを返し、家に戻る。大丈夫、鍵は閉まっていた。
――お鍋の火、止めた?
横断歩道で思い出し、また、家に戻る。ああよかった、お鍋の火は消してあった。
こんなことを繰り返し、私はいつも待ち合わせに遅れてしまう。だいぶ早く家を出ているのに、だ。
60を過ぎたが、忘れっぽいのは年のせいだとは思わない。なぜなら、昔からこうだからだ。
子どもたちも家を出た。今は旦那とふたりだけで暮らしている。
会話はあまりない。私が何を好きで何が嫌いで、どういう人間かなど、きっともう興味もないのだろう。
待ち合わせ場所に着くと、長年の友達の佳世子がこちらへ手を振った。同級生なので、気心も知れている。今日は佳世子のほうから、折り入って話があると呼び出された。
昼間のレストランは人が混んでいる。壁際の二人席に腰を下ろすと、佳世子はおもむろに話し始めた。
「これを預かってほしいのよ」
差し出されたのは、手のひらにのるほどの大きさの、白い箱だった。鍵がかけられており、中は見えなかった。
「夫や子どもに見つかると、ちょっとまずいのよね。内容については、ごめん。聞かないでくれる?別に厄介なものじゃないのよ、一週間だけでいいから。」
中身が気になったけれど、佳世子の真摯な眼差しに気圧され、なにも聞けないまま結局
預かってきてしまった。持ち上げてしげしげ眺めていると、玄関で呼び鈴が鳴った。
「はいはい」
荷物を受け取りサインをし、ふと気づく。
あの箱はどこに置いた?
「ない、ない」
蒼白になって探していると、ソファで新聞を読んでいた夫が、のっそりと立ち上がった。
そしてつかの間消えたかと思うと、その手にあの箱を持って戻ってきた。
「え、どこにあったの」
仰天して尋ねると、夫はこう言った。
「居間の引き出しの上だよ。お前、大事なものは、たいていあのまわりに置くだろう」
「え?」
「なんかさっきからやたらじろじろ見てたから。大事なもんなんだろ」
知らなかった。
自分が無意識に、大事なものをそこに置く癖があることは。
「それから、鍋の火止めておいたぞ。夢中になると、すぐ忘れるんだからな」
忘れていた。火をつけたままだった。
この人はわかっていたのだ。私が白い箱を見ていたことも、それが大事なものであることも。それをどこに置くのかも。忘れっぽい私のことを、ちゃんと見ていたのだ。
私、このひとと結婚していて、良かったかもしれない。
これからまた同じようなことばかりミスして生きていっても、大丈夫かもしれない――
思いがけず安らかな気持ちになって、私はひとり微笑んだ。
そしてふと思う。
ところで、この箱の中身はなんなのだ。
顔の前に持ってきて眺めていると、中からかすかにカサリ、と音がした気がする。
その瞬間、私のなかでいくつもの疑問が湧いてでた。
これは何?まさか今音がした?なぜ見つかってはいけないの?まさか―――
言い様のない不安が、私を支配した。
安心と不安
ふと、安心することがある。
母の優しい笑顔、父の大きな手、柔らかい布団、暖かい日差し。
全てが私を包んでくれる。
ふと、不安になることがある。
知らない人の冷たい目線、ひとりぼっちの部屋、暗い帰り道、点数の悪いテスト。
全てが私を突き抜けていく。
安心と不安は表裏一体だ。
安心した後は不安になるし、不安の後は安心できる。
不安も悪いものでは無いし、安心ばかりは少し怖くなる。
画面越しに出逢う
この時間
胸が高鳴る
考え 考え紡ぎ出した
シンプルな短文を
送信 という操作に想いを重ねる
どんなコメントが返ってくるか
不安と楽しみが入り混じる
期待する言葉が届くわけでもないけれど
今日1日あった事
仕事の相談…
たったそれだけのやり取りで安心できる
そんな時間と空間が
2人だけの秘密の小部屋(オプチャ)
そしてまさに、今
誰にも邪魔されない安心と
背徳感に似た………不安とを抱え
今夜も眠りにつく
#安心と不安
この先の不安が毎回押し寄せる。
このままでは、自分の不満ばかり募って行くのが目に見える。
すでに、いつまでこんな状況が続くのだろう?と不安でしかない。
うまく行かない事は、私のせいにし、自分はなんの努力もしない。
支える側は、支えるだけで、支えてもらう側は、それを当たり前のようにしか思わないのでは、バランスが悪くて突如関係は崩壊するだろう。
支えられて、安心しているのだろうか?自分1人になった時の不安はないなだろうか?
私には安心など、かけらもない。
人はいつ、どんな状態で、ひとりぼっちになるかわからないのに。
寄りかかる事しか考えない人生なんて、楽しい訳がない。
自立して、努力を重ねて成功する事に喜びと自信が持てるはず。
見ていて不安しかない人では、関わり方すらわからない。
私は利用されているだけなのだから。
"安心と不安"
たまに、二つの正反対な感情が心の中に同時に存在して、綯い交ぜになる事がある。
例えば、『これができた』という安心と『じゃあこっちはどうすれば』という不安。
その《安心》と《不安》が綯い交ぜになって、それが漠然とした焦りに変わって、自分の心なのに、何から手を付ければいいのか自分でも訳分からなくなる。
そういうのがたまにあるのが地味に困る。
俺が心配性なせいなのもあると思うけど。
俺の悪い癖なのもあると思うけど。
安心と不安
君の横は安心するのに
失う日が来るとわかっているからこそ
不安で押しつぶされそうなんだ
そんな背中合わせな関係を
今も続けている
水の中をういたら沈んだりするのと同じようだ
楽しいほど、
失うのが怖い
きっと君を失ってしまったら
私は息ができないだろう
そう思うほどだ