『声が枯れるまで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「声が枯れるまで」
カラスが鳴いている
かすれた声で
何があったの?
苦しいの?
辛いの?
″生きる″って難しい
カラスが泣いている
切ない声で
もう嫌だよ
苦しいよ
辛いよ
私も隣で泣いていい?
声が枯れるまで...
本日のテーマ『声が枯れるまで』
ふと思い出す。
あれは、まだ俺が若かりし16歳とかだった頃……
よく部屋で叫んでいたものだ。
べつに音楽にノって、ノリノリでシャウトしていたわけではない。将来への不安とか、どんな良薬を試しても一向に治る気配のない思春期特有の謎ニキビへのイラつきとか、自分の気持ちを誰にも分かって貰えないもどかしさとか、そういう諸々の憤りを叫びにのせて発散していたのだ。
「うわあああああああああ!!!! んんあああああぁっ!!!!」
今となっては覇気の欠片もない、さもしい大人だが、当時の俺は熱い心を持った若者だった。
「あああああああああぁっ!!」
と、叫んでいると、そこで、ガララッ!と自室の戸が開き……
「おい! うっせえぞ!」
部屋に入ってきた、当時、金髪だったコワモテの兄に鬼のような形相で叱られた。
「……すません」
素直に謝り、俺は自分の心と口に蓋を閉ざした。
母さんは言いたいことがある時、よっぽどの事態でない限り何も言わず、ただ悲しそうな顔をする。
兄はハッキリと口に出していい、怒鳴る。
父さんは…まぁ、おいといて、俺は母さんと兄には逆らえない……
二人は俺にとっての絶対的存在だった。
また、あれは19歳の専門学生の頃……
「うわああああっ!! くそっ!! もうだめだ! おわりだっ!!」
やはり、俺は一人暮らしのアパートで16歳の頃と同じように叫んでいた。
とはいっても、かつて実家の自室で叫んでいたあの頃の声量と比べると、かなり控えめな声音である。というか、ほぼ口の中でブツブツと呪文のように呟いていたにすぎない。そうなるのも当然である。
なにせ両隣に住んでいる人は見知らぬ人たちなのだ。俺の叫びによって迷惑をかけるわけにはいかない。
「ああああぁっ!! どうすればいいんだ! おわりだ、おわりだ……」
と、カーテンを閉め切ったアパートの一室の中、一人でブツブツ囁いている青年も、それはそれで不気味であったが……
それで、大人になった今……
「だははは! たしかに! あるある! ははは!」
俺は芸人のユーチューブの、あるあるネタの過去配信を見て爆笑していた。
酒を飲みながら、アホ丸出しの顔で笑うその姿には、世を憂いで嘆き叫ぶかつての刹那的な若者の影など微塵も見受けられない。
はっきり言って、若い頃の俺が一番なりたくなかった何も考えてないバカな大人のお手本のような姿だ。
しかし、それはしょうがない。大人になると目の前の現実に忙殺され、ただ生きているだけで精一杯で、常に疲れていて、小難しいことを考えられるだけの能力も加齢によって脳が衰え、集中力や想像性が失われて……なんかもう、笑ってごまかすことしかできなくなるのだ。
ただ、そんな俺でも叫びたくなるときがある。
それは、つい先日のことだ。
俺は普段、干して、とりこんだ洗濯物を窓際に置いている低い台の上に適当に積み重ねておいて、随時、必要な衣服やバスタオルをそこから収穫していく、というズボラなライフスタイルを送っている。
この間、積み重ね過ぎたのがいけなかったのか、なんの前触れもなく、その洗濯物の山が崩落した。そして、運が悪いことに崩れ落ちてきた洗濯物の山が床に置いていた飲みかけだったコーラやらコーヒーやら麦茶のペットボトルに直撃し、それによって流れ出た液体が付着し……全ての洗濯物が暖色に染まった。
「ん……はは……」
あまりの出来事に現状を把握できず、とりあえず笑い、次の瞬間……
「ふっざけんなよ!! あああああぁっ!!」
俺は大人になって初めてと言っていいくらいの大声で叫んだ。
自分って、こんな大声を出せたんだな、と自分で驚いたくらいだ。
最後に声が枯れるまで叫んだのはいつだろうと考えた
きっと高校生の時だ
声が小さいのに運動会でリーダーを務めることになり
必死で声を張り上げてたのを思い出した
高校生の頃に戻りたいかと自問自答したら
いまだに試験範囲の勉強が終わってないのに、試験の日の朝を迎えるという恐ろしい夢を見るくらいだから、そこまで戻りたいわけではない
でも、あれほど部活も勉強も学校行事も恋も
すべてに全力を注いだ瞬間はないと思う
悔いがないと言ってもいいほど、
楽しみ尽くした学生時代を振り返って気づいたこと
それは、いくつになっても
その時その時の「今」を楽しむことなのかもしれない
実践できていない今の私へ、自戒を込めて。
♯声が枯れるまで
声が枯れるまで叫ぶ
声が枯れるまで泣く
声が枯れるまで…
人は言語能力を発達させました。これらの言葉は故に生まれた訳ですが、この人の言語能力に関して僕は最近とある言葉を耳にしたのです。皆一度は耳にし、概ねの納得と理解を見せるのですが、僕を含めて真に理解しているようには到底思えないのです。
「言葉は使い方次第で凶器になる」
ここでいう凶器はナイフや包丁なんかと違いちと厄介で、目に見えず透明で、僕の体のなかのなかまで土足で踏み入り、傷つける。致命傷じゃないのです。毒のように、じわじわと体を蝕むのです。時間がたって忘れたぐらいの頃に、ふと気がつくともう一度。何度も何度も蝕むようで、僕はこの言葉という表向きは華やかで綺麗な世界を演出しておきながら、裏向きは不信と欺瞞で満ちた醜悪な世界をもつ地獄のようなものを憎んで来たのです。
しかし、僕は思ったのです。もし言葉がなければと。想像したとき僕は体の芯から震え上がるような絶望と恐怖心で、人に対する不信は増幅する一方となったのです。
声が枯れるまで叫ぶ
声が枯れるまで泣く
声が枯れるまで…
言語が発達して、僕は寧ろ助けられていたのかも知れません。
【声が枯れるまで】
どれだけ泣こうが喚こうがこの声に返事はなくて
まるで初めからなかったみたいに..
声が枯れるほど君の名前を呼んでも
振り向いてはくれない
転んで涙を滲ませても
前のように抱きしめて心配もしてくれなくなった君
君の一番でなくなった日 私は死んだ
叫んでも
叫んでも
叫んでも
上手く
行かない。
今
考えたら
そりゃあ
上手く
行く方法じゃなかったよね。
って
分かるんだけど―――
当時は
一生懸命
叫ぶ
しか
分からなくて。
頑張ってたのは
事実
―――だけど
頑張る方向が
違う
ことに
あの時は
気付けなかった。
#声が枯れるまで
声なんか枯れたっていいこの歌であなたのことを救えるのなら
私は無名シンガー
今日も路上ライブをしている
前までは誰も見てくれなかったけど
今回はどこか違った
色んな人が聞いたり見たりしてお金も貰った
嬉しくて胸が鳴る…
人を変えるため自分という価値を世界に見せるため
私は歌い続ける
題名「声が枯れるまで」
〜声が枯れるまで〜
声が枯れるまで 声援を
みんなに届け この思い!
声が枯れるまで、
私の声を求める人のために、歌い続けます。
何があっても勇気付けられるように歌います。
恐慌の時代でも、危機になっていたとしても、
一人でも私を求めてくれるならば、
その人のために歌ってあげましょう。
否定されても、何でもかんでも、一切合切。
ヘッチャラでしょ?
"もういいから、早く幻想から醒めてよ……。"
夢見る少女のままでは要られないのですけどね。
また、幻想から醒めぬ者が増えてしまったよ。
普段は大人しい私(自称)
しかしながら、推しのCONCERTでは
大人しくはいられない
どこから出るのか、高い声をはりあげて
腕振り腰振り♥
普段はおとなしいんですよ
普段は。
CONCERT終わり、友人と話す頃には
声は枯れ、腕は上がらず、抜け殻、
それでも
次はいつだろう、会場はどこだろうと
しゃがれ声で会話はつづくのだ。
「ここにいる」たとえきみから見えずとも 生命(いのち)が叫ぶ星のない夜
「声が枯れるまで」
こんな思いするくらいなら、
失くなってしまえ
なんて、映画ならば言うでしょう
分かるよ
苦しいものね、片想いって
辛いよね
だってあの人が私のことが好きかどうか、
さっぱりわからないんだもの
けれど、それでも
私があの人のことを好きってことは間違いない
だって苦しいくらいに、胸がどきどきするのだから
嫉妬した時には、潰れそうなくらい、痛いんだから
どっちにしても辛いなんて、おかしいね
心が苦しくて、心臓が痛くて、辛くて
貴方を見かけるたび、考えるたび、叫んでいるの
「痛い、痛い」
って
文字通り、心の底から叫んでいるの
笑いながら、幸せそうに、
「痛い、痛い」
とね
声が枯れるまで
8月。猛暑の中、鬱陶しい蝉の鳴き声で目を覚ます。
気だるい体を前に持ち上げながら、枕元にあるデジタル時計に視線をやる。もうとっくに午後の1時を過ぎていた。
薄暗くせまい部屋。私の体はまるで水をかぶったように汗でいっぱいになっていた。日々のストレス故二度寝したいところだが、このままエアコンとやらが見当たらない天井を見つめているままではこのまま日が暮れるので、いつもの数倍は重い自分の体を無理やりベッドから削ぎ落とす。
物が散乱している床をグシャグシャという音を立てながら歩く。いつ食べたのかも分からないカップ麺の容器が私の足の裏の力によって割れると同時に、残っていたであろう醤油味の汁が足にまとわりつく。若干の汚さを感じつつも、無駄に装飾がされたぴんくの壁に擦りつけた。
ようやっとテーブルにつき、テレビと連動している汚れたリモコンを手に持ち、チャンネルを移動させる。
バラエティやグルメ、お笑いなどがあったが、一ミリたりとも興味が沸かず、ほんの一秒も経たないまま数字を変えていく。チャンネルが4になったところで、私はボタンを押す手を止めた。画面に映るのはひとりの少年。名前は岡崎恵というらしい。見た目はどちらかというと男らしい顔つきをしているのに対して、名前は中性的で可愛らしい。このことが印象的に残り、普段はなかなか覚えられない名前でも、『岡崎恵』という3文字はくっきりと頭に記憶されていた。それからというものの、この薄暗い部屋の中で、たった一つだけ明るく光っている場所には、いつも岡崎恵という名の者に釘付けになる私の姿があった。回数を重ねるごとに、私は次第に彼の虜になっていった。これが世間で言う『推し』というものなのだろうか。どうやら、私が彼に抱いている感情は普通ではないようだ。他の女性タレントと話しているとなんだか気分が落ち着かなくなり、彼に私を見てほしいと考えるようになっていった。
『独占欲』とでもいうのだろうか。
昔から親に勉強を強制され、常に好成績を押し付けられていた私にとって、今まで感じたことがない感情でも、それがなにか理解できるのは容易なことだった。
彼への気持ちは、日を重ねるごとに大きくなり、いままでこんなものに大量のお金を払うなんて馬鹿らしいと思っていたグッズとやらにも手を出して、五月蝿いだけの雑音祭りだと思っていたライブというもののチケットも買った。
どれも私が感じたことのない感情を引き出し、また新しく彼に対してのおもいは膨れ上がっていった。
彼は歌がとても上手で、毎日彼の歌声を聞いて睡眠を取るほど、心地いい歌声をしていた。
誰にでも隔てなく接する態度も、私の『好き』を膨らませる原因だった。
私は、彼のことが好きになってしまった。私は彼から、一度向けた目を離せなくなってしまった。
もう、引き返せないほど。
当たったライブのチケットを握りしめ、彼がいるところへと向かった。チケットに書いてある番号と一致する席に座り、ステージから彼が上がってくるのをまつ。
やっと裏から出てきた彼は、清々しいほどいい笑顔をして、「みんな、来てくれてありがとう」と言う。
遠くで歌い、踊る君を見て、また『好き』だと感じた。
どうせ私のことなんて知らないだろうし、私の名前も、私の好きなものも、なにも知らないんだろうけど
貴方は私のなかった感情というものを引き出してくれた。
初めて、人を『好き』だと思えたから
だから
声が枯れるまで、貴方に『好き』だと叫ぶから。
だから
貴方がおじいちゃんになって、声が枯れるまでには絶対、
「俺も好きだよ」
って言ってもらうよう頑張るからね
今度こそちゃんと、『好き』を見つけられたから。
日記
私の趣味は寝る事である。今日もひたすら寝て過ごす。誰とも関わらず、誰かに傷つけられる事も無く、ただひたすら寝て過ごす。皆が仕事や学校に行って帰ってくる最中にも私はパジャマのまま布団にもぐり、寝て過ごす。仕事はしない。たまに喫煙する。夜はニュースを見る。でも余りにもつまらないのでまた寝て過ごす。誰からも邪魔はされない。月に一度病院に行く。その時が唯一の遠出である。音楽を聴く訳でも無い。ゲームをする訳でも無い。ただひたすらカーテンで締め切った薄暗い部屋の中で寝て過ごすだけである。頭の中をリラックスさせて休めているのである。風呂には入る。歯も磨く。洗濯もする。掃除は…たまにかな。月に1度市役所と保健所からケースワーカーが訪問に来る。その時は応じる。アパートの大家さんも様子を見に来る。その時も応じる。今日も私は寝て過ごす。明日も、明後日も、寝て過ごす。
苦しかったのだ だから叫んだ
愛して欲しかった だから叫んだ
でも誰も声を聞いてくれない
私だけみんなと逆方向に歩いているみたいだ
ずっと私だけ赤信号だから進めない
苦しい 助けて 愛して
叫んだよ 必死に叫んだ
心の中で
声が枯れるまで
声に正しさはないし
大きさも同じくで
枯れるまで声を出そうとも
特別な意味はない
そんなモノが通じるとでも?
無駄に衣を着るより
身を正すくらいの方が良い
身だしなみってそういうモノでは
衣装で誤魔化せるなら苦労はしない
特に意味もないのに見えちゃうんだよ
声に出したからこそ
判ることもあるのだけど
書くこととはまた違っている
ドラレコの録音機能をOFF。
走行車が少ないのを確認。
車の窓が閉まっているか確認。
思い切り声が枯れるまで辛さ、文句を
涙を流しながら叫ぶ。
ドラレコの録音機能をON。
私のヒステリー解消法…。
【声が枯れるまで】
coming soon !
58日目
この声が枯れるくらいに
君に好きと言えば良かった
この声が枯れるまで
君の亡骸を抱きしめた