『向かい合わせ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『向かい合わせ』
隣に立つ距離は変わってないけど、いつの間にか心のベクトルの向きが交わっていた。
いつかは同じ方向を向く日が来るのだろうか。
「おはよう〜、いい匂いだね」
寝起きの君が真正面の椅子に座る。
まずは交わったまま。このまま。
「食べよっか。」
向かい合わせ
小さい頃、僕たちは一緒に座る時いつも隣り合って図鑑やゲームを覗き込んでいた。
それから十年とちょっとの時間が経って、いつの間にか僕たちは大人みたいに身支度をして、一杯が漫画一冊よりも高いカフェラテを前に、お洒落なカフェで向かい合って座っている。
「…なんか緊張する…手が震えそう…。」
「ええ?そんなに?あはは…そりゃファミレスとは違うけど緊張しなくていいって。」
二歳上の彼はいつも僕より少し先を澄まして歩いてる。
だけど、振り返らずに行ってしまう訳じゃなくて、こうやって僕を連れてきて向かい合って座ってくれる内は、置いていかれはしないと思って良いのだろうか。
向かい合わせ
聞いてない。
今日あのひとが来るなんて。
乾杯のグラスを持つ手が震えそう。
味なんてわかんない。
想定外。向かい合わせの席なんて。
まっすぐ笑いかけられて、息を呑む。
顔が熱い。心臓が胸から飛び出しそう。
その笑顔は社交辞令ってわかってる。
だけどチャンスかもしれないじゃない?
私は小さく息を吐き、うつむいてしまいそうな顔を前に向けた。
毎日思考と向かい合わせ。
今日は何をしよう。
どこに行こう。
どこを掃除しよう。
期間が短いと決断は早い。
しかし夢や人間関係と向かい合う。
思考は停止する。
期間が長く決断も遅い。
向かい合う壁が大きいからなのか。
大切なのは向かい合うものの大きさでは無い。
全ての物事は向かい合わせ。
全て大きさは同じ。
自分がどう捉えるのかが大切なのでは。
向かい合わせ。
隣り合わせと向かい合わせは違う。
隣と前の違い。
理解はしているが何がどちらに部類するかは難しい。
夢や野望は前にあるが希望は隣にあると思う。
夢や野望を考える度に常に希望を探し出す。
希望を見つけ安心し次のステップへ。
向かい合わせるものにはいいものしかない。
常に何かを気づかせてくれる。
前を向こう。
向かい合わせ
食事の席で、
向かい合わせに座る人が、
幼いころはまだ決まっていなかったので、
母になるか父になるかで
だいぶ気の持ちようが違っていたのを思い出す。
呼称は理解していたが、
親のことも
自分のことも
どこか他人であるかのような気がしていた。
家族になるまで、
時間がかかったなぁ。
本当は、隣が良かった。目の前に座られたら、視覚と聴覚しか駆使できないじゃないか。
隣なら。隣なら、匂いだって何もなくてもふわりとこちらに流れてくる。声だって、君の立てる物音だって、なんなら息遣いだって、もっと近くで感じられる。普通に話しかけても違和感がないし、もしかしたら、肩だって触れ合うかもしれない。というか、ただでさえ君に纏う空気の傍にいられる。
‥わかっている。気持ち悪いって。僕なんかが君に近づくな、そう思うくらいに、気持ち悪い。
だけど、君にだけは、僕が気持ち悪いだなんて、思われたくないんだ。好きだから。
だからどうか、ばれないで。絶対に、危害は加えないから。お願いだから、僕の気持ちに気づかないで。
そしたら、少しは隣にいてもいいって、許されるかな。
僕がどれだけ君と向かいあっても、君が僕に視線を向ける頻度は、他の人に目を向ける頻度と変わらない。でも、きっと、僕はそれに救われている。
君は知らないでしょう。僕がどれだけ君を盗み見ているか。君のその、伏せた睫毛に、いつも最後に残るお茶碗半分の米をかき込んだそのぱんぱんの頬袋に、「ねえちょっときいてよー」と話す時に見せる、可愛く目立つ2本の前歯に、僕がどれだけ目を奪われているか。
だけど、たまに君が話しながら僕を一瞬だけじっと見つめる時、僕は思わず目を逸らす。一度だけじっと見返してみたけど、その後は顔が熱くなって、どうにも表情がふにゃりと緩んでしまって、恥ずかしくなった。
でも、一瞬だけ真正面から見つめる君の瞳は、びっくりするほど大きくて、みたことないほど黒いんだ。僕はそれを、知ってるんだ。
ねえ。いつか、向かい合って、その目をじっと見つめて、言わせてほしい。
君に会えて、僕は幸せでしたと。
向かい合わせのあなたは、なにを思っているのだろう。見えているのは顔と首と髪の毛だけで、足や背中は見えていない。心の中も
『向かい合わせ』
いつも通りの時間に電車に乗って、
いつも通りの暇つぶしをする。
電車内には私以外にはいない。
これも、いつも通り。
それなのに、今日は違った。
向かいの席に、女の子が座った。
同じ制服に身を包んでいる。
驚いて無意識に凝視していると目があった。
なぜだか視線をずらすことができなかった。
それから毎日その子は現れた。
一言も言葉を交わすことはなかった。
だけどいつも、視線を合わせて心のなかで会話する。
向かいに座った彼女と私の行動が
いつも通りのものになろうとしたとき、
物語はゆっくりと歩みを進め始めた。
向かい合わせ
あなたの前に私がいる。
あなたは笑いながら悲しいことを言う。
そんなこと言わなければこれが続くのに。
みんながそうかは知らないけれど、我が家の食卓テーブルには決まった席がある。
キッチンから近い席にお母さん。
その隣が弟。
弟の向かえがお父さん。
お父さんの隣でお母さんの向かえが私。
4人家族。
弟が生まれる前は、私が弟の席だった。
お母さんはみんなのご飯のおかわりを取りに行ったりして食事時もゆっくり座ってない。
私の結婚が決まって、花嫁修行として料理をするようになった。
今まで手伝ってこなかった事を後悔しつつ料理のイロハを教えてくれたお母さん。
今時、専業主婦だなんてもったいないとか思っていたけど、お母さんの料理は実に手が込んでいて、出汁の取り方、魚の捌き方を教わった時はプロかと思うほど、手際よくテキパキとこなす姿がカッコイイと思った。
私は専業主婦になるつもりもないし、共働きで家事は折半する予定だけど、なんでも出来るに越した事はないと、教えてもらって、初めて1人でメニューを決めて、買い出しをして調理した。
「ご飯できたよー」
って声をかけた時、私の席にお母さんが座ってニコニコしている。
私の声かけに、リビングからノソノソやってくるお父さん。ゲームに夢中でなかなか来ない弟。
そうか。お母さんはいつもこうやって見ていたのね。
温かいうちに食べてほしい。
遅れてやってきた弟と、いただきますをして、みんなで食べ始める。
ご飯、味噌汁、焼き魚、肉じゃが。あと、買ってきたお漬物。
たったコレだけっていいたくなるメニューながら、作り手からしたらなかなか手間がかかった。
お母さんなら『簡単メニュー』って言うやつ。
お母さんの席でみんなの様子を伺う。美味しいかな?どうかな?
お父さんと弟はテレビを見ながら、のんびり食べる。
途中、お父さんが「お茶」と、お母さんの席にいる私に空のコップを出す。
弟は、「肉じゃが肉多め」って言って、また、お母さんの席にいる私に空のお皿を出す。
ナンダコレ。私、家政婦じゃない。
動けずにお母さんを見ると、『ね?』とアイコンタクトして私の代わりにお茶とお代わりを取りに行った。
私は毎日、何を見ていたんだろう。
毎日、お母さんはコレをしていたなんて信じられない。
凄い。
私には無理だ。
とてもやってらんない。
ムカツク。
しかしながら、私が、料理をするまではお父さんや弟のように振る舞っていたんだ。
とても申し訳ない気持ちになった。
毎日、家族仲良く食卓を囲んでいる。
そう思っていた。
それができていたのは、迎え合わせに座っているお母さんの忍耐と我慢の賜物で、自分がその立場になるまで気がつけなかったことが恥ずかしいし、当たり前だ。そんなの簡単だと思っていた自分のバカさに申し訳なく思う。
向かい合わせになって座る。
優しい笑顔に笑顔で返した。
そんなこともあった。今はもう懐かしい思い出だ。
また私に向かい合って座ってくれる人が現れたら
いいなと思う。
「向かい合わせ」
「ママ、きらい!」
目にいっぱいの涙を溜めて、ツトムは言った。
小さなスーパーのお菓子コーナー、買い物客たちは「何事か」とこっちを見ている。
勘弁してくれ。自分の子どもが産まれるまで、私はそちら側にいた。お菓子コーナーでギャンギャン駄々をこねる子どもを見て、「躾のなってない子」だとか「お菓子くらい買ってあげればいいのに」とか…所詮他人事で好き勝手思っていた。
だが子どもが産まれて、成長して、2歳を越えた頃からイヤイヤが始まり、今我が家のツトムは過去に見た「躾のなってない」子どもになっていた。ツトムはついに泣き出し、スーパーの床へ突っ伏した。
なぜ?なぜこんな事になっていると思う?
ツトムが欲しかった、有名なパンのキャラクターのラムネが売り切れだったからだ。
私は目線を合わせるようにしゃがんで、向かい合わせになるようにツトムを立たせようとする。
だが、立たない。まるでタコのように、軟体動物化した2歳児は立たすことすら困難である。
「大人気だから、もうこのキャラクターはないんだって!これもラムネだよ、この機関車の…」
「見て!こっちにはパンのキャラクターのお菓子があるよ!こっちでもいいんじゃない?」
私は買い物客たちの視線を痛いほど受けつつ、最大限に優しく必死でツトムと向き合おうとする。
「やだー!これじゃなきゃやだー!」
肩に置いた手を振り払われ、泣き声の勢いは増す。
泣きたいのは、こっちだわ。無いものはどうやっても買えないよ…
漫画で見るような、床で突っ伏し手足をバタバタなんて…本当にする子が居るんだな。号泣しながら床に寝転ぶ我が子を見て、他人になりたいと思ってしまった。
ここまで勢いが付いてしまえば、もうどうやっても止められない。
怒鳴ったところで聞く耳なんて持ってないし、冷静に話合いもできない。
海老反りになって「イヤイヤ」とうねるツトムをどうにか抱えて、買い物カートをレジの人に頼み、その場を離れた。
「見た?お菓子くらい買ってあげればいいのに」
去り際に届いた声、私は何とも言えない気持ちになった。
ひとしきり泣いたツトムは、ジュースが飲みたいと言い出した。ジュースとパンのキャラクターのお菓子を自分で持ち、レジのお姉さんにご機嫌で手渡した。
「買い物カート、ありがとうございます。騒いですみませんでした」
「全然、大丈夫ですよ〜!お母さん大変ですね、うちの甥っ子も同じ年くらいのとき、大雨の中地面に突っ伏してました!理由聞きます?」
あまりに明るく話てくれるから、私はハッとして顔を上げる。美人な金髪の店員さんと向かい合わせになる。目があった瞬間、ニコッと笑いかけてくれる。
「自転車移動だから不可能なんだけど、合羽じゃなくて傘を持ちたかったんです。」
美味しいお酒
美味しいご飯
楽しい会話
そして、大好きな笑顔
今年は、向かい合わせで過ごした方が多いと思う。
あたしも、その1人だ。
長かった…
向かい合わせが。
だから、とても愛おしいのだ!!
梅茶々
「それじゃあ、隣の人と席を向かい合わせて。お互い協力して課題を進めてください。期限は一ヶ月です」
そう指示されるまま、隣に座っている女子と席を合わせた。
「よろしく」
「……ん」
挨拶しているというのに、あまりにそっけない返事。こんな調子で大丈夫かよと不安になるが、先生に文句言ったところでどうにもならないだろう。それに普段からよく読書をしている人だ。きっと成績はみんなが知らないだけでいいに違いない。
「自由課題のテーマどうする?」
「なんでもいいよ、あなたに合わせる」
「あなたって?」
読みかけの本に栞を挟んで彼女は机の中に片付けた。
「私クラスメイトの名前覚える気ないの。だから誰とも話さないし、名前で呼ばない」
なんだかめんどくさそうな人だなと思って、それ以上深掘りはしなかった。結局テーマは俺の方で勝手に明治文学から現代文学についてにした。これなら彼女もやりやすいだろうと思った。案の定、次の授業の時間には彼女は明治時代から現代に至るまでの歴史的な推移や新たに生まれた手法、著名な作家についてまとめたノートを持ってきてくれていた。もうこれだけで課題はほとんど完成したようなものだった。
「すごいね、これ一週間でやったの?」
「部活もやってないし、時間はあるから」
それを受け取った俺はパソコン室に行ってパワーポイントを作った。本当ならこれも二人でやらなければならないが、彼女がこれだけのノートを作ったのだからこれだけでもと引き受けた。
二週間ほどでパワーポイントも完成して、いよいよ発表に向けての準備を始めた。原稿は俺が作ると言い出したが彼女がなにがなんでも譲らなかった。しょうもないことで喧嘩するのも嫌だったので、任せた。
そして、発表が近づいてきた頃、先生に呼び出された。
「ペアになった女の子から何か聞いていない?」
遠回しな探られかたをしてなんだか嫌な気がした。
「なんにも聞いてないっす」
「そっかー。まぁ先生から話すって言ったもんね」
なんなんですかと答えを急かした。
すると、先生はすっと真面目な顔になった。
「あのね、今度の課題発表の時あの子には原稿を覚えさせようとしないで欲しいの」
意味がわからず、困惑する。どういうことなのかと聞いてみる。先生は簡単に説明するとあの子は人より記憶力が弱いらしく、人の名前や会話内容、文章を覚えるのが苦手らしい。
それを聞いて納得した。先生にはわかりましたと伝えて、職員室を出た。これからやることは決まっていた。
あれからしばらくして発表の日が来た。先生に頼まれた通り、彼女から原稿を受け取って発表をこなした。俺と関わるのは今日で終わりだと思っているのだろう。でも、そうはさせなかった。
翌日、教室で本を読んでいた彼女に声をかけた。
「おはよう」
「……ん」
すぐに目を背けて、本に視線を落とした。
「俺のことは覚えなくていい。俺もお前のこと名前で呼ばないから」
本に指を挟んで、彼女はこちらを見た。
「なに考えてるの。私なんかと一緒にいたって楽しくない」
「俺が仲良くしたいんだ。覚えてくれなくても、嫌われるまで話しかけていいか」
自分で言い放っておいて、恥ずかしくなった。これではまるで告白みたいだ。まだ、恋愛感情なんてないはずなのに、不思議そうにこちらを見ている目がいつもより綺麗に見える。
「……私はなんて呼べばいい? 明日、覚えてるかわかんないけど」
その答えに心の底から喜んだ。
「なぁなぁでも。お前でも。毎回名札を確認してくれても。なんでも。お前の好きな呼び方でいい」
その呼び方がきっと、俺を形作る。
雨がドキドキを与えた。風に下心を運ばせた。太陽を憎み、笑う日もあった。雨が降って喜んだ。風に運を託した。大雨が降った後、虹の傍で必死に汗を流した。
私は笑っていたが、何も知らなかった。
雨が心を落ち着かせる。風が人生のように見える。太陽がどこか哀しくみえる。雨が降る。風が吹く。太陽が照らす。大雨が降る。虹が描いてるのに気づく。
私は知っている。だから笑った。
―その青年は、誇りと諦めを目に宿している。
maru
8/25 お題「向かい合わせ」
小さなご主人様がおっしゃったのです。
「どうして並んでるの? お顔が見えないよ」と。
そうして、私は彼女の顔を正面から見据えることになりました。
箱の中にいる時は顔を丁寧に紙に包まれ、外に出る際は先程の通り横に並んでおりますから、こんなに間近でしげしげと眺めることはそうそうありません。卵のような輪郭に白い肌、優しく細められた目。すっと通った鼻、小さな唇。やはり、美しい方であらせられます。
こんなに美しい方がずっと隣にいらっしゃることに、私は改めて幸せを感じます。
「…ん? 何でお内裏様とお雛様向かい合ってるの?」
「だって、並んでたら二人とも顔が見えないもん」
「そ、そっかー」
「あれ? なんか、お雛様もお内裏様も赤くなっちゃってる?」
「ほんとだ。うーん、右大臣みたいね…」
(所要時間:10分)
テーマ:向かい合わせ #285
「向かい合わせに座るとなんか……恥ずかしいね」
彼女はそう言って頬を赤らめた。
何だか僕も恥ずかしくなってきてしまって顔をそらす。
「そうだね」
この年になって初めての彼女なんて恥ずかしいが、
彼女らきっと気づいている。
「ごめん。頼りなくて」
僕が彼女にボソッというと彼女は言った。
「それはお互い様だよ」
#65【向かい合わせ】
隣り合わせじゃ苦しくて
背中合わせじゃ寂しくて
向かい合わせになるけれど
君の想いは入り合わせ
向かい合わせ
水面と空
それを眺めている
その外にいる
誰側でもない
ただの私がいる場所
そうでなければ
どちらかしか見えない
どちらでもないことの重要性
あなたでなければいけない場所がある
誰かではいけない場所
だからこそあなたがいる
誰でもいい場所なんていても仕方ない
数は大切だけど所詮はひとつに過ぎない
必要な数だけいたらいいのに
数が力みたいになってたりするが
増え過ぎたそれを無駄と言うんだよ
あなたが必要としてるのは数ではない
あなたしか行けない場所だと思う
共有することで別々だと解る
違いの分だけ数になる
共有することで助けにもなる
【向かい合わせ】
レイは緊張したまま、向かい合わせに座った身体のデカい男を上目遣いに見た。
名前はナカジマシュンと言うらしい。通っている高校はレイの通う高校より偏差値が低い所だ。それに目つきが悪くていかにも、不良みたいな雰囲気の男。普段なら絶対に関わりたくないタイプだが、この男の体格は完璧だし、カフェの店長とのやりとりを見ている限りでは、そんなに危ない奴ではないはずだ。
「なにそれ?」
男が喋った。レイのカバンの中のスケッチブックを指差している。
「え…と、これは僕が書いたデザイン画なんだけど…」
「見てもいい?」
「う、うん!」
レイからスケッチブックを受け取ってパラパラとめくり始めたシュンはほとんど表情を変えずに、
「すげぇ…」
とつぶやいた。仲の良い友達には何度も見せてるし褒められるのは慣れてるはずなのに、なぜか顔から火が吹き出しそうだ。
いつも、少し斜めから物事を見てきた。こうやって真正面から何かに立ち向かい、真正面からのぞき込まれるのは、怖いし、いたたまれない気持ちになる。でも、これはチャンスでもあるんだ。
「ここ、最後のページ。」
そこには、がっしりした男性に着てほしくてデザインした、黒をベースとした衣装が書かれている。
「なんか、ガンダムみたいでかっこいいな。」
シュンの顔が一瞬、おもちゃを見つけた子どものように輝いて見えた。
「うん。『変幻』っていうテーマで作ったんだ。着方を変えると、日常的にも着れるようなデザインにしてある。」
「へぇ。」
レイはすぅっと息を吸い込んで、言った。
「これを、着てほしいんだ。モデルになって欲しい。」
シュンがぽかんとした顔をしている。
「え、俺が?なんで?」
「なんでって…。体格がいいし、イメージにぴったりなんだ。絶対かっこよくなるよ!」
シュンは目をぱちくりさせてこっちを見ている。眼光鋭いと思っていた瞳は、よく見てみるとただひたすらに黒く、何もないようにすら見える。まるでブラックホールだ。
(吸い込まれそう…)
もちろん気のせいだろうが、かすかに引力のようなものを感じてめまいがしかけたときだ。店長の声が聞こえた。
「シュン、モデルやるの?いいねぇー。背も高いし、ばっちりハマるんじゃないの?」
例にもれず、なんともいけ好かないニヤついた顔でカウンター越しにこちらを見ている。日曜日のお昼どき、料理の出ないこのカフェはガランとしていて、レイたちの他に客はいない。
「別にいいけど…、具体的にどんな事すんの?」
「まず、シュ、シュン君の体格に合わせて衣装を制作するから、採寸させてほしいんだ。出来上がったら着てもらって、写真をとりたい。」
名前を呼ぼうとして、噛んだ。穴があったら入りたい。
「それくらいなら、いいよ。」
シュンは何も気にしてなさそうだ。
「ほんと?じゃあ、今度うちに来てもらってもいいかな。」
今度は跳び上がって叫び出しそうだ。レイはなんとか感情を抑えた。もしかしたら文化祭でファッションショーができるかもしれない、ってことは、まだ言わなくていいかな。
(冷たい奴に見えたけど、こんな顔するんだな。)
シュンは心の中で感心していた。レイは抑えたつもりだったが、デザインにかける情熱、その熱量は、向かい合わせに座るシュンの方までしっかりと流れ込んで来ていたのだ。