【向かい合わせ】
レイは緊張したまま、向かい合わせに座った身体のデカい男を上目遣いに見た。
名前はナカジマシュンと言うらしい。通っている高校はレイの通う高校より偏差値が低い所だ。それに目つきが悪くていかにも、不良みたいな雰囲気の男。普段なら絶対に関わりたくないタイプだが、この男の体格は完璧だし、カフェの店長とのやりとりを見ている限りでは、そんなに危ない奴ではないはずだ。
「なにそれ?」
男が喋った。レイのカバンの中のスケッチブックを指差している。
「え…と、これは僕が書いたデザイン画なんだけど…」
「見てもいい?」
「う、うん!」
レイからスケッチブックを受け取ってパラパラとめくり始めたシュンはほとんど表情を変えずに、
「すげぇ…」
とつぶやいた。仲の良い友達には何度も見せてるし褒められるのは慣れてるはずなのに、なぜか顔から火が吹き出しそうだ。
いつも、少し斜めから物事を見てきた。こうやって真正面から何かに立ち向かい、真正面からのぞき込まれるのは、怖いし、いたたまれない気持ちになる。でも、これはチャンスでもあるんだ。
「ここ、最後のページ。」
そこには、がっしりした男性に着てほしくてデザインした、黒をベースとした衣装が書かれている。
「なんか、ガンダムみたいでかっこいいな。」
シュンの顔が一瞬、おもちゃを見つけた子どものように輝いて見えた。
「うん。『変幻』っていうテーマで作ったんだ。着方を変えると、日常的にも着れるようなデザインにしてある。」
「へぇ。」
レイはすぅっと息を吸い込んで、言った。
「これを、着てほしいんだ。モデルになって欲しい。」
シュンがぽかんとした顔をしている。
「え、俺が?なんで?」
「なんでって…。体格がいいし、イメージにぴったりなんだ。絶対かっこよくなるよ!」
シュンは目をぱちくりさせてこっちを見ている。眼光鋭いと思っていた瞳は、よく見てみるとただひたすらに黒く、何もないようにすら見える。まるでブラックホールだ。
(吸い込まれそう…)
もちろん気のせいだろうが、かすかに引力のようなものを感じてめまいがしかけたときだ。店長の声が聞こえた。
「シュン、モデルやるの?いいねぇー。背も高いし、ばっちりハマるんじゃないの?」
例にもれず、なんともいけ好かないニヤついた顔でカウンター越しにこちらを見ている。日曜日のお昼どき、料理の出ないこのカフェはガランとしていて、レイたちの他に客はいない。
「別にいいけど…、具体的にどんな事すんの?」
「まず、シュ、シュン君の体格に合わせて衣装を制作するから、採寸させてほしいんだ。出来上がったら着てもらって、写真をとりたい。」
名前を呼ぼうとして、噛んだ。穴があったら入りたい。
「それくらいなら、いいよ。」
シュンは何も気にしてなさそうだ。
「ほんと?じゃあ、今度うちに来てもらってもいいかな。」
今度は跳び上がって叫び出しそうだ。レイはなんとか感情を抑えた。もしかしたら文化祭でファッションショーができるかもしれない、ってことは、まだ言わなくていいかな。
(冷たい奴に見えたけど、こんな顔するんだな。)
シュンは心の中で感心していた。レイは抑えたつもりだったが、デザインにかける情熱、その熱量は、向かい合わせに座るシュンの方までしっかりと流れ込んで来ていたのだ。
8/25/2023, 1:22:12 PM