『優しくしないで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
大丈夫?
走った痛みに思わず声を上げたら、心配そうな声がかかる。
大丈夫、消毒液が少し染みただけ。
そう答えると、あなたは優しく笑った。
もう少しだけ我慢してね、すぐ手当を終えるから。
そう言いながら、あなたは私の腕に出来た裂傷を消毒して、絆創膏を貼る。
ごめんね。これで大丈夫かな。
不安そうに私の顔を覗き込むあなたに、私の心は歪んだ音を上げる。
お願い、優しくしないで。
優しくされたら私の心は簡単に揺らいでしまう。
もう決めたことなのに。
机や椅子がひっくり返され、雑誌や小物、割れた食器までが散乱した部屋の中、私は彼を訴えるため、スマホを手に取った。
「ゆらぐ」/優しくしないで
優しくしないで
その目も鼻も口も
私だけのものじゃない癖に
"私だけのもの"みたいに振る舞わないで。
私をこの世界から救ってくれる訳じゃないのに
あなたはそう、私を見つけて花みたいに笑う。
私を探して駆け足になる癖に。
あなたは温かな家庭を持っているじゃない。
大事なものを愛でるような声で
私じゃないあなたの愛する人の話をしないでよ。
私を見つけないで、私に気付かないで
私の心の傷に触れないで
知らないフリをしてよ。
ねぇ、先生…
もう
私に優しくしないで
私以外に友達いっぱいいるでしょう?
こっちに来ないで。
私を選ばないで。
『優しくしないで』
(男性同士の恋愛の匂わせがあります。苦手な方は逃げてくださいませ)
ムカつく。
なんて思ったらアカンと思うけど、やっぱりムカつく。
いやいや、仕事してんのに。
なに、イラッとしてんねん、俺。
今の状態は、絶対に俺が悪いって俺自身が一番わかってるし。
それでも眉間にシワが寄るのが止められへん。
さっきまでは、メッチャ機嫌が良かったのに、ホンマ嘘のように黒いオーラが禍々しく出てるのが自分でもわかる。
そう、さっきまでは。
LINEに届いたお前からの短い文。
『たまには一緒に飯くうて帰ろうや』
それだけで、単純な俺はずっとニマニマとだらしない表情になってたんや。
紆余曲折、色々あったけど、やっとお互いの気持ちを素直に伝えられて、晴れて絶賛同棲中の俺とあいつ。
同じ部の外商やけど、課は違う。
それでも顔を上げれば、何人かのデスク越しに目が合ったりして。
ソッコーLINEの返事もしたけど、しっかりアイコンタクトもしたりして。
先月、余裕の120%乗せで予算もクリアしたし、GWなんてお客様も旅行に行かれたり反対にご家族が帰ってこられたりで、外商が訪問出来る状況や無いから、開店休業。
コレはもう、さっさと経費の計算でもして帰ろう、帰ろう。
なんてウキウキしてたら、なんやアレ。
贔屓目やなく、俺の彼氏、御岳蓮は顔が良い。
身長もあるし、人当たりも『人たらし』と言われるぐらいに良い。
というか、これはうちの部員全員に言えることで、西は明石市、東はギリギリ大阪手前までのエリアを持つ外商部にあって、他のデパートは勿論同じデパートの大阪店までバッティングする俺達の部はエース部と言われている。
その中でもアイツの課は、日本全国にその名が轟き渡る選ばれた市、A市を担当。
俺の課もその隣の、これまた関西有数の上流層市、N市やったりするので、戦略として渋系、体育会系、ワンコ系、インテリ眼鏡系等々、外商先の奥様方に、その見目で頭脳で知識で喜んでいただけるメンズが集められている訳で。
この部に選ばれたら、会社公認のイケメンということらしい。
知らんけど。
その中で、アイツは元バスケ部の爽やかスポーツマン系。
今、映画でやってる『スラムダンク』の流川がずっと機嫌良く笑顔でいる感じ?
なんでメッチャ人気がある。
今も部も違う後輩のヤツに頼られたのか、後ろからPC.画面覗き込んで、2人で何か話ししてる。
顔、近すぎちゃうんか。
てか、なんでアイツを呼ぶねん。
同じ部のヤツに聞いたらええやんか。
ちょ、なんかようわからへんけど、その動き、マウス持つ手に手が重なってへんか?
なんでそんなに優しくすんねん!
思わず立ち上がった俺に気付いて、二人が顔を上げる。
バッチリ目が合ったら、アイツが邪気の無い顔で微笑んだ。
何か余裕のある表情でムカつく~!
俺は仕事の話しをしてるんやと思って必死で我慢してるのに。
「メッチャ、顔怖いで」
しばらくして終わったのか、アイツが笑いながら隣に座ってきた。
うるさいわ、誰のせいやと思ってんねん。
無視する俺に、更に近付いて俺のPC.を覗いてるふり。
俺の左隣に座って、右手は俺の椅子の肘掛けに、わざわざ左手を伸ばして俺の右側に置いてあるマウスを触る。
いや、近い近い。
そのまま、画面に視線をやったまま、ささやく声。
「なあ、顔上げずに聞けや。
さっき4部の佐々木に書類のフォロー頼まれててんけど、お前、俺らのほう立ち上がって見たやろ。
佐々木のヤツ、自分と目があったって言いよるねん。
アホぬかせ、言うねん。
お前は俺見とったいうねん」
はあ、なに言うとんねん、コイツ?
「竹中さん、メッチャ綺麗ですよね。クールビューティで、目が合っただけでドキドキしますって。
そやから、見んなって」
思わず顔を上げそうになった俺を制する声。
コイツは俺が嫉妬してるのわかってて、ちょっとからかうつもりであの後輩の側にいたらしいけど、反対にソイツが俺のこと言うてムカついたって。
何か意味わからん。
「そやから、アイツが何か言うても絶対に優しくすんなよ。
お前、自分が思てる以上にファン多いねんから」
はあ、その言葉、そのまま返すし。
(お前は俺だけ見といたらええねん)
なんて、お互い口にはよう出せへんことに気付いてへん俺達やった。
「優しくしないで」と言われたけれど、優しくした記憶がない。
とりあえず「ごめんね」と謝ったら、
「だから、優しくしないでよ」と念を押された。
だから、優しくしてないんだけど。と言うのはやめておいて、泣き止むのを待つことにした。
「優しくしないでって言ってるでしょ……」
優しくしないのは、難しい。
(してないけど)。
#0003
#優しくしないで
言葉のナイフ。
人は生きていく中でとても鋭利でとても柔らかなナイフで切り刻まれる。
小学生のとき死神の鎌にも見えたあの言葉は今となっては引っ込むナイフにも思える。
仕事と人間関係が上手くいかずストレスを溜める日々。
言葉を掛けるあなたたちはきっと自分の言葉は優しく包み込むようだと思っているのでしょう。
分かっている。分かってはいる。ただ‥
ただ、どうしようもなくうずくまってしっている、そんな私に今は、
優しくしないで‥
優しくしないで。
私に
興味がないなら
優しくしないで。
私は私だから
優しくしないで。
思い返せばろくでもない人生だった。
シングルマザーの母親はいわゆる毒親で、夜出かけて行ってはそれきり、いつ帰ってくる分からなかった。
帰って来たかと思えばだいたい酔っ払っていて、私に家事を任せるという旨の言葉を残し、自分はそそくさと寝に行ってしまった。
公立の小・中学校ではそんな遊び歩いている母の噂をクラスの誰もが知っていて、ことあるごとに陰で笑われた。
友達もいなかった。生まれが田舎ということもあり、子ども達の関係も閉鎖的で、「そういう子」との付き合いがあるなんて恥だとでも親から言われているのか、誰も近寄ってはこなかった。
高校は意地で勉強して、県外の進学校に入学した。しかし結局、母親のお金の使い込みによって中途退学になり、私は地元に帰った。
一番最悪だったのはここからだ。地元の工場で働き出した私に近寄ってきたのは、東京から来たという男だった。
ここから抜け出したいという強い思いと、男の都会的な雰囲気に騙され、私は恋に落ちた。
そして、落ちた結果がこれだ。
私は酷い、それは酷い裏切られ方をした。薄暗い廃ビルで落ち合ったあの日…。
あの光景を、あの恨みを、私はこれからも一生忘れることはないだろう。
そんな裏切られ方をしたのに、私はまだその廃ビルで一人佇んでいた。
もういい加減、違うところに行かなければいけない気がするのに、心がそれを拒否したままだ。
そんな中。貴方は現れた。
私の大好きな百合の花束を持って、貴方は私のもとへ訪れた。
信じられなかった。その人は…中学の頃の同級生だった。
中学の時、男子たちにからかわれていた私を、唯一かばってくれたことのある人だった。
立ち止まったままの貴方を、私が信じられない思いで見つめていると、花束を持ったまま、貴方は悲しげに微笑んだ。
その顔はまるで今までの私の苦しみの全てを理解してくれているかのようだった。
こんなに慈愛に溢れた表情を向けられたのは初めてで、なんだか体と頭に渦が巻いているような感覚を覚えた。
ああ、嬉しい。嬉しい。貴方はきっと私に温かい感情を向けてくれている。
ああ、でも、あんまり優しくしないで欲しい。
あんまり優しくされたら私…
貴方に憑いて行きたくなっちゃうよ。
あなたはあの子に優しくする
どうしたの?大丈夫?って。
私の方が100倍、あなたの事が好きなのに
あの子より100倍、あなたを大切にできるのに
私以外の子にあんなに優しくしないでよ。
あの子を、私より大切にしないで。
〜優しくしないで〜
テーマ:優しくしないで #171
優しくしないで
自分が弱くなってしまうから
優しくしないで
頑張れなくなってしまうから
優しくしないで
涙が出てしまうから
優しくしないで
心が温かくなるから……
私は優しくするのが得意。
優しくされるのは苦手だ。
自分に厳しくしていないと
自分が崩れてしまいそうになるから。
それが怖い。
でも、本当はこうやって言いたい。
「優しくしてくれてありがとう」
って。
優しくしないで
このお題見た時なんか
イラってきた。
贅沢な話だなぁぁぁぁぁぁあ?
振り返って思うことがあるんだ
近くにいればいる程
色んな表情を知ることになるよね
それは時に
心に刺が刺さったり
心が温かくなったり
全て、“人”だから
時には八つ当たりのもあったかも知れない
それでも
相手を思っての顔
怒ることも
喧嘩だって
全部、裏を返すと優しさだった
それに気付いたのは失いかけた時
優しくされれば、される程
別れは辛く、涙は止まらなくて
優しさに気付かなければ
優しさを知らなければ
優しさを知らなければ……
こんなにも辛さを感じることなんて
なかったのに……
そんなことを思った
けどね、
ふと……そんなことを思う自分
これも……優しさなんだろうなって
(2023.05.02/優しくしないで)
優しくしないで
オフコースの、「愛を止めないで」の歌い出し。
「やさしくしないで」君はあれから新しい別れを恐れている‥
懐かしいなぁ
食べたいものがあれば
食べたくないものがある
読みたい本があれば
読みたくない本がある
好きな音楽があれば
好きではない音楽がある
観たい映画があれば
観たくない映画がある
いいなと思う人がいれば
嫌だなと思う人がいる
何かを好きだと思うことは
好きではないものを弾き出すこと
好きなものだけを自分の周りに掻き集めて
それらを繋いだ鎧を纏い、
言葉を固めたレンガで城を築く
いまからわたしはそこに
独りでこもるのだから
私の世界に要らないものは
堀の底深くに沈めるのだから
そんな私に どうか 優しくしないで
「優しくしないで」
「優しくしないで」
「まぁ、みんな一度はやるから、気にしないで」
「うえええ優しくしないでください好きになっちゃう〜」
「好きになってもいいけど私はラブラブなダーリンが居るのでごめんね?」
「うえええええ〜〜振られた〜〜〜〜」
仕事でミスをして地の底まで落ち込んでいる後輩を誘い、休憩スペースの片隅でココアなどおごってやったのが今。
後輩は休憩スペースのテーブルにほっぺたをつけ、ぐずぐずとぐずりながら器用にココアを啜っている。器用なやつである。
「優しくしてほしくないなら今後スパルタで行きますけどー?」
「あ、うそうそ嫌です優しくしてくださいでろっでろに甘やかしてください褒められて伸びる子なんで!」
がばっと起き上がって、今度は子犬のようにきゃんきゃんと鳴いて主張してくる。
「仕方ないなー。じゃあとりあえず始末書の書き方から教えてやるかー」
「うああああ始末書書くんだああああ」
「安心しな、みんな山ほど書いてっから」
「それはそれでどうなんです?」
ココアの缶を捨てながら、二人で執務室に戻る。
何だかんだ立ち直りの早いやつである。
2023.05.02
「…二番じゃ、嫌……一番がいいの…」
昨晩の僕を見て面倒臭い、そう思われたかもしれない。
でも彼は酷く優しく笑って僕を抱きしめた。
「君はずっと、僕の一番だよ」
「………うん」
彼の薬指で銀に輝くリングをみてしまったのを知らないフリして「ありがとう」と広い背中に腕を回した。
────どうせ一番にしてくれないなら優しくしないで。
そんなこと言えるはずがないのに心の中で何度も繰り返す僕とリングを隠しもしない彼が大嫌いで、大好きだった。
お題:優しくしないで
高宮早苗は割と脆い。脆いというか体が弱い。いつもテンションが高くて退屈が嫌いで面白いことは率先してやりたがるやつで、元気いっぱいのイメージが強いのだが、見かけだけだ。あんまりテンション高く過ごしていると次の日には熱を出す。ひどい時にはその場で吐く。月に一回はしんどそうにしている時もある。精神は逞しいのに身体は脆いのだから厄介なことこの上ない。
そのため、小学校の頃はよく遠足に行けなかったそうだ。前日に張り切りすぎて熱を出してしまうので。他にも修学旅行後は一週間寝込んだりもしたらしい。高校になってからはかなり体調に気をつけてはいるが、それでもたまに吐いたり熱を出したりしている。今日もまたマラソン中にぶっ倒れて熱が出た。全力疾走なんてするからだとは思うが、「やるからには全力で」がモットーなやつだ。多分、誰が何を言っても聞かないだろう。
そう言うわけで、放課後、宮川翔吾は大きくため息をつきながら、保健室の前にいた。手には二つの鞄を持っている。一つは自分の。もう一つは早苗の。帰ろうとしたところ担任に持って行くようにと言われたからだ。ついでに「送ってやれ」という言葉も一緒に同封されていた。
翔吾から見たらそこまで大事にする必要はあるのかと思う。いくら体が脆いとはいえ自業自得だ。そもそも熱が出た時の対処なんかは心得ているだろう。仮にも早苗自身の体だ。高校入学から関係がスタートした自分なんかより知っているものがあるだろう。
だがまあ担任に言われたからには仕方がない。冷たいやつとクラスの人間全員から後ろ指を刺されるのも面倒だ。なので早苗に鞄を持って行って送ってやる必要がある。
ガラリ、と保健室の扉を開けて「早苗」と声をかけた。保健室の先生は、どうやら席を外しているらしい。複数台並ぶベッドスペースに一つだけカーテンで仕切られているベッドがあったためカーテンを開いて中を見た。早苗が「やあやあやあ」とあまり元気ではなさそうな声で翔吾に返事をした。
「鞄を持ってきてくれたようだね。わざわざありがとう。それにしても困ったものだ。5キロメートルの残り2キロを全力疾走しようとしただけで息が上がって熱が出るとは。体力がないとしかいえないな。これから毎日少しずつ走るようにしたほうがいいかな」
早苗はそう言って体を起こしてベッドから出ようとする。よくもまあ回る口だなと半分呆れた。と、同時に思っていたよりも蒼白な顔とぎこちない動きで嫌な気持ちになった。すでに何回か見ているはずなのに、弱っている早苗の姿は好きになれない。
「走るなら熱を治してからにしろ」
翔吾はふい、と早苗から目を逸らしながら言った。ついでに鞄を放り投げてやる。担任がいうには中に制服が入っているらしい。早苗はマラソン中にぶっ倒れたので体操服のままだ。帰るためにはとりあえず制服に着替えてもらう必要がある。
「それもそうだな。ならさっさと治してしまおう。家に帰ったら薬でも飲むさ」
早苗はベッドの上にボスンと音を立てて落ちてきた鞄を受け取りながらそういった。それを見て翔吾は踵を返して立ち去ろうとする。
だが、早苗が「そういえば」と声をかけてきた。
「古典の授業はどうだったんだい? 先生が面白い話をしてやるとつい先日言っていたから気になっていたんだ」
「そうだな。梅を詠んだ和歌の話をいくつかしてたな。あんまり覚えてねえよ」
「そうか。梅を詠んだ歌か。惜しいことをしたな」
「仕方ねえだろ。熱出ちまったんだから」
「そう。そうだな。わかっているんだ。でも──」
ただ走っただけで熱が出る体が、心底恨めしいよ。
ぽつり、と言葉が溢れていた。多分、早苗にとっては無意識だろう。
だがその声が存外細くなっていたのには驚いた。そして早苗も自分自身から出たものだと信じられないような、泣きそうな顔をした。
「いや、いや、忘れてくれ。僕がマラソン中に全力疾走をしなければ聞けた話なんだ。君が言っていたように仕方ない話だ。自業自得にも程がある。それに個人的に先生に聞けば良いんだ。だから、僕が恨めしいとか惜しいと言っていい道理は、どこにも……」
早苗は泣きそうに笑いながら話をする。嫌だな。今日は心まで弱ってしまっている。やっぱり早く帰って寝たほうがいいな。そんなことを言いながら、弱音を言ってすまないと翔吾に時々謝り続けた。
自分が言える立場じゃない。自業自得。ペース配分が悪い。体が弱い。そう言ってずっと熱が出たことを自分の非であるかのように責めながら。
確かに、自業自得だと思う。体が弱いとわかっているのに、全力で何かするなんて、熱を出しに行きますと言っているようなものだ。
でも、熱が出ることも、体が弱いことも、早苗は本当は望んでいない。そもそも、全力を出す前に熱が出てできなくなったり、志なかばで終わってしまうものが早苗には多いのだ。小学校の遠足は、きちんと眠っていたのに熱が出たと言っていた。修学旅行は気合いで乗り切っただけで、旅行中も体調は悪かった。高校の授業も、なんとか休まず受けているけれど、休憩時間は机に突っ伏して動けなくなっている時もある。普段明るく振る舞っているのは、おそらく、そうでもしないとやってられないからだ。熱が出てフラフラなのに早口でまくしたてる口調になるのも、ずっと笑っているのも、多分、心を折らないようにしているからだ。
そのことに、翔吾は今、気がついた。気がついてしまった。
大きなため息が出た。
「職員室行くぞ」
「え」
「まさか、今から先生に授業のことを聞きに行こうっって魂胆じゃないだろうな。でもそういう優しさはよしてくれ。いや、優しくしないでくれ。これは俺の自業自得だ」
「そうだな。てめえの自業自得だ」
「だろう? だったら──」
「気が変わった」
早苗の手を掴んで保健室から出た。早苗が大きな声で「ちょっとちょっとちょっと」と声を張り上げている。そんなこと知るか。
「てめえ退屈してんだろ。それに今俺は退屈してんだよ。なら付き合え。それでいいだろう」
ストップをかける早苗をそう言って引きずった。多分、熱はまだ出ているのだろう。掴んだ手の温度からそれが伝わってくる。それでも、別に止まる気はない。
全力でやりたいのなら、熱が出てもやればいい。
中途半端になるから恨めしく思うのだ。誰かの力を借りてでも好きにすればいい。しかも、自分は周りからニコイチだとか保護者だとか言われているくらい、早苗の隣にいるのだ。早苗が自分に迷惑をかけても別に困らない。
それに──
しょげて強がるこいつより、全力で笑って全力で遊んでいるこいつの方がいいしな。
そう思うと不思議と楽しくなってきた。先生の話を聞いて大興奮した早苗は、また熱を出すだろう。フラフラになりながら帰ることになるかもしれない。それを抱えて帰るなり支えて帰るなりして、こいつの家の布団に投げ捨ててしまおう。幸い早苗は、体調は悪くなることは多いが治りが早い。明日には酷い目にあったといつも通り大騒ぎする早苗の姿を見れるはずだ。
「だから、私に優しくしないでってば!」
「やだね」
「なら、せめて、手を、離してくれたまえ……!」
放課後の職員室前の廊下には、早苗の声が大きく響きわたっていた。
これ以上優しくしないで
君はいつだって、誰にだって優しくて
相手を笑顔にさせるんだ
僕が特別だって勘違いしてしまいそうだから
僕にも、皆にも、優しくしないで
君の特別なんて人は誰もいないんだって思わせて
(優しくしないで)
優しくしないで。こんな私に。
男「あっ!優馬!一緒に行こうぜ!」
優しくしないで。優しくされたら胸の中に虚しさが残っちゃうから。劣等感とか、罪悪感とか、苦しい気持ちでいっぱいになるから。
...それなのに、やめてくれない君と、優しく接してくれることを求めてる僕がいる。
あぁ、こんなの、1つも希望なんか見えるわけがないのに。
ほんとに、馬鹿だな。
優しくしないで
「もうあまり、俺には構わないでくれ」
俺は君にそう言い放ってしまった
別に喧嘩とか嫌がらせされたんじゃない
ただ、君があまりにも優しくて、
今までこんな扱いされたことなかった
だからどうすれば良いのか分からなかった
これ以上優しくされたら泣き出してしまいそうだった
だからこんなこと言ってしまった
君は悲しそうな顔してた
でもしょうがない
言葉は取り消せない
あぁまた、君は俺に優しくするなんでなんだよ
優しくしないでくれ