『何もいらない』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『何もいらない』
ガキの頃から悪さを繰り返して親を困らせていた。親を含めた俺の周りの大人たちはろくでもないやつばかりだったのでそんなのになるのは御免だと早くに家を出た。悪さをすることしか知らないままに気づけばあのときの大人たちよりろくでもない大人になっていた。
運が良かったのは使われる立場から使う立場になれたこと。貧乏から抜け出す術を知らないやつらに貧乏から抜け出せると唆して使いたいように使ってやった。一発逆転の奇跡なんて起こらない。俺が悪さを積み重ねてろくでもなくなったように、一瞬で何かに生まれ変われるなんて虫のいい話はこの世にありはしない。
だからだろうか。媚を売り時には春を売って金を稼ぐ女たちを眩しく思っていた。ろくでもない大人が集まる街であくせく働く夜の蝶を手にしようとも思えず、手助けをしては籠から解き放っていた。自由を手にしたというのに好き好んで俺の傍に寄ってきたやつもいる。頭の悪いその女は俺に安らぎを与えてくれた。
安らぎを覚えてからは、悪さをすることに躊躇いが生まれた。部下からは腑抜けになったと囁かれる始末。苛立ちはしたが事実そうだった。どちらともを持ち続けることはできないと悟ったとき、迷いなく仕事と財産のすべてを部下に譲り渡して女とともに街を出ることを選んだ。
一瞬で何かに生まれ変われるなんて虫のいい話はこの世にありはしない。身に沁みて理解しているがために、これからのことに不安が付き纏う。
「今の俺は何も持っちゃいないが、付いてきてくれるのか」
「はい。あなたがいれば他に何もいりませんから」
「……そうかい」
けれど不安を安らぎが打ち消してくれる。
「俺もよ、お前がいれば他に何もいらねぇんだ」
「……そうですか」
互いに照れ笑いを宿して片手に少ない荷物を、もう片方に互いの手を繋いで歩いていく。行くあてもなく、けれど足取りは軽かった。
詩彩音
何もいらない
わたしには何もない
今は何も要らない
そう思える今日は
ゆっくり休んでみようと思う
私は、じつをいうと、ここで彼を殺してしまうつもりでいた。
しかし、彼は私の家へ上がって、挨拶をしたのもつかの間、腰かけていた。
私のソファにだ。
頭はその背もたれへ、大きく開かれた両足。
その男は、ソファにかけたシーツのように脱力している。
「……なにが目的なんだ」
私は口を開かずにいられなかった。が、男は意にも介していないらしく、老人のそれのように震えた手を、胸元へ伸ばして、胸の内ポケットからライターと、一本のタバコを取り出す。
男は背もたれに預けていた頭を、少し持ち上げて、ヒョイっとライターを投げた。
私の方へだ。
胸に抱えるようにして、それを受け止め、まさに、なにが目的なんだ、とばかりに男を見上げる。
しかし、男の頭は背もたれにあり、目的すら、顎下しか、望めなかった。
と、そこで、男の頭で、タバコが揺れているのを発見する。
火はない。
ははあ、点けろというのだ。
私は大人しく、突っ立っていたばかりの体を、ソファの横まで突き動かし、カチッカチッとライターを擦った。
いやに、焦げ臭い匂いが鼻につくが、まあ、気にしているほうが馬鹿なのだろう。
「なにもいらない」
3度目で点いた火に照らされた、その男の顔。
それを見た時、私は、馬鹿だ、男の全身をてらうオイルの存在に気づいた。
何もいらない。
そう言って欲しかった。
もし聞けたら、私はとんでもなく幸せなのだ。
だって私はもう何もかもを捨てるつもりでいる。
お気に入りのドレスもネックレスもいらない。香水もマニュキアだって。苦労して手に入れたポストだって同じ。
なのにあなたはそうじゃない。
私が全て手放したところで気まぐれに映るのだ。
悔しくてやけを起こしそうになる。
最後のプライドで涙だけは見せなかった。
何もいらない
『何もいらない』
何もいらない
ただ一度
君が笑ってくれるなら
生まれた時も、死にゆく時も、何も持たない。
手ぶらでこんにちは、手ぶらでさようならだ。
生きてる間にどれだけ推しグッズを揃えたとしても、サヨナラする時にはすべて手放すことになる。
せめて思い出くらいは持っていきたいけど、きっとどこかでリセットされて、何の記憶も持たない赤ん坊として生まれ変わるのかも。
だからって、何もいらない、とはならない。
物欲は限りなく、手放すことも忘れて手に入れ続けている。
自分がいなくなった後、遺された家族はこれの処分に困るだろうな、とか思いつつ、今日もAmazonのカートには新たな商品が増えてゆく。
注文ボタンをポチる時、ほんの少しだけ心に躊躇が浮かぶこともあるが、これを手に入れた時の喜びの方が必ず勝つ。
これが、生きるってことなんだろうな。
どれだけ完璧なアンドロイドも、趣味のコレクションは持たないだろう。
でも人間は、いろんなタイプのアンドロイドを集めたがるかもしれない。
お金に余裕があって、ガレージに何台もの車を並べている人もいる。
ほとんど乗ることのないまま、車として活躍もせずに放置されるものもあるだろう。
人間って罪深い。
だから毎日は楽しくなる。
食べて寝るだけの人生に何の意味がある?
働いてお金を稼いで、そのお金を無駄なものに使って。
いや、手に入れることに喜びを感じられるのなら、それは決して無駄ではないのかも。
使われずに放置されていても、せめて手に入れた時の喜びだけは忘れずにいたい。
とはいえ、本当に必要なのは、お金を出して買うものではないことも分かってる。
お金じゃ買えない幸せを手に入れたから、それ以外は何もいらない、という気持ちもない訳じゃないけど、やっぱり世界にはモノがあふれすぎて。
最近よく目にする中国の爆安オンラインショッピングサイトとか、どーしてこの値段でこの商品が?ってのが当たり前に並んでる。
怪しすぎて、手を出さずにいるけど。
何もいらない、そんな人生ならいらない。
欲しいもののために頑張って、手に入れて喜んで、その後それをどう扱うかはその人の自由だ。
積みゲーも積ん読もその人の自由だ。
こんなにモノがあふれた世界で、すべての人が本当に自分に必要なものしか手に入れなくなったら、きっと世界の経済は破綻するんじゃないだろうか。
「君さえいれば、他には何もいらない」なんてセリフを吐く人も、きっとそれはお金を払って手に入れた、どこぞの映画やドラマで憧れたシーンを真似しているだけだと思うしね。
たくさん手に入れて、たくさん生み出す人間でありたい。
それにしても、今回いくつの「手」が使われたことだろう。
『ラブストーリーに冷笑を』
夜の9時、テレビで流れるドラマ。別れようと告げる女に対して「お前以外には何もいらないんだ」なんて涙ながらに訴える男。きっとこの後は幸せなキスをしてハッピーエンドだ。
なんて酷いストーリーだ。フィクションにしても酷すぎる。
「せめて無欲であれよ、全くさ」
つい30分前まで私には彼氏がいた。素敵なドラマがあるから一緒に見ようだなんて、恋に浮かれていた私はとんだ馬鹿だ。
振られた理由はとても簡単。私自身に性欲が一切ないから。
キスシーンまで進んだドラマを見ながら、告白された時のことを思い出された。『きみ以外何もいらないから』なんて臭いセリフだったっけか。
「何もいらないなんてフィクションにさえならない嘘だよ」
フィクションの2人は幸せそうだった。
「何もいらない」とその男は言うが、ショーウィンドウを見ている女の子をそのまま連れ去って行った。
小さな靴、片方だけを残して。
『何もいらない』
私は部屋に物をあまり置かない。いわゆるミニマリストだ。
生まれつきそうだったわけではなく、大学を出て働くようになってから少しずつ部屋からものがなくなっていった─ひとりでにものがきえたわけではなくて、もちろん私が自分で捨てたのだけど─。
この部屋に越して来た頃は、服も本も雑貨もいっぱい持っていて、部屋に物と色が溢れていた。
だけど、働くのは辛くて、いろいろと考えることが多い。
毎日ひっきりなしに頭を使い続けて、日に日に生活の余白を楽しめなくなってしまった。
そういう私の心持ちが、部屋を空っぽにしていった。
そんな私だけど、昨日、手のひらに収まるくらいのクマのぬいぐるみを買ってきた。仕事の帰り道で見かけた骨董屋で目が合って、その5分後には私は店主の老人に500円を手渡していた。
あの衝動がどこから来たのかは分からないけれど、今なら前よりも、世界を楽しめる気がする。
何もいらない
ふぅ~お腹いっぱい もう食べられないや
何だかお腹いっぱいになったら眠く
なって来た。
欠伸が一つ無意識に出る。
しばらくはもう何もいらない
とりあえず一眠りして
胃の中が消化されて
リセットされるまでは....。
きみが いればと
おもうから
いたなら
ほんとに
なんにも いらない
恋人なんて要らない
友達なんて要らない
お金なんて要らない
地位も名誉も要らない
僕、私は、何も欲さない
そう言うひとに限って欲深い
ないものはねだればいいのに
もったいない。
何もいらない
貴方の笑顔は私の心を癒やしてくれます。
貴方の優しさは私を勇気付けてくれます。
貴方の厳しさは私を強くしてくれます。
貴方の健気さは私の庇護欲を掻き立てます。
貴方さえいれば、私はありのままでいられる。
貴方さえいれば、自分の事を認められる。
貴方と居る時の自分が大好きだ
貴方が側にいてくれるのなら、もう…
『何もいらない』
何もいらない
中身は空っぽ
何もいらない
楽にいきたい
ただそれだけ
人は裸で生まれ、この世界で生きる中で必要な物を与えられ、育つ。必要な物とは食べ物や衣服であり、おもちゃ、あるいは大切な人達。
それらが周りに在る事は実に自然な事であり、若い時分はそれらを失う事など想像すらしない。
私は今、四十台の半ばで人生の折り返し地点にいる。
きっと人生の最期の瞬間は、やり残した事を後悔したり、家族や大切な人を想ったりするのだろう。
そして人生は「思い出」で出来ている事に気がつく。
地位や名誉、高価な物など何も要らない。
ただ大切な人との「思い出」だけが、ずっと遺ればいい。
あなたに逢えたら…
それだけでいい
何もいらない!
【何もいらない】#64
お題 何もいらない
何もいらない
【伊藤美穂子さん
明後日、親戚の開くパーティがあります。ぜひいらしてね。
追伸 美穂子、あいかわらず地味なドレスなの?】
美穂子はペンを動かしていた右手を止めて届いた手紙を見た。白い便箋に品のある筆跡で書かれた文字をみると、この手紙の送り主・山田小鈴を恨めしく思う。
【山田小鈴さん
ぜひ行かせていただきます。
追伸 お楽しみのようでなにより。】
皮肉を付け足すと封筒に入れて住所を入れ、そばの箱にポンと入れた。
「ペン、インク少なくなってきちゃった。」
ふと思い出し、立ち上がって箱を持つ。めんどくさそうにスマホを手に取り、スニーカーを履いて外に出た美穂子は家の前のポストに箱の中身をざらざらと入れてまた気だるそうに家に入っていく。
(あいつに…….、小鈴に恥かかせられるならもう何もいらないわ。)
別の部屋に行ってクローゼットを開けると、中には美しい模様のドレスや化粧道具が詰まっている。
「小鈴の旦那さんは清弘さん。好みは蝶だったわね。 てことはこれだわ。義昭くんの好みは……..。」
ドレスを選びぬき、会場に来そうな人の好みをミックスした小物やアクセサリーに散りばめ、それとなく統一感が出るようにもととなる色はすべて白で通す。
物欲は無い。高級な腕時計をあげると言われても、ベンツをあげると言われても何も思わない。100万円あげると言われればうれしいけれど。
わたしの横に寝そべる茶色のふわふわが元気でいればそれ以外何もいらない。
何もいらない
ウォームアップを済ませてスタートラインに立つ。誰もいない真夜中のトラック。自分のタイミングだけで走り出した。
2周だ。僕は800mのみやっている。いや、やっていた、か。大会前に、靭帯を痛めて出場できなかった。最後の大会だった。
100mを超えた。痛みはない。オープンコースに入り中に位置を取る。ここでいい位置を取れるかが800mの鍵だ。前回の大会ではここで失敗した。というより、相手が上手かった。あいつ、なんて名前だっけ。
思い出せない。が、均整の取れた体格と力強いストライドは覚えている。速かったな、あいつ。
そんなことを考えていると、いつの間にか目の前を疾走する影が浮かんでいた。
あいつだ。あいつの背中だ。僕はまた、あいつの背中を追っている。
頭の中で鐘がなる。1周目を超えた。おそらく自己ベストを4秒ぐらい上回っているはず。だが、以前、あいつは僕の前を走っている。わずかに体を傾け、軽やかにコーナーを過ぎていく。僕も離されずに食らいついていった。
調子はいい。おそらく今までで1番。怪我さえなければおそらく、全国にも……。いや、今はいい。今は目の前の背中を見ろ。それだけに集中しろ。
あいつに悟られないように、ゆっくりとギアを上げる。じわりじわりと距離を詰める。
最後のコーナーの手前で仕掛けた。もう一つギアを上げ、からだ一つ分、外に出た。まだだ。まだ追い抜かなくていい。プレッシャーをかけるだけ。僕に気付いたあいつがほんの少し、フォームを乱した。いける。
直線で完全に並んだ。ラストスパート。ここからは、技術も駆け引きもない。肺も心臓も悲鳴を上げたがかまうものか。今度こそ勝つ。それだけだ。
ラスト50m、まだ並んだまま。もう少し、もう少しだけ速く。速く。
フォームが崩れた、と思った。地面を蹴るはずの足が、空回りしたような感覚。どうした。なにがあった。急いで呼吸し脳に酸素を送る。
ゴール直前で倒れた、らしい。今になって、靭帯がまた痛みを訴えてきた。またお前か。まったく。
荒い呼吸のまま大の字になって空を見た。月がぼんやりと光っている。
ああ、また負けたか。やっぱり速かったな、あいつ。そういえば、まだ名前思い出せないな。北高だっけ、それとも西高だったかな。まあいいや、もう会うこともないだろうし。
足が痛い。とっても痛い。歩いて帰れるかな。親にはなんて説明しよう。また病院か。嫌だな。
でもいい走りだった。間違いなくベスト。
高校で辞めるつもりだったけど、結局、自分にはこれしかないのだ。走るだけでいい。走っているときだけは、自分が自分でいられる。走ることさえできれば、何もいらない。
なかなか落ち着かない呼吸をしながら、しばらく空を仰いでいた。
何もいらないと、決めていれば。
何もないと、諦めていれば。
君に、恋をしている気持ちがなにもなければ。
期待しなければ。
こんな、たらればを思考している間は。
君の何もかもがいらないと、諦めることができないでしょう。