『今日にさよなら』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
[今日にさよなら]
今日の良いことはたくさんあったよ。ビンの牛乳が飲めたり、良い本が買えたりできて、楽しかった。
でも、悪い日もあるよね。落ち込んでた日がたくさんあったよ。それでもね、悪い日がずっと続くわけじゃない。今日みたいに良いことはある。だから、悪い日があっても、今日にさよなら。また、明日があるから、頑張ろう!
今日にさよなら
今日も色々あった
弟がフルマラソンを完走!
母と私は、応援でへとへと、、
疲れたけど、楽しかった
宝石箱のような、
今日にさよなら
寝れば待ってる明日よ
おかえり
周りと比べて勉強ができないとか運動が苦手、可愛くないし面白くもない、と自分をダメ人間だと思ってませんか?
「好き」
今日も言えないまま今日が終わった。
それを繰り返していたら、いつのまにか卒業だ。
もう毎日君に会えないそう考えると、目頭が熱くなった。
こぼれ落ちそうな涙を必死に我慢した。
「卒業してもみんなで遊ぼうね!」
今の私が君に伝えられるのはこんなことだけ。
大事なことは、結局最後まで伝えられなかった。
叶わないことなんて気づいていたけど、それでも楽しい恋だった。
-今日にさよなら
変わりゆく青い空
風の感触
過ぎゆく景色
交わした会話
ふっと安らぐ香り
今日にさようなら
初めましてあした
今日はね
もしかしたらあなたに会えるかもしれないって思って
ワックワクでゲレンデに向かったの
心の底でいたら声かけなきゃ、って思って
それでも、なかなか勇気を出せそうにない私は
いなかったら諦めるし、声かけないで済む。って思ってた。
それに天罰が下ったのか、会えなかったんだ。
この想いは自分の中で収めて、封印しようと思った。
けど、あの日の今日にさよならはできそうにないです。
どこに行ったら会えますか?
その辺のコンビニでも、どこでもいいから会いたい。
そう思うことは罪ですか。
明日の月日はないものを(テーマ 今日にさよなら)
*ほぼ独白だけの小説です。
1
歳のせいで足元が覚束なくなって、もう何年も経つ。
私はもう90歳を過ぎた。
娘夫婦が心配して一緒に住むようになったが、呆けた頭と不自由な体で、迷惑ばかりかけている。
最初は親切にしてくれていた娘も、今は大きな声を日に何度も張り上げるようになった。
(そんなに大きな声を上げなくても聞こえているのにね。)
薬を飲むのを忘れたのを怒り、歩行器を使わずに杖で歩いたのを怒り、日課の血圧を測り忘れたのを怒る。
体がうまく動かない。
立ち上がるだけでもひどい痛みがある。
足元がふらつく。
調子が悪いときだと、歩くだけでも一輪車にでも乗っているような気分になる。
頭もそうだ。
モヤがかかったようで、娘の言っていることはほとんどわからない。
ただ、きっと、この動かない体や、すぐ忘れてしまう頭のことを怒っているのだろうと思う。
いったん老化した体は、また若返ることはない。
(つまり、もう私は、娘に毎日毎日ヒステリックに怒鳴られ続けるしかないってことだ。)
今日は、何日だったか。
カレンダーを見て、日曜日だと知る。
ただ、すぐ忘れてしまうのだ。
(昔を思い出すことは、できるのにね。)
少し、昔を思い出した。
2
夫が病院で息を引き取った後、一人暮らしをしていた頃は、そこまで衰えてはいなかった。
キチンと自分のことは自分でできた。
料理も洗濯も。
ただ、一人暮らしが長くなるにつれ、段々と足が不自由になり、手は重いものを持ち上げられなくなり、今何を考えていたのか、思い出せなくなることが増えた。
夫が生きていた時は、さらにしっかりしていた。
病院に入ってからは洗濯した下着と寝巻きを持って行き、毎日病院で顔を見ていた。
夫はろくに喋れなくなってからも、長く生きていてくれた。
心の支えだったと思う。
夫は頭もはっきりしなくなっていたのだろう、孫が顔を見せに来てくれた時はロクに反応しなかったのに、帰ってからさっきのが孫だったと気づいて涙することも多かった。
『夫の分、私がしっかりしないと』と、何度も思ったのを覚えている。
そういえば、その前、まだ夫が元気な頃は、病院を抜け出して家に帰ってきたこともあった。
(あの時は、すぐに病院に知らせてしまったけれど、今思えば、お茶の一杯でも飲んでから帰らせればよかった。)
3
更に前、夫は元気で、定年退職後の悠々自適な生活だった。
日中は囲碁に、ゴルフ。車で何処かに行くこともあった。
ただ、誰かの世話を焼いている時が、一番イキイキしているようでもあった。
娘夫婦は毎週のように孫を連れて顔を見せに来てくれて、よく喋っていた。
孫に習字や一輪車をさせるのをも楽しみにしていた。
4
更に前。
まだ定年退職もしていなかった頃だ。
私も夫もバリバリ働き、夜や週末にはお酒を飲んで、陽気に笑っていた。
長く住んでいた家を娘夫婦に上げて、私たち夫婦は別の場所に住んだ。
寂しかったけれど、裕福ではない時代だ。上げられる家があるだけ、私達はまだ幸せだった。
5
もっと前。
娘達を育てている頃。
あの頃は時間がなく、よく親戚に預けたり、近所の人に預かってもらったりして、なんとか生活していた。
私も夫も早く帰ることができなかったので、そうして預かってもらうことも多かった。
電車も今ほど多くなく、歩いて行く範囲はとても広かった。
1山越えるのなんて当り前。
田舎なんてそんなものだ。
ただ、体も元気で健康だったから、日々を生きられた。
6
もっともっと前。
私がまだ学生で、子どもだった頃。
私も何処かに預けられることは多かった。
そもそも戦争中だ。
日本中が貧しかった。
私が15歳の時、戦争が終わり、やはり貧しい戦後が始まったのだ。
気力と体力が溢れていたし、生き残っていた家族も親戚もいたから、助け合うことができた。
明日がいくらでもあった、あの頃。
7
現代に、戻る。
身体はすっかり不自由になり、この前は家の中で転んで肋骨を折ってしまった。
もう二度と歩けなくなるかと思ったが、何とか無事、退院し、家に戻ることができた。
娘夫婦と暮らしていると、孫もよく顔を出してくれる。
というか、娘夫婦が外出している間、孫が面倒を見に来てくれるのだ。
ありがたい話だが、孫たちももういい歳だ。
一番下の孫も30代のはずだが、誰も結婚しない。
(みんな忙しそうにしているけれど、親戚や家族で助け合って子育てとか、しないのかね?)
子育てなんて、結婚なんて、日々の生活でとてもできないから、やらない。
それは、私からすると呑気な暮らしに見えた。
それはそれで、幸せなことかもしれないけれど。
ただ、そうなると、私くらいの年齢になったとき、1人で寂しくなるんじゃないだろうか。
それは、寂しいことのように思えた。
私は、体が動かなくなっても、娘夫婦や孫が見てくれている。
娘夫婦も、孫が見るのだろう。
だが、孫は、誰が見るのだ。
8
今日は、孫がお昼ご飯を用意してくれる日だ。
娘夫婦は朝から外出で、しばらく静かな日でもある。
「何だか、迷惑をかけているようで、申し訳ないね。」
孫は、優しく笑っているだけだ。
今日は、比較的体の調子がいい。喋ることができた。
「誰か、いい人はいないのかい?」
「忙しいばかりだからね。それに、もし結婚して子どもを産んでも、何だか迷惑をかけるばかりだから。奥さんにも、子どもにも、さ。」
『迷惑』は、さっきの私のセリフだ。
しかし、中身はだいぶ違うように思った。
私の言葉は謝罪というより、感謝だ。
孫の言葉は、『謝罪するようなことをするくらいなら、しない』という意味だ。
(まるで、結婚や子育てが「悪いこと」みたいだ。沢山の人に迷惑をかけるから。)
「あなた達が、幸せならいいんだけれど。明日は、いつまでも来るわけじゃないのよ?」
違う。こういうことを言いたいのではない。
これでは単なるよくある説教だ。
結婚や子育ては悪いことではなく、ましてや誰かと助け合って支え合っていくことが悪いことなわけがない。
それなのに、なぜ孫たちは「迷惑をかけるから、結婚しない」というのか。
助け合うということは、迷惑をかけあうということでもあるのに。
(一体、社会はどうなってしまったのか。)
今日は体の調子はいいが、それは何でもできるということではない。
私は、もう複雑な言葉を喋れなくなってから長い。
思いを伝えることは、できそうになかった。
9
「じゃあ、次は水曜日に来るね。」
娘夫婦が帰ってきてから、入れ替わりに孫は帰っていった。
「お母さん!また、歩行器無しで歩いている!お医者さんから言われたでしょう!歩行器無しで歩いたら転んでまた怪我をするって!」
娘の怒鳴り声は絶好調だ。
「また色んな人に「迷惑」をかけることになるのよ!」
(ああ、そうか。)
娘のセリフで納得する。
孫たちは、この娘の教育で育ったのだ。
ある意味、自然であったのだ。
(とはいえ、ねえ。)
それでは、誰も結婚なんてできない理屈だ。
(何とか、孫たちに「人に迷惑をかけてもいいの」と伝えられればいいんだけれど。)
しかし、この体は、寝て、明日起きたら今日思ったことを忘れているだろう。
それどころか、いつもは5分前のことを忘れることすら、しょっちゅうなのだ。
(今日の私には、寝たらさようなら。明日の私、明後日の私。どうか孫が来たときに、「迷惑をかけてもいい」って伝えて。)
歳を取ると、こんなことすら確実ではない。
また調子の良い日が来ることを祈ることしかできない。
しかし、さらにふと気がつく。
(そういえば、私が今まさに迷惑をかけている姿で、伝わらないかしら。)
今の私を見て、『迷惑だ』以外の感情を持ってくれていれば、孫たちは自然に悟るのではないか。
迷惑をかけることが、相手にとって全て「嫌なこと」ではない、と。
(私たち夫婦は、家を娘夫婦に上げたけれど、だからといって、娘たちを産まなければよかったなんて、思っていない。)
と、足元がふらついてきた。
調子がいいのもここまでのようだった。
(今日の私に、さようなら。)
明日の私、頑張れ。
できることは本当に少ないけれど。
きっと、迷惑をかけている私が、迷惑をかけられている孫や娘夫婦に世話になっているこの姿が、彼らに何かを伝えているはずだから。
また娘夫婦に怒鳴られるだろうけど、頑張れ、私。
( 向こうに行ったときに、夫に、『 やるべきことはやった』と伝えられるように。)
今日にさようならを告げる。そしてまた今日が始まる。毎日それの繰り返し。でも同じ「今日」でも毎日何が起こるかわからないから、毎日が楽しいんだよね。
「おはよう」
昨日と"本当"の最後のお別れ
「こんにちは」
午前が終わり、午後が始まる合図
──最初で最後の合図
そして今日もきた
「おやすみ」
今日もさよなら
明日もきっと消えるんだから
もう戻れないんだから
この時間ももうなくなるんだから
明日の朝には完全に消える
あーあ
いつものことなのに
なんかやだね
毎日の努力が
すぐに
風になって
消えること
「今日にさよなら」
300字小説
未来に賭けて
未だ治療法の解らない病に掛かった君が未来に生命を託して治療用冷凍睡眠に入ったときから僕の心は決まっていた。
国際宇宙開発機構の亜光速宇宙船の試乗員。厳しい倍率と訓練を乗り越え、ようやくその一席を勝ち取った。
実験船に乗り込み、地球を眺める。航海から帰ってくる頃には、地上では数百年の時間が過ぎているはず。その頃には君の治療法が確立し、君はきっと健康を取り戻し、目覚めている……その可能性に賭けて。
出発のカウントダウンが鳴り響く。これで僕は今まで過ごしてきた連綿とした時の流れから離脱する。今日にさよなら。明日は地上では何年後になっているだろうか。
君の笑顔を思い描き、僕はイグニッションボタンを押し込んだ。
お題「今日にさよなら」
今日はもう疲れました。
明日の私に頑張ってもらうってことで。
今日にさよなら、昨日にさよなら。毎日毎日、その日の自分に別れを告げて次へ進んでいく。
次の日目覚めた自分は、また新しい自分になっている。でもそれは、今までの自分の全てを引き継いで、できあがっている自分。
だから、完全にリセットされた訳じゃない。そして、今の私もまた、明日の私に繋がっていく。毎日毎日、大切な役割を担っている。
今日もまた、いつも通りの日を過ごした。
特に変わったことのなかったこの日を思い出す日は来るのだろうか。
・・・まあ、どっちでもいいか。
疲れたし今日はもう眠ろう。
今日にさよなら。また、いつか。
『今日にさよなら』改
電波時計が無慈悲に時を刻む
時刻は23時57分、音も無く一秒一秒が通り過ぎて行く
せっかくの休日だったというのに結局何一つ出来ちゃいない
怠惰という罪を重ね、また一日を浪費してしまった
今日こそは出掛けようと決めていたのに
仕事の合間を縫って考えた計画も、
ようやく紙袋から出してきた真新しい衣類も、
その苦労は全て泡沫へと消え果てる
どうして自分は駄目なんだと自責の念に駆られる一方で、
やっぱりこうなるのかと何処か諦めたような感覚が確かに存在した
いつの日からか日が終わるその刹那に、
この意味も無い自問自答にすら成り得ない懺悔を行っている
ぐるぐると渦を巻く思考の海に捕らわれて、思わず溜め息を溢す
気が付けば時刻は0時を回ろうとしていた
何も成さず、何も出来ず、
ただただ流されただけの今日が終わろうとしている
明日もこうなるのか、はたまた次こそは抗う事が出来るのか、
自身しか知らないその答えをまだ見ぬ明日に託し、
静かに瞼を閉じた
□
黄昏に身を投じよ。直に日が暮れる。――例えばの話だ。街中の灯りが消え、時計の針が十二を指す頃。灰被りの姫君にかかる魔法が解けたとして、明日が来る保証なんてどこにもありはしないだろう。置き去りにされた硝子の靴など粉々にしてしまうのが吉だろうに。真に気付かされた幼き子らは、今日よ往くなと泣き叫ぶ。あやす素振りで細々と紡がれる大人達の子守唄は、もはや少しの意味もなさない。それでも彼らは云うのだ。明けない夜などないのだから、どうか安心して眠りなさいと。紡ぐ言の葉の合間合間に、口を揃えて、云うのだ。
『今日にさよなら』
『今日にさよなら』
今日にさよならして、どこに行くというの?
過去に行くところなんてない。
明日を通過して行きたい未来もない。
一日一日今日を積み上げて、やっと築き上げた優しい関係だもの。
手放しはしない。
人がどう思おうと、私の人生において今より穏やかな時代はない。
「今日にさよなら」したら、「明日の今日にこんにちは」をする。
刻々と変化する今を心に刻み、喜びも悲しみも強欲に味わい尽くすのだから。
「今日にさよなら」
たくさんの涙を流しながら
どうにか耐えてきた
たくさんの今日にさよならしながら
どうにか生きてきた
その日を生きるのが精一杯…
まるで綱渡りのような人生…
そろそろ地面に降りて
ゆっくり休もうかな
いい加減、疲れたよ…
お題:今日にさよなら
『廃れた記憶』
今日あった出来事も
昨日の誰かの悲しい話も
明日が来るという希望さえも
日々淡々と過ぎていくから
いつからかどうでも良くなっていた
そんな時にもらった優しさ
これまでの日々を経て得た強さに
気づかないまま生きていた
いつかの懐かしい風景に
思い出す記憶の中で
灰色に染まった日々を思う
目に浮かんだいつかの夕日を
いつまで綺麗に覚えていられるだろう
隣で見たあの夕日を
やなことあった?
終わってよかったね
またあした
あしたも同じなら
同じでもさよならしちゃえ
2024/02/18 今日にさよなら
#今日にさよなら
今日は朝イチの会議に遅刻
作成した書類を削除·······
注文したカフェラテはブラックで到着
急いでいたら棚の角に小指をぶつける。
くたくたの体を抱えて帰宅
お風呂にちょっと熱目のお湯を張り
お気に入りのバスボムを投入
普段は開けないプレミアムを
風呂上がりの喉に流し込む···
最高