『もしも未来を見れるなら』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
世の中は理不尽で溢れかえっている。
やっても無いことを怒られ、相手のさじ加減で仕事を任され、悪口を言われる。
だが、未来が見れればどうだろう。
未来の状況が変えれるなら色々な策を考えて乗り越える。
やっても無いことを怒られなくて済むし、相手のさじ加減で仕事をまかされることもない。悪口を言われることもなくなるだろう。人生イージーモードだ。
だが、人生イージーモードで本当に楽しいのだろうか。自分で考えて動き乗り越える、挫折を経験することが大切である。そんなことを考えると、イージーモードよりも多少難しい方がいいと思う。
まぁ私は、人生イージーモードの方がいいのだがそう上手くいかないのも人生である。
「もしも未来を見れるなら」
【もしも未来が見れるなら】
んーーー未来見れるって言われても
見たくないかな笑
常にわくわくしながら過ごしたいので
明日の事も知りたくない
逆に、
今日あった素敵な時間を
夢でもう一度体感できる、とかなら
是非是非お願いいたしまーす!!笑
もしも未来が見れるなら
もしも未来が見れるなら、昨日空を飛んだ君を追いかけるだろう。倒産したラーメン屋の常連にだってなるし、サ終したゲームからは早々に手を引くだろう。黒歴史みたいな写真だって消さずにおいただろうし、きっと今よりもずっと増えている。
いっそ憎いくらいに清々しい空を見上げながら、俺なそんなことばかり考えている。そんな風に、有る事無い事、一切合切に後悔し尽くしている。
もしも未来を見れるならと問われたこのお題に沿って文を考えている人達は自然にもし未来を見れるならなにをするか考えただろう。
だが、私は考えない。未来は自分で作って楽しむものだから。
考える必要なんてない。全力で、アホみたいに、誰かに自慢できるような楽しいことをすればいい。
人間は、結果ではなく過程を生きている存在だ。
たとえ未来を知ることができたとしても、
その途中で迷い、疑い、揺らぎながら選び続けることからは逃れられない。
それでも、もしそのような能力を手にしたなら、
危険から距離を取りたい。
壊されるはずだったものを、
壊される前に移動させたいと願う。
しかし、この思考実験を進めていくと、
ひとつの限界に突き当たる。
善意や、未来を知るという事実だけでは、
人は救えない。
なぜなら、介入には
「許される空気」と
「それを支える構造」が必要だからだ。
どれだけ強く助けたいと願っても、
突然「未来が見える」と語れば、狂人として退けられる。
相手が受け取れる状態でなければ、
どんな言葉も届かない。
社会的にも、正当性を欠いた介入は排除される。
つまり、問われているのは能力そのものではない。
未来を知る力よりも、
それを他者に届くかたちで扱う力のほうが、はるかに難しい。
では、どうすれば
「助けてよい」という空気を、
日常の中に作ることができるのか。
……あるいは、もっと俗っぽく言えば、
未来が見えるなら、いっそ競馬にでも使って、
金と権力を握ればいいのかもしれない。
そうすればようやく、
「介入する資格」が、後付けで与えられるのだから。
けれど、金や権力は「介入できる位置」を与えるけど、
それは「受け入れられる関係」を保証するわけじゃない。
どうしたら、壊されなくて済んだはずのものを助けられるのだろう。
悲しいことなんか無くなればいいのに。
題 もしも未来を見れるなら
え?自分だって見てみたいもんですよ。でもそんな機能は無いんですって。未来は分からないんですって。いくら魔法の鏡だって対応出来ない事はあるんです!ゴネても無理ですってば!!もしも未来を見れるんだったらこんな人の部屋に設置されないようにしてましたもん!!
(もしも未来を見れるなら)
白雪姫のオマージュ、理不尽要求反対ー。
もしも未来が見えるなら、私は見たくない。未来に何が起きるのか、わかってしまうとスリルを味わうことができなくなってしまう。
例外はあるけど、もし宝くじが当たる未来が見えるのなら、見れた方がいい。でも、あの当たるか当たらないかというスリルは味わえなくなる。
死ぬまでの未来が見えたなら、人生の半分はつまらないものになってしまう。苦しいことを回避することができたとしても、達成した喜びは味わえなくなる。山あり谷ありの人生の落差が大きければ、大きほど達成感は格別だと思う。
スポーツの試合の結果は絶対見たくない。日本代表の試合は特に見たくない。結果がわかってしまうと、得点が入る瞬間の歓喜や、投手とバッターの駆け引きによる緊張感がなくなる。
私は緩やかな人生を送るのを望んでいる。平坦でなくてもいいが、ジェットコースターのような人生は、小心者の私には耐えられない。ほどほどの人生がいい。
ネタバレを忌避するタイプどうせなら迷い悩んで苦しみたいし
題-もしも未来を見れるなら
【書く練習】
いやだ
親が
兄弟が
親類が
どうして揉め事ばかり起こすのか
離れたい離れたい
そんなことを思うことが悪な気がして胸が痛む
自分がなんとかしなければ
そんな思いが浮かぶ
それが正しいかわからないが
私がやらねばと使命感がわいてくる
例え私が潰れようとも
もしも未来を見れるなら(オリジナル)
子供は元気が一番。
失敗から学ぶ事も多い。
なので、あえて失敗させる事もある。
そういう教育方針だった。
おかげで、すごく元気に、わんぱくに育っている。
今日も今日とて、人の多い駅構内を走り回っていた。
小学校低学年の兄弟で追いかけっこをしている。
やがて、長い階段を駆け上がり始めた。
周囲の人が眉をひそめているのでさすがに限界だろう。
私は注意するべく、階段の中程で声をかけた。
「翔、大地、走るのは」
私の目に、翔が振り返って足を踏み外す姿がスローモーションのように見えた。
「危ない!!!」
悲鳴のような声が出て、とっさに手が出るが、子供達は手すりの反対側、かつ、10段以上の差があった。
息子の真下には、杖の老人。
勢いよく、ドンとぶつかり。
老人の後ろには、スマホを見て階段を上っている若い女性。
老人が短い悲鳴をあげて彼女にぶつかり、彼女もまたとっさの事に手も足も出ず。
3人は勢いをつけたまま、団子になって一番下まで転げ落ちていった。
私は蒼白になって、ガクガクする足を何とか動かして、手すりを頼りに下まで降りた。
「痛ててて」
一番上になって落ちた息子は大きな怪我もなく、無事のようであった。
やっちまったという顔をして、こちらを見ている。
「お母さん。ごめんなさい」
彼の下には、頭から血を流した老人が。
その下にも、手足が変な方向に曲がった女の人が。
「き、救急車!!」
誰かが、大きな声をあげた。
周囲が騒然となる。
息子の腕を、見知らぬ人が乱暴に引っ張って、下敷きになっている二人から退けさせた。
私は彼を捕まえて、ぎゅっと抱きしめた。
「お母さん?」
大変な事態をまだ理解していない息子に、腹が立った。
否。
なぜ私は息子たちを注意しなかったのか。
人にぶつかったら危ないと教えなかったのか。
人が多いところでおとなしくするよう躾けて来なかったのか。
後悔が、ぐるぐると頭を回る。
もし、こうなる未来が見えていたら。
決して息子たちを自由にさせはしなかったのに。
全ては後の祭り。
私はただ呆然とその場に立ち尽くした。
もしも未来が見れるなら
『みらいでもわたしたちっていっしょにいるかな?』
『あたりまえだよ、なっ』
…何も知らなかった頃のことをなぜ今思い出したのだろう。聖剣が見せてくる『未来』のせいだろう。大いなる力を手に入れて争いに巻き込まれ死んでいく幼馴染。大いなる力を手に入れる前に手にする寸前に殺される幼馴染。大いなる力に飲み込まれ消えていく幼馴染。繰り返し見せられる悪夢のような未来に大切な幼馴染を守るためにはこんな方法しかない。世界平和が幼馴染の犠牲の上で成り立つくらいなら…。
※二次創作です。
お題『もしも未来が見れるなら』
私には
可愛くて仕方のない甥と姪がいる
二人はまだ幼くて
言葉もどこか拙いけれど
それでも毎日
楽しいことに向かって
まっすぐに伸びていく
そんな甥と姪が大人になったら
どんな人になっているんだろう
やりたい仕事につけたかな
大切な誰かと出会って
手をつないで歩いているのかな
気になることはたくさんあるけれど
一番に願うのは
楽しく、そして幸せに
過ごしていてほしいということ
甥や姪が大人になった世界は
彼らが「幸せだ」と思える世界かな
緑はまだ残っているのかな
空はきれいな青のままなのかな
そう思うと
今の私にできることを
大切にしていきたくなる
あの子たちが大人になっていく
愛しい時間を
気長にそばで見守りたい
だからきっと
未来は見えなくていい
そのぶんだけ
これからが楽しみでいられるから
もしも未来を見れるなら
わたしは、自分の死んだ後が見てみたい
わたしは、きっと好きなものと人に包まれて幸せだよって
地球なんて砂粒みたいな存在の
宇宙の中の
地球にとって塵みたいな存在の
人間の
未来だなんだくだらない
でも当の人間にとっては
それがものすごく重要なんだから
なんてバカみたいなんだろう
《もしも未来をみれるなら》
もしも未来をみれるなら
きっとつまらない
これから起こること
自分がどのように成長していくか
わかってしまうから
未来が分からなくて
今が辛い時もある
けれどそれが自分の成長に繋がる
未来が分からなくて僕はいいや
明日とか明後日とか、今日と変わらないであろう未来なんて正直どうでもいい。気になるとしたら一年後、かな。
一年後、俺とあんたはどうなってるかな。
最高の未来はあんたが俺を選んでくれること。
最悪の未来はあんたと二度とこうしていられなくなること。
一番可能性があるのは·····今のままの関係がズルズル続いていること。
でももし自分の未来を知ってしまったら、そのせいでまた違う未来に分岐してしまうんじゃないだろうか?
あんたとの最高の未来を選ぶ為に俺らしくない事をしてしまったら、そんな俺をあんたは好きでいてくれるのだろうか?
ぐるぐるぐるぐる。
下手な考え休むに似たり。
やーめた。
そもそも明日があるかどうかも分からねえのに。
一年後の事なんて考えるだけ損だ。
――煙草吸ってこ。
END
「もしも未来を見れるなら」
(もしも未来がみれるなら。)🦜
あのね
僕の様な 大日如来。の眷属は
未来を観る、修行が
有るんだね。🦜
・幼い僕は、まだ 修行中
だから
如来、様。の様には
観れないけれど、
未来。を観る事が
出来るんだよ。
【如来、の六神通。】
❣如来、位。になると
色々な神通力。が
使えるんだね。🦜
・神足通。 ・天眼通。
・天耳通。 ・他心通。
・宿命通。 ・漏尽通。
❞今僕は、此の・天眼通。を
修行して居るんだよ。❝
・まだ起きて居ない未来の
出来事を見通す能力
なんだね。
❣如来、様。は
天眼通。の中でも[宿命知]と
云う、過去から未来に
渡る長いスパンで生死の
有り様を知る事が
出来るんだね。🦜
「ちなみに、僕には其処までの
能力。が無いから如来様。に
僕の未来、を観て貰ったん
だけど、渋い顔をしたまま
黙り込んだんだよ。」
❣少し嫌な予感の中。
如来、様。に聴いたら
しぶしぶ 話して
くれたんだね。🦜
「僕は 将来、眷属の長に
成り そして美しく育った
娘すずめ、しゃん。と
添い遂げる、だって。
しかし、
類の無い程の 嬶天下、に
為って 僕は一生
頭が上がらず、阿呆う、
呼ばわり されるんだよ
少しの希望は、生まれた子供が
親思いで 僕の味方に
為って昏れるんだって。」
❣僕は、薄々そんな予感が有ったし
僕も未来を見る能力が
有ると思えるんだよ。🦜🦜🦜
🦜🦜🦜
お題「もしも未来を見れるなら」(雑記・途中投稿)
ら抜き言葉。(正しくは「見られるなら」)って突っ込みはさておき、パンドラの箱の中に残った「希望」ってのは「未来視」の事だったって話がありましてね。
……むしろ定説なんだろうか。
昔読んだ推理漫画(ちゃんと完結済み)の番外編に出てきた「将来殺人を犯す子を殺しておくのは犯罪なのか」って話を思い出した。
殺せば良いと思う。
目には目を、歯には歯をって有名なハムラビ法典の正しい意味は「片目を失明させられたら相手の片目を潰すのは良い。両目を潰してはいけない」だから、殺人は一人から死刑で良いと思う。分かりやすいし。
という死刑存置派。(死刑は存続させるべきと考える派をそう呼ぶ。反対語はもちろん死刑廃止派)
先日のニュースで「裁判は感情論になってはいけない」とかのたまった地方裁判長がいたらしいんだけど(二審で破棄された)感情論以外で殺人犯を生かしておく理由なんか類似犯を防ぐ方法を研究する以外にない。とりあえず脳波調べるから生きたまま電気ショックでも与えてからバラしてしまえ。
もしも未来を見れるなら
ずっーと先の言語が知りたいな
竹取物語とかぐや姫
平安と私たち現代の言葉はこんなにも違うんだもん
きっと未来の言葉だって違うわ!
昔スパイダーマンの映画を見た時に「傷つくのが怖いから、未来に期待しないで生きている」と、このようなニュアンスのセリフを言っているシーンを観たことがある
このシーンを初めてみたとき、自分と同じような感覚を持っている人がいたことに少し感動したことをいまだに覚えている
未来への期待と現実の落差に踊らされることを、別に考えていたわけではないが、何となく避けていた。防衛本能みたいなものなのかもしれない。
そんな自分でも、全く未来に期待を抱かないようにするというのは至難の業だった。淡い期待が浮かんでは消して浮かんでは消してを今でもやめられないでいる。
もしも未来を見れるなら、こんな期待感を消すような作業も無くなるだろう。
ところで、未来への期待の落差は悪いことばかりではないみたいだ。ガチャを引くときやパチンコを引くときに、ドーパミンが出るのは期待していたよりもいい結果が出てくるからだそうだ。2000円かけて3000円になるよりも、10000円かけて5000円勝つほうが嬉しいと聞いたことがある。計算が苦手だから詳しいことはわからないが、期待値で言ったら後者のほうが低いのかもしれない。だからこそドーパミンが出やすいという。
未来に期待はしないが失望もしない。そんな考え方もゆるく生きていくには大切なことだと思った。
「もしも未来を見れるなら」