『ひなまつり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
雛祭り
今日は雛祭りだったことを忘れていました。
調べてみると平安時代ぐらいから歴史がある伝統行事みたいですね。
特にこれと言って思い出は無いのですが
『あかりをつけましょ ぼんぼりに〜♪』 で
有名なうれしい雛祭りという曲を思い出します。
女の子の健やかな成長を願ってお祝いする日
なんとも素敵な伝統ですね。
ひなまつり
ひえきったからだがあたたまる
なべをあけるしゅんかん
まわりにただよういいにおいに
ついついえがお
りらっくすたいむのはじまり
今日はそんな日だったのですね
それくらい
記憶に残ってない昔のことなので
↑こんなことに
お許しください
end
ひなあられぽりぽり。
ひなあられぽりぽり。
ひなあられぽりぽり。
思い返せば、ひなあられをぽりぽりと噛み砕いていたことが私の最初の記憶である。
いや、よく考えれば流石に最初の記憶ではなかった(実際の最初の記憶は親戚に連れられて行ったコンビニである)。しかしながらあれは最初の記憶といっても過言ではない。それほどまでに古い記憶である。
いや流石に過言であった。私が初めてひなあられを食べたのはおそらく小学校の給食だ。割と育ってからである。
いや、そもそもよくよく考えれば、というか考えるまでもなく、ひなあられを食べている、という確固たる記憶は私の中に残っていない。つまり私がここまで話してきたことは全て嘘である。
貴重な休日の夜の数分をこのような訳のわからない文章に費やしてしまった、と思いながら私はひなあられを齧る。もちろんこれも嘘である。ぽりぽり。
今日がひな祭りだということを忘れていた。お隣のおばあちゃんから「今日はひな祭りだから」と、お赤飯を頂くまで。まあっ、ありがとうございます、と受け取りながら頭の隅っこで財布の中と時間を勘案する。ヤバい、何も準備してない。私は日が暮れてから、慌てて買い物に走った。
ひな祭りはよく知られた節句だから(…だよね?)、明日子どもが学校から帰って来てからぶーたれられると困る。
お雛様に厄を祓ってもらい、人生の幸福を祈る。現代のひな祭りは、ふんわりとそんな感じか。伝統に則ってしっかりと「桃の節句」を行われるおうちもあろう。そういう場所には特有の清々しさがあるような気がする。そして、そのようなおうちの女性たちは、すごくしっかりしている印象がある。
今の時勢にひな祭りの意義はどうなんだ、という向きもあるかもしれないが、つまるところ、「どうか幸せであるように」というシンプルなねがいが核心だ。子ども時代の思い出にも何か良いものが残るかもしれないし、彩りのある記憶はほんの少しと言えど心の力になるかもしれない。
えっ、それでお前んちのひな祭りはどうしたんだと?
お隣のおばあちゃんから頂いたお赤飯、バラ刺身でちらし寿司、ホタルイカの酢味噌和え、はま吸い、苺…で何とかなった。最近のスーパーの工夫には頭が下がる。ちらし寿司用のカット刺身セットや、ボイル済みホタルイカ。いちばん手のかかる工程や下処理をかなり減らせる仕様で並べてくれているのだ。そのぶん値段が上がるのでいつもこのテが使えるわけじゃないが、ともあれ今日は助かった。感謝だ。
お雛さまは夢のように舞う。
あでやかな絹の揺れる羽音。
軽やかな笛の調べ。
幼き日に見た幻想の舞を大人になった今はもう見ることがない。
今お雛さまは優美に鎮座している。おっとりと。
題「ひなまつり」
ひなまつりたから、スーパーでひなあられか菱もちを買いたいと思ったんだけど、売っていなくて、ちょっと意外だった
桜もちはあったけど、桜餡のピンク色の大福があったから、それを買った
おいしかったけど、やっぱり、もっとひなまつりらしいお菓子が食べたかったな
ひなまつり
私の家にはひなまつりでないにも関わらず、一年中ひな人形が飾られている。ひな人形を片付け忘れると婚期が遅れると言う。強い結婚願望がある訳じゃないけれど、何となく不安になってしまう。立派なものだけど、少し…結構不気味に見えてくる。
小さい頃
私の家にはお雛様はなかった
理由は弟が大分やんちゃな子で
お雛様の首をもいだりして
めちゃくちゃにしてしまうと予想されたから
母は女の子の私にお雛様を
買ってあげたかったそうだが
叶わなかったと
ひな祭りには友達の家に行って
お雛様を見せてもらっていた
そんな子供時代
そして大人になった今
沢山の雛人形が家にある
旅先で伝統工芸品など見かけると
お内裏様とお雛様のセットを
せっせと買ってきてくれた
愛ある雛人形を並べて
ちらし寿司を食べる
今日は楽しいひな祭り
【ひなまつり】
結婚と付き合う
付き合うは?
付き合うとは好きになった人と一緒に笑い合ういつでも別れられるお互いの意見が会わなくても無理やりだってどちらかの思いが辛くなると、直ぐにわかれることは、出来る、そう思う
じゃあ結婚は?
結婚とはほんとに愛した人とするもの喧嘩したり笑い合い一緒に一生歳をとっていくものそして簡単には別れられない遊び半分の好きで結婚何てしてはいけない
こんな詩をどこかで聞いたまぁ私の妄想であり今作ったものだけどそこは貴方なら許してくれるでしょう
付き合って半年の恋人の来月結婚式をあげる予定なの、なのにね貴方は僕はまだ君を十分に幸せに出来ていない僕の精一杯の愛はここまでだ僕と君は一緒じゃない方が良いと僕は君を愛せていないと僕は君愛せないのに一緒に一生を過ごすのは無理だとさよなら
こんな手紙を置いて走っていった君の背中に私は問いかけた
何?十分って、十分じゃなくていいよ、あなたの精一杯はまだ私を愛せてなかったのね私は愛されていたわでも貴方は無理だったのね無理やり愛せと言ってたのかもしれない私は簡単にこの恋を終わらせてしまった
結婚なんてまだまだ先遠いわね
あぁ
私達の恋は
まだ遊び半分だね
ひな祭りは女の子にとって大事な日。だから笑顔で楽しく過ごす日。でも疲れてたから今日はのんびり過ごした。それもまた大切なことだしいいかなぁ。
ひなまつり
レジのバイトで今日何回ひなまつりのお菓子やケーキ
ピってしたか数えられない
世の中のお父さん、お母さんお疲れ様です
そして私事ですが昨日21歳の誕生日でした
お父さん、お母さんここまで育ててくれてありがとう
テーマ「ひなまつり」
初節句
父はあなたの
虜なり
桃の花言葉は 「私はあなたのとりこ」
3月3日にひなまつり
俺的には12月のクリスマスなどの行事などしか正直覚えてない
そもそも俺は男なのでそんな関係ないと思っていたが
歌やひなあられなどもありかかせない行事であるという事が少しわかっていった
明かりをつけましょぼんぼりに・・・
雛飾り?
もうずっと飾って無いよ。
なんだか苦手なんだよね。
理由?
ほら、のっぺりとした顔が集団で見下ろして来る感じ? 圧がすごいじゃない、お前のことを見ているぞーって。
自意識過剰って酷いなー
男は兜被ってチャンバラごっこしていれば皆んなご機嫌だったでしょ? 気楽でいいなー
え、馬鹿にして無いって、それこそ自意識過剰。
うん、うん、じゃあまた。
彼女にもよろしくね。
私は、雛壇にすら上がることが出来ないことに気付いたのはいつだったっけ、
私にとってはなんの日でもない
ただの1日だ。
女の子の日と騒がれるが
おひな様達を見たことがない。
生まれて1回しか出してないらしい。
12段の豪華なおひな様。
可愛いだろうなぁ。
子供が産まれたら絶対飾ってあげようと誓った。
今日が皆のいい日になるといいな。
毎年おばあちゃんが時間をかけて大きなひな飾りを準備してくれていた。物心ついた頃、寒い部屋の中で、押し入れから人形たちを出して飾っているおばあちゃんに、お母さんは「そんなのもういいのに」と言っていた。おばあちゃんは「だって女の子の日だものね」と私に笑いかけた。私のために準備をしてくれているということが嬉しかった。どこか特別感があった。もしいつか私に女の子の子供ができたら、お内裏様とお雛様だけでも準備して、その子にも私と同じ気持ちを感じてもらいたい。
#2 ひなまつり
だいぶすきな行事です
学校給食でひなあられ出たから小学生の頃は
ほんとにたのしかったなぁ…。。
中学も給食あるけどもう食べれない悲しい ; ;
ひなあられ。あれ美味しいですよね。
私の旧友はチョコレート味しか食べないので、よく、余った分を私が食べていました笑。
ところで、今日は、親友の命日でして。
お墓にひなあられをお供えに行こうかと思います。
お墓の前で、ひなあられで乾杯でもしましょうかね笑。
では、素敵なひなまつりをお過ごしください。
「ひなまつり」
「どうなってるんだよ……」
いつも通り起きて、気怠げに入ったバイト先は、戦場かと見紛う程大荒れだった。
「悠馬、待ってたよ」
涼太が普段絶対にしないような満面の笑みでこっちに微笑んでいる。不気味すぎる。
「何でこんな荒れてんの?」
手を洗いながらそう尋ねる。
「いや、ひな祭りだよ。テイクがもうやばい」
「あー、成程……」
家とバイトの往復しかしてなかったせいで、日付の感覚が完全に抜けてた。
「マジかよ、休みにしとけばよかった」
「そんなこと言うなって。夜飯にちらし寿司食おうぜ」
作業台の方をチラッと見ると、山のように積まれたちらし寿司。ほぼ確実にロスだな。
「よし、じゃあさっさと終わらそ」
涼太はそれを聞いて満足気に頷く。
「じゃあ俺テイク捌いてくるから、悠馬は注文見てて」
「は? あんだけあって足んないの?」
「じゃあそっちは任せたよ」
涼太はそう言ってさっさと作業に戻って行った。仕方ない。やるか。溜め息を吐き、キッチンという戦場に乗り出した。
『ひなまつり』
2024年のひな祭りに頭に浮かんだのは。
花より団子というけれど真っ先にイメージしたのは三色団子と桜餅だった。
子供の頃に実家に八段飾りが飾られたのは、ほんの数回だったのだろうけれど、祖母が買ってくれた雛人形の姿は三十年経った今も鮮明に覚えているのだが。
ここ数年は激務に追われ、仕事のことばかり考えているせいか。春の風物詩や行事の大切さなど、二の次だった。ストレスの溜まっているのせいか、食べ物馬鹿になっている。
今日はたまたま休日であり、久しぶりに庭先に出た。疲れて家事をするのも怠すぎるのに、今日は何故か外に出たくなった。こんな天気のいい日に、外に出ないのはもったいない気がして。
裏庭にある遅咲きの梅が咲いているのは知っていたが、花を見る余裕も無くなっていたことに気がつく。
花満開である。時々風に吹かれ、花弁を散らしながらも一生懸命に春を告げる姿は久しぶりに心が癒やされた。何処かの誰かが「花を見て何も思わなくなったら、疲れている」と言っていたけれど。その言葉どおりならば、私はまだ自分の思うほど心は荒んでいなかったし、疲れていなかったようだ。
疲れているのは身体の方で、PMSと仕事での疲労から体力を消耗していたんだろう。
それに、先週急逝してしまった友人の葬儀に出たことで心に余裕がなかったのもあった。
人生何が起きるかわからない。
長寿大国と云えどちゃんと80、90まで生き抜くことが出来ることの有難み。
当たり前が当たり前ではなくなる事もある。
毎日仕事行くのが嫌だと思う日常も突然無くなることもある。
寒さに耐え力強くかつ、控えめに咲く梅の花に勇気をもらい。私も生きることをもっと頑張って大切にしようと思う日になった。