『ひなまつり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
おひなさま、ここ20年は出してない。
それもそれだけど、桃の節句っておひなさまを出した後は何をするのかわからない。
何をすればいいの?
ひなまつり
それは、女の子の固定概念で決めつけた幸せを願う
面倒なまつり
#『ひなまつり』
No.58
「ひなあられを買って」
「そっか。今日ひなまつりか〜。ねぇ、ひなあられ食べたい?」
スーパーの店頭。
桃色を基調とした可愛らしいパッケージを指し、ふたりの子供に問いかける女性がいた。
「女の子のお祭りだから、うちには関係ないでしょー!」
小学校低学年くらいの男の子は、そう言うと「こっちの方がいい」と、たけのこのモチーフのチョコレート菓子を手に取っている。
「ひなまつりって〜ひなまつりってぇ〜女の子のおまつり?」
隣にいる男の子が大きな声を出した。顔立ちが似ているので兄弟だろう。
「そうだよ」
得意気に答えるお兄ちゃん。
「ふーん。じゃあ、ママのおまつりだね!」
そう言って「ひなあられ買って〜」と、手を伸ばす弟くん。
思わずふたりのママを見てしまった。
品出し中、こんな光景を見るなんて思わなかったな。
今日は早番。
ひなあられを買って、隣町で暮らす母に会いに行こう。
────ひなまつり
今日はたのしい、か。
世間ではひなあられ、ちらし寿司、白酒…今はケーキかな。別に私にとっては何も特別なことはない。
何せ 女の子 のお祭りだ。
そうだ肝心のおひなさまを忘れていた。
うちにおひなさまはいなかった。
それとなく親に聞いてみたら
もうお姉さんだからいらないでしょ、だと。
じゃあお姉さんになる前に買ってほしかった。
ただいま。
おかえり。
いつもと変わらない笑顔が迎えてくれた。
ねえ、冷蔵庫見てみてよ。
そう促され冷蔵庫を開けるとど真ん中に小さなチョコレートケーキが入っていた。
え…なんで。
今日はひなまつりだよ。女の子の日だ。
2つあるけど。
それは、別に、男の子だってケーキ食べても良いじゃないか!
ふふ、そりゃそうだ。ありがとう。
今日はたのしい
ひなまつり
思い出と昔話と。ほぼ実話。
ばぁちゃん、やたら詳しかったな(笑)。
古典の授業、むっちゃ助かったやで!←おい
『ひなまつり』
幼い頃、祖母から聞かされた遠い昔のおとぎ話。
「このお雛様は、お前の写し身。良く触れて遊びなさい。お前の厄、悪いものを引き受けてくれるのだから。だから、お前が嫁に行って母親になったら、このお雛様とはお別れするんだよ。間違っても、自分の娘にやってはいけない。新しいものを買ってやるんだ。その子のお雛様をね。」
それが、お雛様の本当の意味だとは知らずに、良く遊んだ。
「お内裏様は、お雛様の夫。三人官女は、この夫婦に仕える女房たち。身の回りの世話から、お仕事のお手伝いまで、何でも出来る才女だよ。五人囃子は、雅楽の奏者。今風に言ったら、オーケストラかねぇ。お抱えの音楽家たちだ。右大臣と左大臣は、文武の長。貴族と武士ってとこかね。一番下の三人は、丁仕。庭師と言ってね、外回りの仕事をする人たちだよ。昔は、下男と呼ばれていたかね。」
役割と地位がそれぞれに与えられていた事も、昔話の中の物語には職業選択の自由は無かった事も、いつの間にか教えられていた。
「選びたい人には辛かったろうけど、これからは自由に選べと言われて辛いだろうね。自由とは難しいものさ。でも良いものだ。」
手垢のたくさんついた、幼い頃の遊び相手と私は、さよならをした。
「たくさん、たくさん、遊んでくれてありがとう。」
色んな事を教えてくれた祖母も去り、私自身はまだ嫁にも母親にも成っていないけれど。
「色んな事を、あなた達を通して学びました。私を護ってくれて、ありがとう。」
華やかな宮廷生活は望まないけれど、お仕事を手にして何とか生きている。
「本当に、ありがとう。お疲れ様でした。」
新しいお雛様は、いつか自分の元に来てくれたら。きっと祖母の話もしようと思う。
「子供は、最初神様や仏様のもので、時々幼い頃に空へ還ってしまう子がある。その子たちは、ただ呼び戻されただけだから、悔やむ必要はない。誰の所為でもないのだ。」
時代錯誤と呼ばれようとも、何処か意固地になっていただけかもしれないけれども、何かを伝え残そうとしていた様に見えた祖母の姿。
今はない、お雛様と祖母を思い出す。
そんな、ひなまつりの日を過ごした。
題 ひなまつり
私は小さい頃からひな祭りが怖かった。
どうしてかって?
だって、お内裏様の視線が怖かったから。
まるでこちらを見ているようで、テレビを見ていても、テレビの横に出された雛人形に視線を移さないように必死だった。
トイレに行くときもお内裏様の前を通るのが怖くて仕方なかった。
毎年毎年お母さんに、今年は雛人形は出さなくていいよ、というものの、何言ってるの!と一蹴されるだけだった。
でも・・・理屈じゃなくて、なんか・・・なんか視線が合うような気がして。
どんな角度に変えても、見ると視線が合っているような、こちらを見ているようなゾッとするような気持ちになる。
その理由を私は分からないまま、ただ、お内裏様にいわれのない恐怖を抱きながら成長していた。
やがて私も成長し、結婚して娘を授かった。
私は雛人形を買うのが怖かった。
娘のためにも雛人形は買ってあげようと夫に促されて、雛人形の売っているコーナーに行ったとき、不思議と人形が全然怖くなかった。
私の持っていたのは、三段の大きなお雛様、お内裏様、三人官女が飾ってあったけど、お店には小さな両手で持てるケースに収められたお内裏様とお雛様だけで、顔も可愛らしいと感じた。
私の小さい頃の記憶は何だったんだろうか。子供だから、記憶に補正が入っていたんだろうか?
それとも、人形が小さいからこそ表情があまり気にならないのだろうか。
どちらにしろ、その時、私の恐怖心は綺麗に消えてしまったんだ。
それでも、娘が3歳になった時、娘が私の腕にしがみついてこう言った。
「ママ、お内裏様が私のことにらんでる」、と。
その図体のデカさと仏頂面で誕生日が3月3日ってなんだ。意外すぎるだろ。もうチャームポイントの一つだろそれ。
ひなまつり
小さいながらこの日が嫌だった
常識は身体に寄せてこうあるべきとされ
どちらでもないと言えない
時代が過ぎ去った今
自分が何者なのか
自分で決めて良いのだと
誰かが叫んでくれたから
ノンバイナリーでアセクシャルなのだと
言葉にできる時代にしてくれたから
大人になり今年も春の訪れに感謝をして
タラの芽とフキノトウの天ぷらを食べるのだ
「ひなまつり」
ひなまつり
いつからだろう、ひな人形が飾られなくなったのは。そう思うくらいずーーっと出していないのだ。玄関にある、木の机にガラスケースに入ったひな人形を出していたのに。ひな人形は幼い頃にしか出さないのだろうか、大きくなって、二十歳を過ぎたら普通出さないのかな。あの黒い綺麗な瞳を眺めたいな。今度、出してみない?って言ってみよう。
ひなまつり
童謡の
『うれしいひなまつり』
3番ご存知ですか
【きんのびょうぶに うつるひを
かすかにゆする はるのかぜ
すこししろざけ めされたか
あかいおかおの うだいじん】
この部分が私は大好きです
のんびりゆったりとした春の
ひな祭りの情景が
まるで自分の記憶かのように浮かんできます
そして
少し表現の難しいこの部分を
まだ舌足らずの3〜4歳位の子どもが歌うと
もう、本当に本当に可愛いのです
「みぎの子とうえのオトコはデキててね」七つの姪は物語る 不穏
題-ひなまつり
年に一度のこの舞台
厄災を扇にて払い
健やかな成長と幸せを願い
幼い子供の笑顔に微笑む
そんな雛人形たちの物語があったら
なんだか面白そうと思っちゃいました。
⌜ひなまつり⌟
ひなまつりは女の子の成長を祝う日
でも私は毎年祝られない
私と同じ人もいると思う
祝られなくても私は別にいいけど
でもひなまつりは
ある日までに人形を片付けないと
結婚出来ないとかある
それはいやだ
私は運命の人と
幸せな家庭を築きたい
子供だって産んで
幸せにしてやりたい
命の大切さを教えたい
そして歳をとって
私たちの子供たちを見て
天国か地獄にいきたい
人生はそんな簡単に
上手くは行かないけど
ただ幸せになりたいんだ
来年もくる
ひなまつり
その時もこんなふうに書いてるかな?
じゃあ今日は終わり
また明日
自分のいる環境のせいか悲しいことにひなまつりとは程遠い世界に住んでいる気がする
当然雛人形を飾ることなどないのだ
地域のニュースで「地域一帯でお雛祭り開催」とか「変わり雛」とかの内容を見かけて『そういえばひなまつりなんか~』と思う程度
桃の節句とは言いますが外では桃の花が咲いてる光景に出会うことが増えてきた
あたたかい春がやって来るのが今から楽しみ
【ひなまつり】
雛人形は飾らない
うららかな春の日
机に飾る菜の花と白詰草
桃の代わりに春を告げ
迎えた節句を祝う
「ねぇ、お母さん。
お内裏様とお雛様って仮面夫婦?」
ガターン!!
幼稚園での"ひなまつり会"
娘の発言に
飾られた造花の桃の花と
私達夫婦は
派手に音を立てながら床に崩れた
#ひなまつり
ひなまつり
晩御飯の食材を買いに立ち寄ったスーパーで
目に止まったのはお刺身
ちらし寿司のセット、はまぐり、菜の花
ピンク色に彩られたケーキに桜餅
そうか、今日は楽しいひなまつり
一人暮らしのおっさんには縁のない行事
だけど、ついついスーパーのうたい文句に
心が舞い上がってしまう
さすがにお寿司をするほどの余裕はないけれど
小さめのサーモンの柵と桜餅をカゴに入れる
会計を済ませて軽い足取りで帰路につく
一人でも、おっさんでも関係ない
今日は楽しいひなまつり
灯をつけましょ(未来を照らしましょ)
お花をあげましょ(記念日にはお祝いしましょ)
《ひなまつり》
はまぐりのお吸い物にちらし寿司。それに雛霰。
雛人形を飾って迎えるこの日がなにを祝うものか。そんなのは割とどうでもいい。
私は、春の気を感じるこの祭りがなんとなく好きだ。
昔から、女の子扱いされるのが苦手だった。
家事の手伝いをすれば、流石女の子だねえと言われる。
久しぶりに会った親戚には、女の子にしては背が高いわねと言われる。
スカートが欲しいと言えば、女の子らしくて素敵だねと言われる。
おかしい。何かがおかしい。
どうして誰も気がつかない?
最初は小さな歪みだった。それが、じわじわと私の心を侵して行って、もう抑えが効かなくなってきた。
ふざけるな。
確かに私は女として生まれてきて、女として生きてきて、これからも女として生きていく。
性的コンプレックスを感じているわけではない。
スカートも、キラキラしたハートも、リボンも、ピンクも大好きだ。
でも、それが俗にいう「女の子像」として扱われるのが堪らなく嫌なのだ。そんなものには虫唾が走る。
私がおかしいのだろうか。だって、みんななんともないような顔をして生きている。
毎年三月三日、こちらを見つめる雛飾りは、私を縛り、閉じ込め、決して赦してはくれない。