『ないものねだり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
綺麗な髪と顔、すらっとした体型、明晰な頭脳、いいセンス、芸術に長けた才能、平均以上の運動神経に、恵まれた家族関係、そして何より·····お金。
無条件で「何が欲しいものある?」と聞かれたらいま上げたみたいに、際限なく答えてしまうだろう。
努力すれば何とか手に入れることが出来るものもある。というかまぁ大体は努力すれば手に入るのだ。
何が腑に落ちないって、決まってる。
生まれた時からなんの努力もしないでそれらを持っていて、人生を謳歌している人がいるってこと。
身勝手で、嫉妬深くて、その癖努力することが嫌いな私は、自分の怠惰を棚に上げてないものねだりをするしかないのだ。
あー、我ながら嫌な性格。
END
「ないもねだり」
ないものねだり
スキルがある人を見ると
持たざる者としての劣等感を覚える
弱い者は今を憂いてないものねだりして変化しない
強くなれる人はそこから這い上がる
踏み出す一歩は小さくても
進み続けることでいつかは辿り着く
持つ者としてのステージに
はー
頭でそれは理解するけど
意志が弱くて結局出来ない
ないもの、とは不思議な日本語だ。ないものという4文字をそのまま見ればないものねだりという語の定義になってそのまま解説になる。たべもの、のみもの、ないもの。無いのだから、無いと言うのはあなたの足元や卓上を手でサッと掃いてみても何もぶつからないという状態なのだから、そこにものを見いだすことはないのに。そしてただ物をねだったら良いだけなのに。わざわざ、ないと言う。ないものねだりである。
ないものねだり
私は、起承転結で文章を書き切ることができない。
それは、読み物の基礎として当たり前にあって、
何度も枠に当てはめて練習してみたのだけれど、
途中でやめてしまう。
なんだか性に合わないのです。
なので、それを普通にこなせる人、
あるいは積み重ねてきた人は、すごいと思う。
このアプリ「書いて」が楽しい。
一旦ルールは置いて、感覚的に書けるから。
ハートのメーターが増えるのも嬉しい。
巡り合わせた投稿を読むのも楽しい。
整然とした文章は書けないけれど、
それでも楽しめる場所で、書いていたいと思う。
あるものすがり、ということで。
(P.S. 拝啓:開発者さま
書くのが楽しいのは、開発者さまのお題や設計のおかげです。本当にありがとうございます!!)
あの子のご飯、可愛い。
あの子のご飯は質素だけど、愛が詰まってそうで良いな。
私のご飯は・・・。
なんの個性も無い。
そう思いながらご飯をちびちび食べていたら、あの子から「君、父子家庭でしょ?おとうさんが頑張って作ったって感じして良いな」
コレが無いものねだりかぁ。
そう、心から感じた。
空箱背負って光に向かって歩く
オモチャでいっぱいの箱じゃなくても
空箱背負って生きていく
なんもない箱は軽いから
眩しくて見えない箱
中身が空で見えない箱
何で遊ぼうか
ない ない ない ない ないものねだり
何も無いなら それでいい
ない ない ない ない ないものねだり
何も無くても それだけで
保育園の頃の世界のシンプルさとか
小学生の頃の今を生きてる必死さとか
中学生の頃の自己愛、自己憐憫とか
今の私がないものとして欲しがるものは、過去の自分が全部持ってた。
【ないものねだり】2024/03/27
高校で私は何を失うだろうか。
ないものねだり
人はついつい無いものねだりをしてしまう。
持っていないものについつい目がいって、人が羨ましくなる。
あれがあれば幸せになれるのに…
あれが無いから自分は不幸だ。
今あるものに目がいかず、手の中にある幸せにはちっとも気づかない。
目を向ければたくさんの小さな幸せがあるというのに。
そんなふうに過ごしているうちに、時間はどんどん過ぎ去り人生は終わりの時を迎える。
その時に後悔しないように、無いものを欲しがるのではなく今あるものに目を向けて、大切に時を刻みたいものだ。
しかし、それが難しいのも又人間らしさなのかなとも思う。
ないものねだりのようだけど、
それで希望が持てるなら
私はいつだって
ないものねだりをしよう。
それが実現不可能でも
不毛でも、
滑稽でも、
自分の中で
密かにそれを育んで、
いつか叶うと信じて。
ないものねだり
今日はちょっと心がやさぐれている。
みんなちがって、みんないい
ちがっていいはずなのに
ちがいが苛立ちになるときもある。
見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ
あるはずのものを、あえて
見ようとしないときもある。
あるものねだり
【ないものねだり】
「新しいおもちゃ買って!」
「自分の部屋がほしいよ!」
「たまには遊園地連れてって!」
有るものはねだれない。
結局のところ、
無いものをねだるしか
ないんですよねぇ。
クラスの中心にいる、人気者が羨ましかった。
常に誰かがそばにいて、楽しそうに遊んでいるのを見て、自分があの子だったらと、頭の中で何度も何度もシミュレーションをした。
でもいつまで経っても私にそんな日は来なくて、「そうだったらいいのにな」という理想の自分がどんどん大きくなって、別の人格として出来上がっただけだった。
人に褒められることはとても嬉しい。共感されたり期待されることはすごく気持ちがいい。
でも、私はあの子たちとは違うからなぁ。
人気者なあの子を模倣して出来上がってしまった私は、本当に私なのだろうか。
じゃあ褒められている部分は一体、誰の何?
それも紛れもない私なんだから、素直に受け止めて喜べばいいのにね。
そう受け取れないところも全部、私があの子たちみたいにいきてこれなかったせいだっておもってしまうこともある。
上記、容姿についても同様で。
だってあの子たち、みんな小さくて可愛いんだもの。
背が高いことを褒められても、二重の幅を羨ましがられても、全然素直に喜べないの。
でもあの子たちの方がいいんでしょ?って。
中身、だろうなぁ。ひねくれちゃんめ。
なんでも似合う可愛い子ではないことに気がついてからが人生だよなァ〜といった0:06
【ないものねだり】
僕はないものねだりしてるつもりはなかったんだ。
でも母親に言われて気付いた、気づいてしまった。
「うるさい、ないものねだりしないで!」
その時から僕は自分の意見を言うのやめた。
僕の意見がそう読み取られるかもと思ったからだ。
人の気持を考えるのって難しい、
僕は思ってなくても相手にはそう感じてるかもしれないから
#ないものねだり
あの子が欲しい
その子が欲しい
あの人に笑顔を向けてもらえる、そんなあの子の魅力が全て欲しい。
濁った思考に醜い顔。
その上ないものねだりなんて。
本当に、つくづく嫌になる。
【ないものねだり】
#20
人の目はないものばかり見えるみたい、
あるもの、なかなか見えないみたいで。
でもそれは、大人が作り上げた世界だと思うんだ。
そんな世界、「いち抜けたっ」
ないものねだり
きっかけ
肉体的な事は仕方ないが
なんとかなるはず
私にはこれといった特技も趣味もない。
成績はいつも3、偏差値はいつも50あたり。
運動はとてつもなく苦手だし、熱中しているものも特にない。
私の周りの人たちみんなが私より充実していると思う。みんなそれぞれ好きなことも好きな人に関する話題も何かしらあるのに、私だけ違うみたい。
正直、何もかも羨ましい。
私もみんなと同じように、何か心奪われるようなものに出会ったら変われるのかな。
ないものねだりなのはわかってる。
私の欲しい物全てが手に入るわけが無い。
でもいつか、一つでも、今ない「何か」を手に入れられたらいいな。
[ないものねだり]
この世はないものねだりは、沢山あるんだろうね。
私も、ある。
それは、「才能」
「才能」があれば、今頃は苦労なくそこそこの仕事していた。
もう一つは、女でなく「男」がいい。
「男」なら仕事で出世が出来る。女が出世すると
馬鹿にしたり、色気で出世したんだと言われる。
「男」は、実力で出世したんだ。いいね。と言われる。
これこそ、ないものねだりだね。
「ないものねだり」
一緒に仕事して、食事して、
あなたという人となりを知っているけど。
愛される喜びを知っているのは、彼女だけ。
無い物強請り、ないものねだり。普段使わない言葉なので、またもや調べてみた。だいたい言葉どおりらしいが、使われる文脈あたりで引っかかりを感じる。意味自体は「自分に無いものを欲しがること」とあるが、用法例文を読んだり記憶を手繰ってみると、ちょっと「焦点がズレて」いるように見える。
「無い物強請り」だと定義されるらしいとき、何れにも共通しているところがあるのだ。どの「ないものねだり」も自分の「外」に求めている。求めるものの多くが自分に無いと決めつけているからかもしれない。本当に、絶対的に、真実、自分に無いことを確かめたのだろうか。
それに、「自分そのもの」ではなく、自分の「環境条件」や、自分に纏わる「形」に、自分の求めるものを与えてくれる「神とか幸運みたいなもの」ありきで欲しがっている例文ばかりだ。しかも、本当に自分が求めているものの本質についてはものすごく曖昧で、当然、的(求める本質)を射抜く集中が無く、ただ嘆息するに終始している。
意味用法の例文を見ただけだが、ないものねだりと覚しき溜息が出るとき、ついでに「どうしてそうだったら良いのにって思うんだろう?」と考えて見るのは、きっと求めるものの本質にたどり着くための新しい間口を見つける糸口になる。ねがいの本質は大抵、シンプルなものだ。
溜息ついてないで、幸せな気分にならなくちゃ。