『ないものねだり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ないものねだりのようだけど、
それで希望が持てるなら
私はいつだって
ないものねだりをしよう。
それが実現不可能でも
不毛でも、
滑稽でも、
自分の中で
密かにそれを育んで、
いつか叶うと信じて。
ないものねだり
今日はちょっと心がやさぐれている。
みんなちがって、みんないい
ちがっていいはずなのに
ちがいが苛立ちになるときもある。
見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ
あるはずのものを、あえて
見ようとしないときもある。
あるものねだり
【ないものねだり】
「新しいおもちゃ買って!」
「自分の部屋がほしいよ!」
「たまには遊園地連れてって!」
有るものはねだれない。
結局のところ、
無いものをねだるしか
ないんですよねぇ。
クラスの中心にいる、人気者が羨ましかった。
常に誰かがそばにいて、楽しそうに遊んでいるのを見て、自分があの子だったらと、頭の中で何度も何度もシミュレーションをした。
でもいつまで経っても私にそんな日は来なくて、「そうだったらいいのにな」という理想の自分がどんどん大きくなって、別の人格として出来上がっただけだった。
人に褒められることはとても嬉しい。共感されたり期待されることはすごく気持ちがいい。
でも、私はあの子たちとは違うからなぁ。
人気者なあの子を模倣して出来上がってしまった私は、本当に私なのだろうか。
じゃあ褒められている部分は一体、誰の何?
それも紛れもない私なんだから、素直に受け止めて喜べばいいのにね。
そう受け取れないところも全部、私があの子たちみたいにいきてこれなかったせいだっておもってしまうこともある。
上記、容姿についても同様で。
だってあの子たち、みんな小さくて可愛いんだもの。
背が高いことを褒められても、二重の幅を羨ましがられても、全然素直に喜べないの。
でもあの子たちの方がいいんでしょ?って。
中身、だろうなぁ。ひねくれちゃんめ。
なんでも似合う可愛い子ではないことに気がついてからが人生だよなァ〜といった0:06
【ないものねだり】
僕はないものねだりしてるつもりはなかったんだ。
でも母親に言われて気付いた、気づいてしまった。
「うるさい、ないものねだりしないで!」
その時から僕は自分の意見を言うのやめた。
僕の意見がそう読み取られるかもと思ったからだ。
人の気持を考えるのって難しい、
僕は思ってなくても相手にはそう感じてるかもしれないから
#ないものねだり
あの子が欲しい
その子が欲しい
あの人に笑顔を向けてもらえる、そんなあの子の魅力が全て欲しい。
濁った思考に醜い顔。
その上ないものねだりなんて。
本当に、つくづく嫌になる。
【ないものねだり】
#20
人の目はないものばかり見えるみたい、
あるもの、なかなか見えないみたいで。
でもそれは、大人が作り上げた世界だと思うんだ。
そんな世界、「いち抜けたっ」
ないものねだり
きっかけ
肉体的な事は仕方ないが
なんとかなるはず
私にはこれといった特技も趣味もない。
成績はいつも3、偏差値はいつも50あたり。
運動はとてつもなく苦手だし、熱中しているものも特にない。
私の周りの人たちみんなが私より充実していると思う。みんなそれぞれ好きなことも好きな人に関する話題も何かしらあるのに、私だけ違うみたい。
正直、何もかも羨ましい。
私もみんなと同じように、何か心奪われるようなものに出会ったら変われるのかな。
ないものねだりなのはわかってる。
私の欲しい物全てが手に入るわけが無い。
でもいつか、一つでも、今ない「何か」を手に入れられたらいいな。
[ないものねだり]
この世はないものねだりは、沢山あるんだろうね。
私も、ある。
それは、「才能」
「才能」があれば、今頃は苦労なくそこそこの仕事していた。
もう一つは、女でなく「男」がいい。
「男」なら仕事で出世が出来る。女が出世すると
馬鹿にしたり、色気で出世したんだと言われる。
「男」は、実力で出世したんだ。いいね。と言われる。
これこそ、ないものねだりだね。
「ないものねだり」
一緒に仕事して、食事して、
あなたという人となりを知っているけど。
愛される喜びを知っているのは、彼女だけ。
無い物強請り、ないものねだり。普段使わない言葉なので、またもや調べてみた。だいたい言葉どおりらしいが、使われる文脈あたりで引っかかりを感じる。意味自体は「自分に無いものを欲しがること」とあるが、用法例文を読んだり記憶を手繰ってみると、ちょっと「焦点がズレて」いるように見える。
「無い物強請り」だと定義されるらしいとき、何れにも共通しているところがあるのだ。どの「ないものねだり」も自分の「外」に求めている。求めるものの多くが自分に無いと決めつけているからかもしれない。本当に、絶対的に、真実、自分に無いことを確かめたのだろうか。
それに、「自分そのもの」ではなく、自分の「環境条件」や、自分に纏わる「形」に、自分の求めるものを与えてくれる「神とか幸運みたいなもの」ありきで欲しがっている例文ばかりだ。しかも、本当に自分が求めているものの本質についてはものすごく曖昧で、当然、的(求める本質)を射抜く集中が無く、ただ嘆息するに終始している。
意味用法の例文を見ただけだが、ないものねだりと覚しき溜息が出るとき、ついでに「どうしてそうだったら良いのにって思うんだろう?」と考えて見るのは、きっと求めるものの本質にたどり着くための新しい間口を見つける糸口になる。ねがいの本質は大抵、シンプルなものだ。
溜息ついてないで、幸せな気分にならなくちゃ。
欲しいものがなくならない
コンプレックスがなくならない
全部、他人と比べるからだ
ーないものねだり
ないものねだりをしてみようあれも欲しいこれもほしいずいぶんと欲深い足るを知るのが幸せのコツだというのに。ない者をねだるのは不毛この上ない話なわけで執着とは困ったものだ。諦めてさっさと人生の駒を次へ進めればいいのに案外に執着なんてさっさと捨てればいいものを生きる限りは欲と同居しながらでもないと案外あっさり死んでしまいかねない。欲ってのは現世に人を留める錨のようなものかもしれない。あれがほしいから頑張ってこれがほしいから苦しみに耐えている。不思議なものよね。でもそれってほんとに欲しいものなのだろうか?。いつかは人間死ぬものだ。いつ死ぬかなんてわからないものだ。人間は時間が一番ほしいのかもしれない。それを買うのにお金を求めて時間を差し出すのが人生かも?。
ないものねだり
最近、自分でも、我儘だって思ってしまう…周りの友達が、片想いから両想いになって、付き合い始めたり、二人でデートした話とか、見聞きする度に、私だって…なんて…思ってしまう…みんな、色々努力しての話で、何もしないし、好きな相手すら居ないのに…ただ、何となくパートナーが欲しいって…だけれど、一人で居るのが、寂しくて…誰かいませんか…って、
つい呟いてしまう…
大昔、まだ小学生より前の頃に親におねだりをしたが、
「あれは大人が買って楽しむものだから大きくなったら買いなさい」と一蹴された
大人になって働いて稼ぐようになった
けどあの時欲しかったものはもう売ってはない
それどころか希少品となりプレミア価格がついてしまい社会人でも到底手が出ない品となった
子供の頃に見た高嶺の花は大人なっても高嶺の花だった
でもあれはやっぱり欲しいなあ
言うだけタダのないものねだり
強い資格職につきたかった。
医師免許、看護師、作業療法士、公認会計士、税理士、教師、保育士。
大学に行って、もっとたくさん勉強したかった。
なにより不自由しないお金と、自由な時間がほしい。
気兼ねなく働ける環境。
1人で自分のペースで働きたい。
結局、1人で働けて、稼げる仕事に就きたかったんだな、と今更ながら思う。
君はいつも向日葵のような笑顔で笑っていてキラキラしていた。僕はそんな君が、笑顔が大好きだった。
でもいつしか君の笑顔は咲かなくなった。というか笑顔がどんどん萎れていった。
いつもの笑顔じゃないと気付くのは一瞬だった。
だからと言って、ある日突然笑わなくなった訳じゃない。萎れていく花のように段々と笑顔が消えていった。
原因は直ぐには分からなかったがクラス集団による「いじめ」だった。
最初のうちは物を隠したり壊したり。
でも段々いじめはエスカレートしていき、遂には体にも傷をつけ始めた。殴る、蹴るは当たり前。酷い時はカッターで切りつけていたそうだ。そんな残酷なことをヘラヘラ笑いながら応えてる奴ら。
そのせいで彼女は飛び立った。
まだまだ人生を幸せそうに謳歌するはずだった彼女が自殺をして、苦しんで。
いじめた奴らが少年法とやらで生きて、幸せそうなのに腹が立って仕方ない。
同じ高校生が同じ年齢のやつらが集団で寄ってたかって1人をいじめていたという事実にも腹が立った。
こんなこと有り得る事はないのに。
ただのないものねだりだけど僕の最初で最期のお願い事を君に叶えて欲しい。
「もう一度だけでいいから幸せそうな笑顔を見せて。
君の笑顔さえ見れれば他はもう何もいらない。だからまた心から笑って」
こんな願うはずもないことを僕はもう半年も祈り続けた。
僕も君の方に逝ったらもう一度君の太陽のように光り輝く笑顔を見ることが出来るのかな。なんてつぶやき、君が飛び立った同じ場所に立つと高すぎて少しゾワっとする。
でも君はこんな物じゃ比べ物にならないくらい怖かったのだろう。辛かったのだろう。僕には分からないけど、君と同じ苦しみを味わうことなら出来る。
だから今日、僕はここから君の場所へ飛び立った。
人生には、意味も価値も絶対的な正解も、何も無い。
そもそも人生なんてものは、どれだけ遡っても200万年前のアウストラロピテクス以降に生まれたものである。
人生という言葉が生まれたのはもっとずっと最近のことだろう。
人が生きようが死のうが、
人に好かれようが嫌われようが、
意味はないのだ。
仮にあなたが、
のち世に語り継がれる物語を紡いだとしても、
偉大な功績を上げたとしても、
悪逆非道の限りを尽くし世間から忌み嫌われたとしても、
おそらく1万年後には、そのことを気にするものなどいない。
だから好きに生きて良いのである。
それなのに、人生に価値があると思いたい。
自分が生きていることに重大な意味があると思いたい。
そこで、自分以外に自分の価値を認めてもらいたいのだ。
他者に自分の価値を認めさせるため、
自分の努力や優れている点をアピールする。
手に入らない真の価値の代替品を手に入れて、
それでも結局満たされない日々を過ごしているのだ。
「ないものねだり」
ずるい。
ずるい。
ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。
あぁ、彼奴はいつもそうだ。
私は愚かな怪物なのに、自分は戦場で活躍した武人だと?
同じ英雄から別れた二つの側面。
王として国を治めた彼から生まれた側面が自分。
武人として、信仰者の面から生まれたのが彼奴だった。
神を信じ、国のために戦った。
なんて素敵なのだろうか。英雄として恥じるべきところなど何もない。なにもない筈なのに。彼奴は、あの男は!
あろうことか後悔をしている。
なにを後悔することがある?貴様は全て手に入れているだろう
国のために狂い、戦い、そして殺された私は見向きもされず化け物などと言われ、貶され、そしてその呪いを私だけに背負わせたくせに。
貴様は英雄としての偉業をもった「私」のくせに、
なにが不満だ。なにが気に食わぬのだ。
救えなかった妻のことを憶えているくせに。
私には、その記憶さえ、忌々しい怪物としての記憶に塗り替えられてしまったのに。