『桜散る』
仕事と家の中間地点に、桜は咲いていた。
家庭菜園がちょこっとあって、誰かが管理している。
桜が綺麗ですね、とお邪魔する方法もあったかもしれないけど、いつでも遠めからスマホ撮影をした。気づいたら五年目らしい。何年前の今日は、ってスマホが記録してた。
寒い日が続き、暖かい日が続く。
たぶん、去年より咲くのが早い。
今年もまた、同じところから。
雨が降る日、風が強い日、今年は見れる日数、少ないかもな。
散ったあとの、地面が桜色になるのも、よかったりするけど。
腰に気を遣って立ち上がる女性。会釈をされたから、自分も頭を下げた。
「何かご用かしら」
「あ、いや……さ、桜っ……綺麗ですね」
「あらぁ、ありがとう。もっと近くにいらっしゃいな」
場の流れに流され、桜の真下、もっと早く言えればよかった。結構散ってる。
「今年は天気が荒れる日が多かったからね~」
「ここの道、割りと近所で、遠くからいつも楽しませてもらってたんです」
五年分を、女性に見せた。
「来年もいらっしゃいな。いつでも近くで撮ったらいいから」
畑作業のせい? 年齢のせい? シワのある、小柄な手だけど、力強かった。
『星空の下で』
窓の向こう、暗闇から聴こえるドォンという音。
「あれっ? ねぇ! 花火じゃない!?」
そう言ってきみはベランダへと走る。
ほとんどは建物に隠れてしまい、大きい花火だけが少し見えるだけだった。
「あーぁ、知ってたら計画立てて出掛けたのにね。今からでも開催されるところないかな」
そう言ってきみはハッシュタグやら、ネットを巧みに使い調べる。
花火が終わった空は、静かだ。
「見上げて、どうした?」
「星空って、こういう時にしか見ない気がしたから」
「こういう時?」
「外に出れば自然と見上げてる空だけどさ、星空は夜にならないと見れないじゃない? 花火があるとか、流れ星がよく見えるとか、理由がないと」
「なるほどね。確かにそうだわ」
田舎のほうが星がよく見えるらしいが、計画して見に行くのもいいかもな。
『大切なもの』
階段を下りたら、靴の底にじゃりっと何かを踏んだ感触がした。
よく見てみたら、どんぐりだ。それもたくさん。
仕事の関係で訪れた古い団地、ここに住んでる方のお子さんが遊んでたのかな。
どんぐりの山があるから、きれいに並べてたわけではなさそう。少しであっても蹴ってしまったのは本当だから整えておかないと。
視界の隅にぼんやりと、誰かが立っているのを感じて顔を上げた。女の子がふたり居た。
「ふたりはここで遊んでた?」
スーツを着た知らない人の質問に、ふたりは小さく頷いた。
「ごめんね、ここにあるの知らなくて。蹴っちゃったんだ」
ひとりが駆け寄ってきて、どんぐりを差し出してくる。
「あげる」
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう〜」
たくさんある中で、大きくてきれいなのをもらった気がする。
自然のものに目を向けたことって最近あったかな。ふたりに会わなかったら、こうしてじっくり見ることもなく過ごしていくんだろうな。
玄関を開ける前から伝わってくる、愛犬の動き。尻尾を必死に動かして、ぴょんぴょん駆け回って。私に伝えてくる。
「はいはい、ただいま〜」
一度は飛びついて、好感触! そう思ってても気づけば遊ばなくなってる玩具。
着古したパジャマがあって、そろそろ捨てようと思ってダンボールに入れてても、気づいたら無くなってる。
愛犬が取り出してきては、それで遊んで、身体に巻き付けてる。
長いこと着てたから、そこまで気に入ってくれると、私も嬉しいけど。
「大切なんだね〜」
元気よく、わんっ! そう返事がきた。
『エイプリルフール』
そういや今日は、嘘をついてもいい日か。そう思ってまわりを伺っても、なんの変化もない。
バレンタインだの、節分だの、いろんなイベントがあっても、エイプリルフールは特に何も無く一日が過ぎるだけだ。
寝起きに見たSNSで、企業が可笑しな投稿をしていて笑えた。
それだけで、個人が何かをするにはハードルが高いようにも感じる。
「エイプリルフールだから言いますね。好きになりました、未和さんのこと」
「ん?」
「もうすぐバイト終わりますよね、俺もなんで。コンビニで春限定のもの買って、近くを歩きませんか?」
「歩くのはいいんだけど」
「じゃあ、外で待ってますね」
エイプリルフールだからって何。そもそもエイプリルフールって何よ。
バイトの合間にさらっと言ってきて。
好きと言われたことが頭に残って、今さら身だしなみを整えるとか。色付きのリップクリーム、無いよりましか。
バイトの終わりが合えば、互いに共通してる話題で笑い合って帰ってた。
好きって言ってきて、コンビニで買い物しようって、近くを歩こうって。いつも通りになれないんだけど。
買い物をしてるとき、コンビニを出るとき、スマホを何度も見る。見るのは一瞬だから、時間を気にしてる? でも何で? あー、午前中までだっけ? 嘘をついてもいいのは。え、嘘、好きって言ったのって。
「午前が終わったから言いますね」
「エイプリルフールだからって言ったよね」
「言いました」
「じゃあ、好きって言ったのは?」
「好きになったのは本当です。去年のバレンタイン、貰えたので」
「本命じゃなくて義理だよ?」
「 嫌いな相手に渡せますか?」
「そうだね、無理だ」
「嫌われてないのは確実なんで、言いました」
だからって、四月一日に言わなくてもいいじゃない。でもまぁ、かなり印象には残ったか。
『幸せに』
パパパッと打ち込んで、持っていたスマホは、ソファへと投げ込まれた。
座って沈み込んでいた部分に落とされたスマホは、スーッと流れて俺の膝で止まる。
このあと姉貴はトイレに行く。いつものことだけど、食卓のテーブルに置いておけばいいのに、なぜかソファだ。
いつも通りに、手の甲で払って、ソファの隅へと流してやろう。
自然と眼に飛び込んできた、「幸せに」の文字。退屈そうな、自分にも関係のある事柄だけど直視したくない、つまらない眼をしながら打っていたのがこれなんだ。
歳の離れた姉貴。友達だろうと思われる相手のアイコンには、赤ちゃんの写真。
姉貴はよく誰かと付き合っている。その分、別れもあって泣いているのを聞くこともあった。
トイレから戻ってきた姉貴は、料理を始めた。時刻はとっくに昼を過ぎている。
親が仕事で居ないとき、気まぐれに姉貴は料理をした。
食卓に二人分が並べられた。できたよ、とか、ごはんとか、いろんな呼び方あるだろ。無言で自分だけ食べ始めんなよ。
「味付け丁度いい」
「いつもチャーハンなのに、なんで今日は感想言ってんの」
幸せに似た漢字……あぁそうだ、辛いっていう字。ちょっとしか違わないなら、この瞬間の表情みたいに、笑ったときを笑えたときを、幸せと考えればいいんじゃないの。