糸花

Open App

『大切なもの』
階段を下りたら、靴の底にじゃりっと何かを踏んだ感触がした。
よく見てみたら、どんぐりだ。それもたくさん。

仕事の関係で訪れた古い団地、ここに住んでる方のお子さんが遊んでたのかな。
どんぐりの山があるから、きれいに並べてたわけではなさそう。少しであっても蹴ってしまったのは本当だから整えておかないと。

視界の隅にぼんやりと、誰かが立っているのを感じて顔を上げた。女の子がふたり居た。

「ふたりはここで遊んでた?」

スーツを着た知らない人の質問に、ふたりは小さく頷いた。

「ごめんね、ここにあるの知らなくて。蹴っちゃったんだ」

ひとりが駆け寄ってきて、どんぐりを差し出してくる。

「あげる」
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう〜」

たくさんある中で、大きくてきれいなのをもらった気がする。

自然のものに目を向けたことって最近あったかな。ふたりに会わなかったら、こうしてじっくり見ることもなく過ごしていくんだろうな。

玄関を開ける前から伝わってくる、愛犬の動き。尻尾を必死に動かして、ぴょんぴょん駆け回って。私に伝えてくる。

「はいはい、ただいま〜」

一度は飛びついて、好感触! そう思ってても気づけば遊ばなくなってる玩具。
着古したパジャマがあって、そろそろ捨てようと思ってダンボールに入れてても、気づいたら無くなってる。

愛犬が取り出してきては、それで遊んで、身体に巻き付けてる。
長いこと着てたから、そこまで気に入ってくれると、私も嬉しいけど。

「大切なんだね〜」

元気よく、わんっ! そう返事がきた。

4/2/2024, 1:59:10 PM