No.5『透明』
透明になりたいと思ったことがある。
私は人から向けられる視線が苦手だ。侮蔑の視線も好奇の視線も期待の視線すら苦手だった。苦手というより嫌いの方が近いかもしれない。
そう感じるたび、透明になりたいと思った。
透明になればそんな視線を浴びることはなくなる。
ある日、夢を見た。自分が透明になる夢を。
私が考えていたように、私が嫌いな視線は向けられず、全員が私をいないものとした。
初めのうちは嬉しかった。もうあの視線に嫌な思いをさせられることはないと思ったから。
しかし、だんだん寂しさが込み上げてきた。
親しい人に話しかけようが、相手は私に気づかないまま無言で通り過ぎていく。
家に帰ってもそれを迎えてくれる声はない。
私はここにいるのに…!!
そんな怒りさえ込み上げた。
「っ……!!」
目を覚ますとそこはいつもの私の部屋だった。
家族に挨拶をすればいつものように挨拶を返され、友人に会えばいつものように笑い合った。
私は『いつも』が好きだ。その私の『いつも』に透明はいらない。
どうかこれからも『いつも』の色に染まっていられますように──。
No.4『理想のあなた』
私の理想のあなたは何があっても泣かない人──。
私は泣く人が苦手だった。
泣く人を前にすると私も泣きたくなったから。私は笑顔でいないといけないのに。
私の理想をあなたに伝えた時からあなたは泣かなくなった。
私はいつも白いベッドの上から、笑顔のあなたを見た。
そんな私の腕や体にはいくつもの線が繋がっていた。
いつしか体は動かなくなった。唯一動かせる目を動かしてあなたを見ると、相変わらずあなたは私の理想のままでいてくれた。
指すら一ミリも動かない。息さえ上手く吸えない。ああ、もう終わりなんだなと本能的に悟る。
悟ってしまった瞬間、あなたを見た。あなたは泣いていた。
「ごめんっ…君の理想のままで見送れなくて…っ……」
そう言いながら泣いていた。
その言葉を聞いて、自分の目にどんどん涙が溜まっていくことに気づいた。
──笑顔で逝きたかった。
──あなたが私を思い出す時、泣き顔じゃなくて笑顔を思い出して欲しかった。
──最期に見るあなたの表情は笑顔が良かった。
だけど…と思ってしまう。
私の死に涙してくれてありがとう。余命がある私を愛し続けてくれてありがとう。
理想のあなたは深く強く私の中に残っています──。
No.3 『突然の別れ』
「すぐ帰ってくるからね、行ってきます」
──君の「ただいま」は2度とかえってこなかった。
どうして、なんで、いやだ、信じたくない
今でも私は君の「ただいま」を待ち続けている
No.2『恋物語』
「好きです」
から始まって
「来世でまた逢おうね」
で終わる。
そんな恋を…私は望んでいる。
No.1『真夜中』
真夜中、その時間に私が起きていることは珍しい。起きているとすれば長期休みくらいだ。
私はその時間が好きであり、嫌いである。そんなおかしな等号が私の中では成立してしまっている。
真夜中は好きだ。誰にも邪魔されない、私だけの時間だと感じるから。
真夜中は嫌いだ。1人でいないといけない時間が長いから。
寂しい──
そんな弱音を吐いても誰にも届いてはくれない。
それが苦しかった。
ある日、真夜中に曲を聴いた。ただぼーっと聴いていただけだが、ある歌詞が聞こえた。
『明けない夜はない』
どこかで一度は聞いたことのある、この言葉。
それはなぜだか私の頭の中で幾度も再生された。
その夜はいつもとは違い、一瞬で過ぎていって、気づけば朝になっていた。
ああ、そうか。『明けない夜はない』のだ。
それに改めて気付かされた私は、今でも真夜中の1人が嫌いだと感じるが、以前よりかは前向きに考えられるようになったのだった。