ちぐ。

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8/20/2025, 5:09:21 AM

「似合わない言葉」

「愛してる」なんて、私たちには似合わない。

そう気づいたのは、彼の横顔を見つめたある夜だった。
深夜のカフェ、窓の外に流れる街灯の光が、彼の瞳をかすかに揺らす。
笑っているのに、どこか遠い。
その距離感が、私たちの関係そのものだった。

最初はただ、都合のいい時間を埋め合う関係だった。
仕事終わりの連絡、眠れない夜の呼び出し。
「今から会える?」
「ちょっとだけでいいから」
そうやって互いの孤独を紛らわせるだけの、曖昧な日々。

けれど人は欲張りだ。
ぬくもりを知ってしまえば、温度を確かめ合うことが習慣になってしまう。
彼の声を聞くだけで安心するようになり、彼の沈黙に傷つくようになった。
そんな自分が、いちばん厄介だった。

ある日、彼がふと、言った。
「愛してる」
軽く、冗談のように、でも確かに。

胸が鳴った。
だけど同時に、苦しくなった。
その言葉を受け取れば、私たちはただの「都合のいい二人」から、
何か別の形に変わってしまう気がした。
変わってしまえば、もう戻れない。

だから私は、静かに笑って答えた。
「……私たちには似合わない言葉だね」

彼は少し驚いたように目を見開き、それから視線を落とした。
それ以上、何も言わなかった。

――もう、いつもみたいに都合よく連絡はしないで。
心の中でそうつぶやく。
言葉にはしなかったけれど、それが精一杯の別れの合図だった。

テーブルの上で冷めていくコーヒーを前に、私は静かに息を吐いた。
「愛してる」が似合わない二人だからこそ、
これ以上は踏み込んではいけないのだと、自分に言い聞かせながら。

8/15/2025, 4:47:59 PM

24時の池袋

池袋の夜は、東京の中でも特別にざわついている。
ネオンの光は疲れた色をして、ビルの隙間から漏れる風は湿っていた。
それでも、僕にはこの場所が今夜だけは美しく見えていた。

「24時、池袋駅東口で。」
君と交わした短いメッセージは、何度も画面を開くたびに胸を締めつける。
会う理由なんて、もうなくなっていたはずだった。
お互い別の人と未来を歩くことを決めた。
それでも、最後にどうしても会いたかった。

待ち合わせの柱に背を預けながら、僕は人波を探す。
君の姿を見つけるたび、違う誰かであることに落胆し、
違う誰かであるたび、君を探す気持ちが募っていく。

「君が来たら運命。来なかったら…さよなら。」
そう心の中で繰り返す。

時計の針が真夜中を指す。
途端、駅前のざわめきが少しだけ静まり、
遠くの足音が、僕のために近づいてくる気がした。

だけど、その足音は僕の隣をすり抜け、別の人のもとへ消えていった。

僕はポケットの中で、君からの通知を待った。
スマホは沈黙を守り、代わりに冷たい風だけが頬を撫でる。

「さよならだね。」
呟いた声は、夜の闇に溶けていった。

それでも、君がこの街のどこかで同じ月を見上げていると信じたかった。
叶わぬ恋だとわかっていても、好きでいた時間は、確かに僕のすべてだった。