ちぐ。

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「似合わない言葉」

「愛してる」なんて、私たちには似合わない。

そう気づいたのは、彼の横顔を見つめたある夜だった。
深夜のカフェ、窓の外に流れる街灯の光が、彼の瞳をかすかに揺らす。
笑っているのに、どこか遠い。
その距離感が、私たちの関係そのものだった。

最初はただ、都合のいい時間を埋め合う関係だった。
仕事終わりの連絡、眠れない夜の呼び出し。
「今から会える?」
「ちょっとだけでいいから」
そうやって互いの孤独を紛らわせるだけの、曖昧な日々。

けれど人は欲張りだ。
ぬくもりを知ってしまえば、温度を確かめ合うことが習慣になってしまう。
彼の声を聞くだけで安心するようになり、彼の沈黙に傷つくようになった。
そんな自分が、いちばん厄介だった。

ある日、彼がふと、言った。
「愛してる」
軽く、冗談のように、でも確かに。

胸が鳴った。
だけど同時に、苦しくなった。
その言葉を受け取れば、私たちはただの「都合のいい二人」から、
何か別の形に変わってしまう気がした。
変わってしまえば、もう戻れない。

だから私は、静かに笑って答えた。
「……私たちには似合わない言葉だね」

彼は少し驚いたように目を見開き、それから視線を落とした。
それ以上、何も言わなかった。

――もう、いつもみたいに都合よく連絡はしないで。
心の中でそうつぶやく。
言葉にはしなかったけれど、それが精一杯の別れの合図だった。

テーブルの上で冷めていくコーヒーを前に、私は静かに息を吐いた。
「愛してる」が似合わない二人だからこそ、
これ以上は踏み込んではいけないのだと、自分に言い聞かせながら。

8/20/2025, 5:09:21 AM