誰だよ、お前にそんなことを言ったやつは。
は?
「そのままのあなたで良い」
だって?
馬鹿をお言いでない。
お前は変わらなきゃ。
そりゃあ今の自分を丸ごと肯定してくれる女に惹かれるのは分かるよ。
だけど何にも解決しやしないじゃないか。
まるで乙女ゲームの攻略対象みたいな反応して。
ちょいと恥ずかしいよ私は。
そんな女に簡単に落ちるんじゃない。
そいつがお前の何を知っている?
お前の良いところも、悪いところも。
一番知っているのは……私じゃないか。
本当は何も大切ではないのかも知れない。
自分も、家族も、推しも、趣味も、お金も。
私は私であることが嫌だ。
私という自我も、存在も、全てを消してしまいたい。
他人の記憶に残るのも嫌だ。
最初から存在しなかったモノとして、消えたい。
自殺願望とは違う。
そもそも産まれてきたくなかった。
産まれて来なければ、こんなことを考えることもなかったのに。
自分が職場でのパワハラから鬱病になり、半年間ほぼ寝た切りで過ごした。
その間の記憶はない。
ある程度回復してまた働きに出たが、病状の悪化で退職。何度も繰り返した。
やがて諦め、傷害年金を貰う身となった。
そして間も無く母がアルツハイマーを発症。
7年間自宅で過ごして後、手に負えなくなり医師に相談して入院。
約3年、母は多臓器不全で逝った。
2年後、父が大腸癌に。転移もあり、次第に老齢による認知機能も衰えていく。
つい先々週には脳梗塞で入院。
看護師にセクハラ行為があった事を告げられた。
「平穏な日々」とは?
それがだんなものだったかすら思い出せない。
でももう20年こんな暮らしをしていると、「これが日常」とも思えてくる。
平穏かどうかは分からない。
私の病気は「寛解の可能性無し」と診断されている。
それもまあ…なんとなく受け止めている。
それが私の日々。
本当の平穏は、私が死んだ時に訪れるのかもしれない。
死ぬ事よりも怖いものがある。
認知症になってしまう事だ。
亡き母は70代前半でアルツハイマーになった。
私は母に似ている。
おそらくそれも遺伝しているだろう。
死ぬ事は怖くない。
むしろ早く死にたい。
94歳の父は老齢の為に惚けてきている。
先達ての入院では、看護師にセクハラ行為をしたと報告があった。
家族には一度も見せた事のない父の姿…いや本性か。
第一子である私が産まれる前はかなりの遊び人だったと母から聞いている。
子供達には見せない姿だったのだろう。
それが「父親」としての彼の姿勢。
その箍が外れた。
それで父への娘としての情が失くなったわけではない。
家族としての絆はそう簡単には消えない。
とはいえ、この先ますます惚けていく父に愛情を持って接することが出来るだろうか?
セクハラを隠している反動か、母が生きていた頃は母に、今は私に対してモラハラをする父に。
私自身、心療内科に通う身だ。
家族の絆よりも傷つけられ心を壊されるだけかもしれない。
私は父を看取ったら、なるべく早く死にたい。
妹に迷惑をかけたくない。
一人にしてしまうのは心配ではあるけれど、妹に苦労させたくはない。
人は誰しもいずれは死ぬのだから、それは受け入れて欲しい。
私なりの愛情だ。
伝わりはしないだろうけれど。
出来る限りは残していく。
だから、許してください。
私は。
本当はこの世に生まれてきたくはなかった。
家族を愛している。
でも、この世に私の生きる場所はない。
せめて今は家族の為に生きる。
娘としての義務を終えたら、全ての枷から解き放たれたい。
現実逃避していると誹られるかもしれない。
でも現実はいつだって最も残酷だ。
どんな酷い物語よりも、現実はもっと残酷だ。
人は普段それに目を背け、気づかぬ振りをして生きている。
ふと現実が肩を叩く。
「こっちを見ろ」
と。
私は逃げる。逃げなければ生きていられない。
逃げろ。
逃げろ。
生きていたいのなら。