ぺらりと本の頁を捲る。
誰もいない図書室の一席で、私は冒険をしていた。
本の中では、山賊が愛した女の亡骸を抱えて慟哭している。私は本を閉じて、それを胸に抱いて目を瞑った。
山賊は泣いている。驚くほど、今にも死んでしまいそうな永遠の孤独に包まれて、静寂の中心で泣いている。感情移入をして、私も静かに涙した。
この瞬間が、私は好きだ。
登場人物の切ない想いを感じて、誰もいない、静寂の図書室で目を瞑るのが。現実では何も持っていない私だけれど、この瞬間だけは、図書室という小さな王国に、私という女王をおいて、うつくしくも凄惨なまでに哀しい世界を作り出せるような気がするからだ。
今日も、誰もいない図書室にひとり。
静寂の中心で、私は自分のためだけの王国を築きあげるわ。
目が覚めると私はまずカーテンを開ける。
晴れの日はいっぱいの光を浴びて
雨の日はちょっと憂鬱
美しい世界の景色に私は今日も生きようと決心する。毎日私はそうして生きている。
私が好きなのは黒
だって、気高い、何色にも染まらない、素晴らしい色だから。
あなたがいたから私は前を向けた。
あなたがいたから私は苦手な人にも優しくなれた。
あなたがいたから私は楽しくいれた。
あなたがいたから、私は変われた。
あなたと友達になれた時、凄く嬉しかった。明るくて、面白くて、私のことを天使だと言ってくれて。
一緒に勉強しようと言ってくれた時。
一緒に登校しようって言ってくれた時。
本当に嬉しかったのを憶えている。
でも、今はどうかしら。
あなたがいるから私は嫉妬に狂いそうになっている。
あなたがいるから私は1番になれない。
あなたがいるから私はあなたと離れる選択をとった。
あなたがいるから、私は、息が詰まりそうだった。
私の方が優秀だったのに、ただひとつ、勝てなかった人間性、それだけで私は1番になれない。
あなたがそれに気づいているかは分からない。でも、あなたも察してはいるのでしょう。あなたは私のことをいつの間にか天使と言ってくれなくなった。
顔を合わせても挨拶しかしなくなった。
あなたがいなければ良かったのに。
あなたが可愛いと、天使だ、優しい、と、褒めてくれた私は、あなたのせいで堕天した。
私たちは最初から相いれなかったのかもしれない。
ねぇ、だから。私たち別の場所で幸せになりましょうね。私はあなたがいないところでも幸せになれるのよ。
あなたがいたから私はこうなった。
ねぇ、今どんな気持ちかしら
「雨……」
「生憎の空模様だね」
ぽつりぽつりと溢れ落ちる雨を見て呟く私に彼はそう笑った。朝はあんなにもお天気だったと云うのに、ご機嫌だったはずの空は今、こんなにも荒れている。天気予報ニュースにも予測出来なかった雨は風に吹かれて私の足を濡らした。
「傘持ってくれば良かったかしら。天気予報をあてにしすぎたわ」
「仕方ないよ……予想は予想だしね」
ただの推測、と、けらけら笑う彼はぐーっと伸びをした。
たくさんの生徒が「傘入れてー!」「雨強!」なんていいながら帰っていく。人によっては仲睦まじく相合傘をして身を寄せあって帰路についている。
なかなか趣深い光景に私はほぅっと無意識にため息をついた。
「傘持ってきてる?」
私は隣に立つ彼に問うた。
彼は背中に背負った鞄から黒色の折りたたみ傘を取り出して私に見せつけた。
「相合傘でもする?お嬢サマ」
「紳士はもっと恭しくお誘いするものでしてよ。」
「生憎僕は紳士じゃないな」
笑いながら傘を開きかけた彼の手を私は制止した。
「濡れて帰りましょう」
目を見開く彼。
しばらくぎょっとしていた彼も、いつの間にかふっと笑っていた。
「そうだね」
相合傘をしようと開きかけた傘を閉じて私たちは雨の下を歩いて帰った。
今日は生憎の雨。
だからあえて、相合傘のような甘いことをせずに、濡れて帰ろうか。