ななせ

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6/9/2024, 1:24:39 AM

(白い服、黒い服、そして紡がれる右手)
(宙ぶらりんの鶏、警笛を鳴らす左の脳)
(耳元で囁く小さな子供、それから、それから…)
気付くと、子供は道に立っておりました。
何処とも知らない、闇に包まれた場所。そこでは、道だけが白く輝いていました。その道をひたすらに歩んでいると、前に人影が見えました。
「ねえ…何してるの?」
そこに居たのは、一人の男でした。ただ呆然と道を眺めて、棒立ちしています。
話しかけられたと気付くと、男はくるりと振り向き首を傾げました。
「それが、分からないんだ。いつの間にかここへ来ていた。進む先に何かあっては恐ろしいから、進むに進めなくってね。」
「大人なのに、怖いの?」
「ああ、とてもね」
「じゃあ、僕と一緒に行こうよ。それなら、心配ないでしょ」
男が頷くと、二人は横に並んで歩き始めました。一人で歩いていた時は、あまりに広く心細い道でしたけれど、二人で歩くと少し狭い程なのでした。
「僕、知らないうちにここにいたんだ。何でだろ?」
「神様がお決めになったからじゃないかい」
「じゃあ、あなたは、何でこんな所に?」
「そうするべしと命令されたからだよ」
男は何を聞いても要領を得ない事ばかり返すので、少し苛立ちました。その視線に気が付いたのか、困ったように笑います。
「ごめんね。分かりにくいだろうけど、我慢してくれ。全てを知ってしまえば、君は進まなくちゃいけなくなる。」
そのせいで、余計に訳が分からなくなってしまいました。

道中、男は何も話さなかったので、子供は短い人生の思い出を話しました。
「僕ね、お姉ちゃんがいたんだよ。イジワルだけど、たまに優しいんだ。それでね、パラソルをね、僕の前で回すんだ。それが眩しくって、僕なんにも言えなかった。」
子供が俯いた事もあり、より高いところから男の声が降り掛かってきました。
「君は下を向いているね。」
「?」
「己よりも可哀想な者はいないと、自分が途轍もないような不幸者と考えて、さも殊勝らしく下を向いている。そしてそれが良い事であるかのように振舞っている。いや、無意識下に行っている。」
「何、言ってるの?」
「いや済まない。別に怒っている訳ではないのだ。怒っているのでは、ないんだよ。」
男は神父のように落ち着いた声でした。その後は何も言わず、ただ二人は歩んでいきました。

「少し、お腹が空かないかい。ここらに店はあるだろうか」
二人は足を止め、辺りを一瞥しましたが、見えるのは前後に伸びる道だけ。真っ暗闇の中、白砂でできた道が一本伸びているだけでした。
子供が申し訳なさそうに男を見ると、困った顔で頭を振って微笑んでいました。
「いや、君が空いてないなら良いんだ。よく考えてみれば、さして減ってもいないから」
そう言えば、先程から長い間歩いているにも関わらず、空腹どころか疲れる事すらありません。子供は、これは夢であるかもしれないと、そこで初めて思いました。それに、この男の人はとっくに死んでいる──……
何粁歩いても、道の先はまだ見えることがありません。
「ねえ、この道はいつか終わる?」
子供が問いかけても、男は生返事しかしません。しかし、やがて顔を上げました。
「嗚呼、そうだな。
彼処に行くのは、私だけでいい」
男はそう言うと、子供の体を道から押し出してしまいました。
子供はひたすらに暗闇を落ちて行きました。最後に見た男は、安らかな笑みを浮かべていました。唇を動かしているようでしたが、子供には何も聞こえませんでした。

「……」
子供が次に目を開けると、先程とは一変して白い部屋にいました。やっぱりあれは夢だったのかと嘆息します。右腕は管に繋がれて細り、病人ででもあるかのようでした。
「あら、起きたの。アンタ、車に撥ねられたこと覚えてる?鈍臭いんだから。何も問題ないでしょうね。これで前よりも頭悪くなったら笑えないわよ。…返事は?」
何時も以上に不機嫌そうな姉の顔を見て、子供は何も言えなくなりました。常ならばここで反論するのですが、今回ばかりはそんな気も起きず、姉も病人相手ですからそこで終わらせてしまいました。

「そういや、そこに落ちてたやつだけど、アンタの?」
長い沈黙の後、ふと姉が紙切れを差し出しました。心当たりはありませんでしたから、訝しげに顔を寄せてそれを見ました。
『まだ、こっちへ来ちゃ駄目だよ。それを望んではいけないよ。』
あの一時の中で分かるはずも無いのですが、子供には、それが男の字であることが一目で分かりました。
「あの人は僕だ。もっと、ずっと先の僕だ…」
紙切れの字が滲んで、子供は涙を流していることに気が付きました。
(湖を揺らす静寂、火山の底に潜る龍)
(敬虔な祈りを捧げる信徒、髪を梳く女)
(母の腕で眠る嬰児、それがおまえ)


お題『岐路』

6/8/2024, 1:06:43 AM

あと3時間で世界が滅亡するらしいから
2人でどこかへ出かけよう
あんまり遠くへは行けないけど
海くらいなら行けるからさ

電車に揺られて1時間半
ほんとはもっと早く着いたけど
僕が電車を乗り違えて
こんな時間になっちゃった
君はあと少ししかないって焦ってて
それがとってもおかしかった
涙が出たのはおかしかったせいだよ

白い砂浜なんて事なくて
汚く冷たい場所だった
それでも普段の人混みよりも
何千倍も素敵だった
君と海を眺めたりして
残りの時間はあと1分

君は最後は笑ってたけど
僕はちょっぴり泣いちゃった
近所にできたケーキ屋も
約束してた映画だって
まだまだできてないことだらけで
嫌だねやっぱり生きたいね、なんて言って
2人の世界で笑ってた

あと1分で世界は滅亡するらしいけど
皆と心中なんて嫌だから
一足先に僕らだけで逝こう


お題『世界の終わりに君と』

6/6/2024, 10:40:55 PM

あの人は駄目だなあ
うん
主人公になるには、傲慢さが足りなかったんだ
自らを正義と信じて疑わないような
自分だって差別意識はある癖に、人を罵って自分は違うと見下す愚かさも
聖職者なんか、自分の手元にある本を見てみろってもんだ
あの人も愚かだったさ
でもな、違うんだよ
あの人の愚かさは、根本的に違っている
紙一重だったさ
あの人も、すれすれ
いや、もしかすると他の視点で見れば既に主人公だったかも知れない
でも、違った
正義と正義が戦って、勝つのはどっちだと思う?
強い方か?弱い方か?
いいや違う
強さなんて関係ない
どちらの視点で見るかで決まる
つまり、どちらが主人公になるかだ
主人公になれさえすれば、勝敗はもう決まってるんだ
主役になれば勇ましい勝利が約束され、悪役になれば、無様に負ける。それがルールだ。
小さな塵を見過ごしても、その塵が積もり積もって街一つ埋めようとも
許される、それが正義だ
あの人は、主人公になろうとしたんだろうなあ
そういう人だったから
でもな、結局お終いだよ
あの人、才能は十二分にあったんだがな


お題『最悪』

6/6/2024, 6:57:12 AM

自分にできないことができる人は尊敬するし
私よりも早くできる人も
私より完璧にできる人も尊敬できるのに
自分より下であってほしいと思う人がいる
その人が私より少しでも上だと感じると嫌になって、
自分の生きている価値が分からなくなる
違う分野で比較して安心して
また劣った部分を見つけて泣きそうになる
その子のことは大好きなのに
誰より仲良しな自覚もあるのに
醜い征服欲を抱えて
相手の言動に一々ピリピリして
こんなこと、もう辞めたい


お題『誰にも言えない秘密』

6/5/2024, 6:33:19 AM

ほら、やっぱり
あんまり考えすぎちゃダメなんだよ
考えることは確かに真理に近づくけれど
考えすぎると逆に遠ざかる
人間そんな複雑にできてないのに
死にたいのに死ねないのは怖いから、とか
あの人が死んだのは事故だったから、とか
そんな事実を受け止められなくなるくらいなら
思考をやめた方がいい
適度に考えて適度に気を抜く
そのバランスを保たないと壊れてしまう
だからあの子は壊れてしまった
だから私は生き延びた
こんなに狭く小さいところで
発狂するのは救えない
私は生きる
あの子の肉を喰らってでも
狂っているのは
あの子だけ?


お題『狭い部屋』

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