ななせ

Open App
3/11/2024, 12:14:55 PM

「アンタなんて産まなきゃ良かった」

それが、お母さんの口癖です。わたしはお母さんが大好きだけど、この口癖はあまり好きではありません。
お母さんは、とても優しい人です。わたしが駄目な子だから、社会に出ても恥ずかしくないように躾けてくれます。何より、こんなわたしを今日まで育ててくれています。
だから、わたしが家事をするのも、バイトをして家にお金を入れるのも当然のことなのです。
みんなは、「それはおかしい」と言うけれど、わたしはおかしいなんて思いません。そんなことが言えるのは、みんなにはお父さんもお母さんもいるからです。
わたしにはお父さんがいません。わたしのせいで死にました。なので、わたしの家ではお父さんの話をめったにしません。お父さんの名前を出すと、お母さんは泣いてしまうのです。お母さんはわたしをよく殴るので痛いのには慣れました。でも、泣かれるとどうしていいのか分からなくなって、わたしも泣きたくなります。
でも、悪いのはわたしです。だから、わたしが泣くのはおかしいことなのです。

お母さんは、時々どこかへ行きます。たくさん字が書かれた手紙を置いて、どこかへ行きます。その字は下手くそで読めないのですが、きっと、わたしを心配する文が書かれているのでしょう。帰ってくると、お母さんはわたしをぶった後に抱きしめてくれます。きつく抱きしめてくれます。ぶたれた所が痛むけど、その時間、わたしは世界一幸福な子でした。

ある日、わたしはお母さんと久しぶりに遊びました。お母さんがお料理を教えてくれると言うので、台所に立つと、お母さんはわたしに包丁を向けました。お母さんは悪ふざけが好きなので、よくそういうことをするのです。
わたしは笑って、お母さんを突き飛ばしました。軽い力です、だって、遊びなんだから。本当です。けれど、お母さんはぐらりと倒れてしまいました。お母さんのお腹には、包丁が立っています。
「お母さん、大丈夫?」
お母さんは目を細めて、わたしを見ました。お母さんは何か言っていたけれど、それは聞こえませんでした。

お母さんは、お花に囲まれて目を閉じました。そして、ホコリよりも小さな灰と、両手に収まるほどの小さな小さな白い塊になりました。

わたしが悪い子だから、あの平穏は壊れてしまったのです。わたしが良い子だったら、お母さんも、ちっちゃな壺にならなかったのです。
わたしが壊したんです。
わたしは駄目な子です。
そんな悪い子のわたしを叱ってくれるお母さんも、もういません。

お題『平穏な日常』

3/10/2024, 1:14:30 PM

「平和って、何なんでしょうね」

隣で呟いた新人兵を一瞥する。戦争でついにおかしくなっちまったか?

「さあな、フランスの国旗でも見たのか?」
「残念ながら愛国心なんて持ち合わせてませんよ。…平和なんて、こんなことしてまで守るものなのかなって」
新人兵は俯いていて、その表情は見えない。

「知らないな。まあ、ここに来てんのは国からの命令なんだ、逃げようなんて考えるんじゃねえぞ」
「そんなこと、考えてません。
「ただ、彼女を故郷に置いて来てるんです」
俺は深く溜息を吐いた。馬鹿馬鹿しくって仕様がない。最近の若者って奴はみんなこうなのか?
「あーあーそうかよ。言っとくがな、戦場でそんなこと言わない方が良いぞ。そりゃ死亡フラグってやつだ」

俺の言葉に、新人兵は少し腹を立てたようだった。
「はあ、まあそうですけど。
「でも、こんな一面砂色の所じゃそれくらいしか華がないですよ」
「仕方ねえよ。ま、これが終わったら酒でも飲もう」
「先輩こそ、それ死亡フラグです」

微笑んだ新人兵の体が後方へと倒れた。鋭い銃声音が鳴る。ああ、音が遅れて聞こえたんだ、一瞬頭に浮かんだことも消えてしまった。
咄嗟に体を伏せ、銃を構える。敵は既に遠ざかっていた。

新人兵はまだ意識があった。だが、出血量が多く、その意識さえ朦朧としている。素人目に見ても助からないことが分かった。

「だから言ったじゃねえか、死亡フラグだって。
「まあ、それは俺もだったが」

俺がぽつりと漏らすと、新人兵は破顔した。

「平和の意味が、分かったんですよ。だから、俺が撃たれたんです。
死亡フラグなんか、関係ありませんね」

新人兵は瞳を閉じた。昼寝をするかのように、心地よく天国へと誘われていった。
お前は考えなしだ。そんなことを言い残して、ただ一人生き残った俺にどうしろって言うんだ。

「なあ、何なんだよ。平和って。教えろよ。なあ」

どれだけ揺さぶっても、新人兵は起きなかった。



お題『愛と平和』

3/9/2024, 11:20:30 AM


どんなに大切な出来事も、いつかは忘れてしまう。
私は、過ぎ去った日々の冷たさも温もりも全て忘れて、「あの頃は良かった」なんて事を言う。その時あった様々の事も覚えていないのに。
けれど、思い出す時もある。長い間放っておかれた記憶の埃を払って、おはようのキスをして、懐かしいと抱きしめる。そんな時はきっと来る。

初めて来る場所なのに、懐かしいと思う事がある。それはもしかすると、前世の忘れてしまった記憶なのではないだろうか。
数十年、もしくは数百年の時を超えても、思い出す時は必ず来るのだろう。


お題『過ぎ去った日々』

3/8/2024, 12:00:28 PM

お金より大切なものを、私は知りません。
そんなことが分かるほど生きていないし、それほどに打ち込める趣味もないからです。
けれど、私はやっぱりお金を使います。お金が大切なら、わざわざそんなお金を減らす行動しなければ良いのに。
ご飯を買うお金でも、家賃でもないのに、お金を使うんです。そんなもの、なくっても死なないのに。
だから、私はそれがお金より大切なものだと思います。
本にお金を使うなら、お金よりも教養を重んじる人です。
服や化粧品にお金を使うなら、美を最優先にする人です。
遊びにお金を使うなら、人生を楽しむ人です。

それが楽しめているのなら、お金なんてなくっても良いのかなと思います。所詮、十と幾つの小娘の戯言ですが。


お題『お金より大切なもの』