人生チョロいもんでしたわー!まったねー!
等身大の好きを身体で表現してこないで。
好きを言われなれてない私からしたら、インフルエンザで発熱するより大変なことだから。
たらればは考えないようにしている人と、空想が好きな人。どっちが時間無駄にしているかって、答えは明白だよね。
あー、明日も無駄に消費して生きてこー!
トイレにはそれはそれは不幸そうな女神様がいた。
便座に座り込んでいた女神様は俺をちらと見た。いや睨んだ。
「……何?」
「何じゃねえよ。お前トイレに何十分こもってんだよ」
トイレは相変わらず芳香剤の香りに満ちている。
「見ればわかるでしょうが」
女神は背中を丸め、不機嫌そうに髪をかきあげる。なんて不幸臭を撒き散らしている女神様なんだ。
(分かんねえよ)
女神の態度に俺のほうがはち切れそうになりながら、渋々扉を閉める。
限界を訴える膀胱をまだ抑えながら、俺はもと来た廊下を戻った。
遠ざかる足音を確認した女は、とっさに隠した妊娠検査薬をまた手に取った。
女は何度見てもひっくり返らない結果にひたすらため息をつく。
沈んでいたところに悩みの種のお出ましだ。のんきな態度がまた腹が立つ。あの顔を見るとトイレから出る気がまたなくなった。
(気が済むまで籠もってやる。いきなりドアを開けられて、私もちょっとは恥ずかしいんだよ)
今さらだろうが、と反論してくる彼が頭に浮かんできて、勝手に憤慨した。
頬杖をつきついたため息は思いのほか深かった。吐息が芳香剤の香りを押し出す。
狭いスペースにきつい花の匂いがむわっと立ち込めた。
ゴキブリの、脚。
そう認識したときには、私はジュースが入ったコップを床に落としていた。
中身がバシャンと地面に叩きつけられる音と、ガラスが割れる音が後から脳に伝わってくる。
なんだなんだと客が集まり始めた。動揺しきった酷い顔を見られたくなかった私は、髪で何となく顔を隠す。
若い男の従業員がほうきとモップを携えてやって来た。
ファミレスの客がドリンクバーのグラスが割るのは日常茶飯事なのだろう。
けど私の青ざめた顔を見たとたん、表情が険しくなった。
従業員は駆け寄ってきて、まず私に怪我がないか心配した。私はあたふたと大丈夫と応える。久しぶりに発した声は、どこか不自然に聞こえた。
(この場から立ち去りたい)
だがそんなわけにも行かず、私が「あの、あの、すいません」と謝ると、従業員は「いいんですよ」と笑った。
「服とか汚れていませんか」
気を遣ってくれたにもかかわらず、私は早くこの店から逃げ出したい思いでいっぱいだった。
「大丈夫です。あの、早く片しちゃってください。何だったら弁償しますんで」
「いいえ、よくあることなので」
爽やかに笑いながら、従業員は床に撒き散らされていたガラス片とジュースの片付けに取り掛かる。
モップがかけられるとともに、ゴキブリの脚も絡め取られていく。
水面に浮かんでいたときはあんなにもおぞましかった物体が、あっさりと片付けられていく。
私は繰り広げられている掃除を見ながら、不思議に思った。
なぜ虫の脚ごときに怯えているのだろう。なんで今も思い出して吐きそうになっているのだろう。
手馴れた従業員の掃除テクニックで、床はたちまち綺麗になっていった。
(いい店員さんだけど、もう行かない……)