〝ピーッという発信音のあとにお名前とご要件をお伝えください。ピー――〟
「ウェッゴホッごほっ、……こほん。あー、もしもし、俺やけど。えーっと……元気か? あのべっぴんな嫁さんも元気しとるかいや。……あんさあ、お前いまどこにおんの? 東京? いや、ここ何ヶ月かまともに電話出らんから、どうしてんのかなって。お前、昔から図太い性格のくせに変なとこで神経質やったからやあ。どっかでこじらせて自殺なんかしとるんやないかって、みんなで話しとったところ。それで俺、みんなに言うたったのよ。お前に自殺やこする甲斐性あるわけないわいやって。アハハ、冗談、冗談。そうそう、なんや息子がいきなり学校行かんとか何とか言い出してよ。こんなん俺らのときはなかったやろう。対処するにもなあ、どう対処せえっちゅう話や。……まあ、そんなんええわ。お前んとこの娘は? どうしてんの? ……あー、ええ、ええ。また近いうちに会うかもしれんから。まあ、そんときにでも近況聞かせてくれや。じゃあ、また。……んー? おう、また留守電……」
〝プツッ〟
妻と娘に逃げられた。
死ぬしかない。もう死ぬしかない。
自分に従順だった娘にはいっぱいの愛を。反抗的だった妻には身を焼き尽くすほどの呪いを。
遺書をしたため、さっそく車に乗り込んだ。
白く高級なベンツは、まさか自分がスクラップ同然の最期を迎えるなんて、新車当時は思ってもみなかっただろう。少なくとも、持ち主を運転席に迎える時点では思ってもいないに違いない。
それとも、持ち主の死臭を嗅ぎ分けて「乗せたくないなあ」くらいは思っているかもしれない。
でも外車が好きだから、ベンツか、フェラーリか、アメリカのクラシックカーを道連れにしたい。国産車は嫌だ。
白いベンツは一般道を抜け、とうとう高速に入った。
ハンドルを握る手が緩む。あとは好きなときに、アクセルを力任せに踏むだけだ。
分離帯にめがけてぐんぐんと速度を上げていくのは、スリルに飲まれていくようで若干楽しい。
目の前がぴかぴかと光っている。眼球の裏でスパークが起きている感覚は、酒に溺れて死にそうになったときに似ていた。よだれが垂れた口角が自然と上がる。
(見てろよ。死んでも呪ってや、)
「質問です」
「はい、何でしょう」
「日本の歌にはときおり〝翼広げて〟とか〝手に入れた翼〟とか、そういった歌詞が出てきますよね」
「はい」
「この歌詞が指す〝翼〟とは、具体的に何ですか」
「そうですね。鳥も翼を二つもっていますし、飛行機の翼だって二つありますから。そうなると、腕や脚も含まれるのでは」
「じゃあ杖をつきながら歩いている僕は、ただの飛べない鳥?」
「杖をつきながらでも歩けている時点で飛んでいますね」
「先生の歩きが翼を広げた鳥なら、僕の歩きは翼の折れた鳥」
「だから折れてませんって。今もそうだ。先に進んでいる。ということは、翼があるということです」
「でも、僕に歩みを合わせてもらって申し訳ない……」
「いいんです。普段はせかせか歩いています。君と歩くときくらいは、ゆっくりと歩くぐらいでちょうどいいんです」
月明かりがぼんやりと明るい。
吹き荒れる強風で、ススキの群生が波のように揺れている。立ち尽くすのは女の子の背中――。
……そんな夢を見た。
なんだったんだろう。眠たい目をこすりながら思う。
日本人にとってススキは、馴染み深さと同時に郷愁を誘う。
だから自分の脳みそが無意識に女の子を棒立ちさせたり、設定を嵐にしたり、夜にしたり……勝手なイメージを作り出したのはあると思う。それこそがススキがススキたるゆえんなので。
夢に出てきた女の子は、愁いの象徴のような植物であるススキに囲まれたていた。顔は見えない。まるで何かを決意しているようだった。