『雫』
深夜。
甘やかな湿度が寝室を満たす。
大きな瑠璃色の瞳に張っていた薄膜が、俺の律動に合わせて雫となって零れ落ちた。
「気持ちいーね?」
俺の問いかけに彼女が答える余裕は既になく、弛緩した小さな唇から艶めいた声を響かせていた。
普段、凛と澄ましている彼女が俺の熱に翻弄されてよがっている。
その事実だけでひどく興奮した。
「ねえ、愛してる」
既に密着している彼女のナカが、俺の気持ちに応えるようにキツく締まる。
彼女が嬌声を必死に抑えようとすればするほど、滑らかな素肌が熱を持ち汗ばんでいった。
熱と欲を食んでいた彼女の口元が理性をかき集め始める。
「っ、たしも……っ、ひぅう」
いじらしく言葉を紡ごうとした彼女の薄い唇を、唇で重ねた。
彼女の目尻から溢れた生温かい雫が俺の皮膚に乗り移る。
かわいい。
かわいい。
かわいい。
たわんだままの理性で目先の快楽に手を伸ばした。
あとから死にたくなるくらい後悔することはわかっているのに、俺は彼女に無理を強いる。
ああ。
堪らないな。
蕩けそうなほど柔らかくて熱くなった彼女の首筋に、俺は独占欲の華を咲かせた。
『何もいらない』
あなたの好意が俺に向いているのであれば、ほかに望むことはない。
そんな謙虚なことは俺には言えない。
俺のワガママを彼女は照れくさそうにしながら答えてくれるから、どんどん欲張りになってしまうのだ。
『もしも未来を見えるなら』
もしも、俺に未来を予知することができるのであれば、数分前の彼女の行動を許さなかったはずだ。
そんな彼女はキッチンにいる。
インスタントの味噌汁をお揃いで買ったハムスターのマグカップに入れ、電気ケトルで沸かしたお湯を注いだ。
俺が朝食兼弁当用に作り置きした卵焼きは既に電子レンジの中でほかほかになっていたらしい。
彼女はその卵焼きとカットキャベツとミニトマトを手際よく皿に盛りつけた。
最後に、ご飯をよそい、箸置きと箸を準備する。
火もエプロンも必要ない、忙しい朝でもズボラな彼女でも安全に対応できる、そこそこ手軽な朝食が完成した。
「お待たせ」
彼女がゆったりとした足音を立てて食事を運ぶ。
テーブルに食器を並べていく彼女の姿に、ギュンッと俺の心臓が締めつけられて、頭を打ちつけた。
「って、うわ!? ……生きてる?」
「ギリ、死んでるかもしれません……」
今日も今日とて彼女がかわいい。
俺の見立ては正しかった。
むしろ正しすぎて恐ろしいくらいである。
昨夜、彼女は俺の家で、散々に俺の愛で押し潰された。
そんな彼女が一夜明けて、素肌の上から俺の長袖シャツを纏っている。
几帳面に折り曲げられた袖口や、裾から覗く太ももに生唾を飲んだ。
ただのシャツが、彼女が着ると丈の短いワンピースと化している。
控えめに言って最高だ。
「いきなりどしたの?」
どうもこうもあるか。
遠慮がちに指先でツンツンと俺の肩を突く彼女に、朝からムラついてしまってしょうがない。
例え今日が、彼女の休日でも、特に買い出しやデートの予定がなかったとしても、朝からガッついて彼女に嫌われたくなかった。
「そのシャツを……、どうにかして脱がせたいという己の煩悩と戦っています」
「……っ!?」
俺の言葉に、彼女の警戒心が一気に上がる。
ガッつくつもりはなかったが、明け透けな下心が漏れてしまったのだから当たり前だ。
うまい言いわけが思わず口を噤んでいると、彼女がそそくさと距離を取る。
「そ、それは……。引き続き、がんばって」
俺のシャツを手に取って着込んだのは彼女のほうだ。
裏表も前後も確認せずに袖を通すから、つい俺は、やかなくてもいい世話をやいてしまう。
時間とともに頭も冴え、眼鏡をかけて、彼女への解像度を上げれば、彼女は視覚的暴力で俺の理性を殴りにかかってきた。
それでも耐えているのは、ひとえに彼女を大切にしたいからにほかならない。
俺は煩悩をため息に変えて吐き出した。
「…………えぇ。がんばります」
もしも未来を見ることができるなら、俺は朝っぱらから彼女に彼シャツをさせないことを誓うだろう。
とにかく、彼女よりも目の前の食事に集中したく、俺は手を合わせた。
『無色の世界』
いつもありがとうございます。
スペースのみです💦
お互いにさっぱりとした世界で生きていたけど、恋をしたことによって世界が色づいて、出会えてよかったー。好きだなー。的なお話を書きたかったです。
『桜散る』
いつもありがとうございます。
仕事が終わらずスペースのみです😭