『もしも未来を見えるなら』
もしも、俺に未来を予知することができるのであれば、数分前の彼女の行動を許さなかったはずだ。
そんな彼女はキッチンにいる。
インスタントの味噌汁をお揃いで買ったハムスターのマグカップに入れ、電気ケトルで沸かしたお湯を注いだ。
俺が朝食兼弁当用に作り置きした卵焼きは既に電子レンジの中でほかほかになっていたらしい。
彼女はその卵焼きとカットキャベツとミニトマトを手際よく皿に盛りつけた。
最後に、ご飯をよそい、箸置きと箸を準備する。
火もエプロンも必要ない、忙しい朝でもズボラな彼女でも安全に対応できる、そこそこ手軽な朝食が完成した。
「お待たせ」
彼女がゆったりとした足音を立てて食事を運ぶ。
テーブルに食器を並べていく彼女の姿に、ギュンッと俺の心臓が締めつけられて、頭を打ちつけた。
「って、うわ!? ……生きてる?」
「ギリ、死んでるかもしれません……」
今日も今日とて彼女がかわいい。
俺の見立ては正しかった。
むしろ正しすぎて恐ろしいくらいである。
昨夜、彼女は俺の家で、散々に俺の愛で押し潰された。
そんな彼女が一夜明けて、素肌の上から俺の長袖シャツを纏っている。
几帳面に折り曲げられた袖口や、裾から覗く太ももに生唾を飲んだ。
ただのシャツが、彼女が着ると丈の短いワンピースと化している。
控えめに言って最高だ。
「いきなりどしたの?」
どうもこうもあるか。
遠慮がちに指先でツンツンと俺の肩を突く彼女に、朝からムラついてしまってしょうがない。
例え今日が、彼女の休日でも、特に買い出しやデートの予定がなかったとしても、朝からガッついて彼女に嫌われたくなかった。
「そのシャツを……、どうにかして脱がせたいという己の煩悩と戦っています」
「……っ!?」
俺の言葉に、彼女の警戒心が一気に上がる。
ガッつくつもりはなかったが、明け透けな下心が漏れてしまったのだから当たり前だ。
うまい言いわけが思わず口を噤んでいると、彼女がそそくさと距離を取る。
「そ、それは……。引き続き、がんばって」
俺のシャツを手に取って着込んだのは彼女のほうだ。
裏表も前後も確認せずに袖を通すから、つい俺は、やかなくてもいい世話をやいてしまう。
時間とともに頭も冴え、眼鏡をかけて、彼女への解像度を上げれば、彼女は視覚的暴力で俺の理性を殴りにかかってきた。
それでも耐えているのは、ひとえに彼女を大切にしたいからにほかならない。
俺は煩悩をため息に変えて吐き出した。
「…………えぇ。がんばります」
もしも未来を見ることができるなら、俺は朝っぱらから彼女に彼シャツをさせないことを誓うだろう。
とにかく、彼女よりも目の前の食事に集中したく、俺は手を合わせた。
4/20/2026, 8:41:55 AM