喫茶 夢旅

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1/12/2025, 6:49:37 AM

あたたかい。ここは何処かしら。確か自分の布団で子供と寝てたはず…。
「ようこそ、喫茶『夢旅』へ」
「喫茶『夢旅』…?」
くるくるした髪の男が目の前に立っている。喫茶『夢旅』なんてお店近くにあったかしら。気付いたら小さなお店の一つしかないカウンター席に座っていた。
「こちら、本日のメニュー『海老と帆立の海鮮グラタン』です」
「わ、美味しそう…」
思わず口に出てしまった。目の前にはホクホクと湯気がたつグラタン皿が置かれる。
「いただきます…」
スプーンでグラタンをすくうと、大きい帆立がでてきた。それを口に運ぶ。熱すぎるほどの帆立が、口の中でほろほろと崩れていく。
「美味しい…」
「それはよかった」
こんなに美味しくて温かいご飯を食べたのはいつぶりだろうか。いや、落ち着いてご飯を食べれたのもどれほど前のことだろう。どんどん手が進んで、空腹のお腹に溜まっていく。
「美味しかった…」
あっという間に食べ終わってしまった。男はグラタン皿を片付けている。
「あ、お金…」
「お代はいりませんよ。食べてくださっただけでいいのです」
お代がいらない?そんな事あるのだろうか。しかし、嘘をついているようには思えない。ここはお言葉に甘えておこう。
「あぁ…あったかい…」
体がポカポカだ。体だけじゃなく、心までポカポカしている。いつまでもここにいたい。あの場所に…帰りたくない…。
急に、子供の泣き声が聞こえた。どこか遠くの場所で泣いているような微かな声。男もきずいているようだった。嫌だ。行きたくない。でも、行かないと…。
「行ってあげてください。ここで行かないと、ずっと後悔することになりますよ」
男が真剣な顔で言う。さっきまでの笑顔はどこにもない。
「大丈夫。今の貴方なら」
私は、大きく頷いた。その瞬間、眠気が襲ってきて、眠ってしまった。

目が覚めた。目の前で子供…翔太が夫に殴られている。今日もどこかで飲んできたのか、お酒と煙草の匂いがする。
「おい、聞いてんのかって!」
また翔太が殴られる。その瞬間、私は二人の間に割って入った。拳は私の頬にあたる。でも、ここで倒れ込んではダメだ。私は、すぐに上着を取ると、翔太の手を引いて外へ飛び出した。後ろから夫が叫んでいる声が聞こえる。でもそんな事どうでもいい。翔太の手を引いて、できる限り遠くに走った。
しばらく走り、少し離れた公園に来た。すぐに翔太に上着を着せる。
「ごめんね、翔太。ごめんね…」
この先どうしていこうか。お金もほとんどない。実家までかなり距離がある。仕事も見つかるか分からない。そもそも住む場所も…
「お母さん」
「ん?どうしたの?」
「あったかいね」
満面の笑みでそう言われた。大丈夫。この笑顔のためならなんだってできる。住む場所も仕事もどうにかしてみせる。もうさみしい思いなんて絶対にさせない。
「…そうだね」
できる限りの笑顔でそう答えた。

12/23/2024, 6:13:07 AM

ほんのりとゆずの香りがする。ここは何処だろうか。俺は自分のベッドで寝ていたはずだ。
「ようこそ、喫茶『夢旅』へ」
「喫茶『夢旅』…?」
目の前に長身の茶色いくるくるした髪の男が立っていた。気付いたら、俺はあまり広くない店の一席しかないカウンター席に座っていた。
「こちら、本日のメニュー、『ゆずのジャムクッキー』です」
目の前に置かれたお盆に、小皿に入ったジャムクッキーとほうじ茶がのっていた。
「ま、待ってくれ。金は持ってないぞ。そもそも頼んでもないし…」
「え?いりませんよお代なんか。これは僕が貴方にむけて選んだものです。ただこれを食べて目を覚ます。貴方がやるのはそれだけです」
お代がいらないだと?食べて目を覚ますだけだなんて、この場所はなんなんだ。そこらかしこにある花も造花のようだ。しかし、初めてきたのにどこか懐かしく、落ち着く雰囲気がある。心が落ち着いたからか、小腹が減ってきた。俺は小皿にのっているジャムクッキーに手を伸ばす。口に含むと、小麦の香りとゆずの香りが鼻を抜けていく。ほうじ茶ともよくあう。
「うまいな…」
「それはよかった」
黒縁の丸眼鏡の奥にある細いつり目がもっと細められた。
「ご馳走様でした」
すぐに食べ終わってしまった。残ったほうじ茶を啜りながらつぶやくように言う。
「ちなみに、ゆずの香りには不安や緊張をほぐし、明るい気持ちにさせる効果があるらしいですよ」
男が自慢気に言った。その瞬間、急に眠気が襲ってきてカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

アラームの音で目が覚める。俺は、自分のベッドの上にいた。なんだか、とても温かな夢をみていた気がする。どこか知らないところで不思議な男と話していたような…。駄目だ。何も思い出せない。ただ…ただひとつ。ほんのりとゆずの香りとゆずの香りの効果を教えられたことは覚えている。
「ゆずの香りか…」
不安や緊張を和らげる。確かに、最近周りの同級生が結婚をしたり、会社でトラブルが起きたりして、心が休まってなかったかもしれない。
「…今日は一人焼肉でもするか」
帰りにゆずの香りでもする入浴剤でも買って帰ろう。