あたたかい。ここは何処かしら。確か自分の布団で子供と寝てたはず…。
「ようこそ、喫茶『夢旅』へ」
「喫茶『夢旅』…?」
くるくるした髪の男が目の前に立っている。喫茶『夢旅』なんてお店近くにあったかしら。気付いたら小さなお店の一つしかないカウンター席に座っていた。
「こちら、本日のメニュー『海老と帆立の海鮮グラタン』です」
「わ、美味しそう…」
思わず口に出てしまった。目の前にはホクホクと湯気がたつグラタン皿が置かれる。
「いただきます…」
スプーンでグラタンをすくうと、大きい帆立がでてきた。それを口に運ぶ。熱すぎるほどの帆立が、口の中でほろほろと崩れていく。
「美味しい…」
「それはよかった」
こんなに美味しくて温かいご飯を食べたのはいつぶりだろうか。いや、落ち着いてご飯を食べれたのもどれほど前のことだろう。どんどん手が進んで、空腹のお腹に溜まっていく。
「美味しかった…」
あっという間に食べ終わってしまった。男はグラタン皿を片付けている。
「あ、お金…」
「お代はいりませんよ。食べてくださっただけでいいのです」
お代がいらない?そんな事あるのだろうか。しかし、嘘をついているようには思えない。ここはお言葉に甘えておこう。
「あぁ…あったかい…」
体がポカポカだ。体だけじゃなく、心までポカポカしている。いつまでもここにいたい。あの場所に…帰りたくない…。
急に、子供の泣き声が聞こえた。どこか遠くの場所で泣いているような微かな声。男もきずいているようだった。嫌だ。行きたくない。でも、行かないと…。
「行ってあげてください。ここで行かないと、ずっと後悔することになりますよ」
男が真剣な顔で言う。さっきまでの笑顔はどこにもない。
「大丈夫。今の貴方なら」
私は、大きく頷いた。その瞬間、眠気が襲ってきて、眠ってしまった。
目が覚めた。目の前で子供…翔太が夫に殴られている。今日もどこかで飲んできたのか、お酒と煙草の匂いがする。
「おい、聞いてんのかって!」
また翔太が殴られる。その瞬間、私は二人の間に割って入った。拳は私の頬にあたる。でも、ここで倒れ込んではダメだ。私は、すぐに上着を取ると、翔太の手を引いて外へ飛び出した。後ろから夫が叫んでいる声が聞こえる。でもそんな事どうでもいい。翔太の手を引いて、できる限り遠くに走った。
しばらく走り、少し離れた公園に来た。すぐに翔太に上着を着せる。
「ごめんね、翔太。ごめんね…」
この先どうしていこうか。お金もほとんどない。実家までかなり距離がある。仕事も見つかるか分からない。そもそも住む場所も…
「お母さん」
「ん?どうしたの?」
「あったかいね」
満面の笑みでそう言われた。大丈夫。この笑顔のためならなんだってできる。住む場所も仕事もどうにかしてみせる。もうさみしい思いなんて絶対にさせない。
「…そうだね」
できる限りの笑顔でそう答えた。
1/12/2025, 6:49:37 AM