喫茶 夢旅

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ほんのりとゆずの香りがする。ここは何処だろうか。俺は自分のベッドで寝ていたはずだ。
「ようこそ、喫茶『夢旅』へ」
「喫茶『夢旅』…?」
目の前に長身の茶色いくるくるした髪の男が立っていた。気付いたら、俺はあまり広くない店の一席しかないカウンター席に座っていた。
「こちら、本日のメニュー、『ゆずのジャムクッキー』です」
目の前に置かれたお盆に、小皿に入ったジャムクッキーとほうじ茶がのっていた。
「ま、待ってくれ。金は持ってないぞ。そもそも頼んでもないし…」
「え?いりませんよお代なんか。これは僕が貴方にむけて選んだものです。ただこれを食べて目を覚ます。貴方がやるのはそれだけです」
お代がいらないだと?食べて目を覚ますだけだなんて、この場所はなんなんだ。そこらかしこにある花も造花のようだ。しかし、初めてきたのにどこか懐かしく、落ち着く雰囲気がある。心が落ち着いたからか、小腹が減ってきた。俺は小皿にのっているジャムクッキーに手を伸ばす。口に含むと、小麦の香りとゆずの香りが鼻を抜けていく。ほうじ茶ともよくあう。
「うまいな…」
「それはよかった」
黒縁の丸眼鏡の奥にある細いつり目がもっと細められた。
「ご馳走様でした」
すぐに食べ終わってしまった。残ったほうじ茶を啜りながらつぶやくように言う。
「ちなみに、ゆずの香りには不安や緊張をほぐし、明るい気持ちにさせる効果があるらしいですよ」
男が自慢気に言った。その瞬間、急に眠気が襲ってきてカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

アラームの音で目が覚める。俺は、自分のベッドの上にいた。なんだか、とても温かな夢をみていた気がする。どこか知らないところで不思議な男と話していたような…。駄目だ。何も思い出せない。ただ…ただひとつ。ほんのりとゆずの香りとゆずの香りの効果を教えられたことは覚えている。
「ゆずの香りか…」
不安や緊張を和らげる。確かに、最近周りの同級生が結婚をしたり、会社でトラブルが起きたりして、心が休まってなかったかもしれない。
「…今日は一人焼肉でもするか」
帰りにゆずの香りでもする入浴剤でも買って帰ろう。

12/23/2024, 6:13:07 AM