侵食

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2/6/2025, 2:44:02 PM

泥だらけの錆びたミニカーが、ようやくちぎれ落ちた後輪を寂しそうに見つめている。カーブミラーはとっくの昔に捻り取られたのだろうか、首根が削れて、そこに存在していたという証すらも消え去っている。赤色に美しく染め上げられたボディは、今ではほとんど、鉄の銀色に侵食されている。
「寂しいのか?」 と、まるで尋ねるかのように、鳩がそれを覗き込む。試しに啄んでみるが、もちろん何も反応はない上、余計に色は削れるばかりだ。太陽は沈みかけ、昨日より少しばかり濃い橙色が、彼らを揺らす。「いつからここにいるのだ。」 細い3本の指でミニカーを掴み、軽く揺する。コロコロと、機体の中から音が聞こえるのを感知した鳩は、先程よりも力を込めて持ち上げて、機体を遠くに投げてみた。遠くと言っても、鳩の背中の2倍ほどの距離でしかないが、ミニカーはゴロゴロと何度か回転して、最後にコロンと音を立てて止まった。出てきた。小さい何かが出てきた。
鳩は何が出てきたのかと、不思議そうにそれを睨み、そしてぺたぺたと足を進めた
それは、汚れも傷もない、真赤に染め上げられたカーブミラーだった。驚いた。ここまでの困難を、肉体から別れてまで、耐え抜いたというのだ。
沈みかけの太陽によって、紫色に染められた地平を背景に、2つの影が並ぶ。鳩は嬉しかった。そして、両の足で機体とカーブミラーを必死に掴み、そのまま空に飛んだ。天空の美しさを、見せてあげたかったのだ。「どうだい?これでもう寂しくないだろう。これからは友達になってあげてもいいぜ。」 鳩は得意げに大きく翼を広げ、しかしバサバサと必死に空を掻いた。太陽はようやく眠り、黒く染まった青空と優雅に飛び回る彼らだけが、美しい絵のように、世界の一面を埋める。夜が明けたらより一層、真赤に染まった君の美しさが、よく分かるだろう。
そして涙は、地平に取り残された後輪だけに預けられた。

2/3/2025, 5:17:31 AM

雪が砂のように舞う

風が、雨のように吹く

困難になびいた指先は

いつまで経っても

昨日ばかり指を指す

声が出ない朝や

いつまでも来ないバス

車の騒音や

痛みの伴う会話

いつまでも冷徹な視線

そのくせ、僕を包む空気は、永遠と温い

僕は歩き出した。飽きもせず、ひたすら繰り返す毎日を

ただ、少しだけ昨日とは違う何かが

僕の心に、降り注いでくれたのならば

それは、僕にとってこの上ない、幸せになるだろう。

2/1/2025, 5:14:01 PM

1:42。暗闇の中、瞳孔を膨張させる。ペタペタと階段を鳴らしながら、包まれた疎外感と孤立感を、我が家のど真ん中で自慢げに掲げながら、髪をくっとかきあげる。
今の僕は、今すぐ自ら死ぬことも出来れば、この家にいる家族全員を皆殺しにする事も出来るし、このまま眠って誰も死なない明日にする事も出来る。それらと同じように、僕の家族も、同じようにその可能性を持っている。しかし、数式の中で言わせてみれば、それらは全て同じ確率で発生する、ということになる。死ぬも生きるも等しい確率だということだ。しかしそれらは全く同価値でない上、正しくもない。ところで、これらが50:50で発生しない理由、世界にとって都合の良い確率に設定されている、その原因とは、人に備え付けられた、理性、というものからなりうるものであると考えられる。ところで僕は、今も自分を殺してしまおうとさえ、思ってしまっているのだが、それは無論、許されることではないし、容易では無い。これを思い切り食い止める邪念の正体は、理性なんてくだらないものでは無い。僕が意気地無しであり、弱虫である。それだけの話だ。しかし、残念ながら、人は黒く濃い煩悩を、こんなにも単純な感情により抑え込まれているのだ。これこそ、全くつまらないことだと思うのだが、綺麗事ばかりでは生きては行けないと分かっている。僕は冷蔵庫をそっと開け、お茶をコップの中に注ぎ、そして、飲み込んだ。