「好きな色は何色ですか?」
その質問が苦手だった。白や黒の濃淡で表された世界の中で、色、という概念のない私には答えようがなかった。普通の人の普通が。みんなが当たり前に知っている世界を知らない自分が好きになれなかった。
子供の女の子は赤が好きって言われたから、赤が好きだと言った。
もう子供じゃないから、かっこいい紫が好きって聞いたから、紫が好きだと言った。
大人になったんだから、明るい色はちょっと。と言われて暗い色が好きだと言った。
個性を大事にしなきゃ行けないから、明るい色も好きと言われたから、明るい色が好きだと言った。
たくさんの色を好きになったふりをして、最後に分かったのは私の見えている世界の中で私が好きなのは、どうがんばっても太陽を見ない限り存在しない、限りないほどに輝く白かもしれない。
【好きな色】
「わかってたんだっ…何かを得るということは、何かを失うということだって…解ってた…本当はっ…」
それは、叫びというにはあまりにも哀しい叫びで。
ぼろぼろと溢れていく涙と一緒に、何もかも壊れていく気がして、
「それでも俺はっ…!!!!」
言葉を止めることができなかった。きっと。
「本当は、あの日あの時、確かにっ…あいつの人生は終わっていたはずだったんだっ…なのに俺が無理矢理続きを作った。俺のエゴであいつは、生きたくなかったかもしれない人生を…」
ぐちゃぐちゃになった顔と息に静かな音が乗る。
「それでも、そうしてでも俺は…!あいつがいない人生を、想像したくなかったんだ…」
【2024.6.20あなたがいたから】
相合傘、迷惑になるかな、って。
夕方、小さな雨に横着して足を走らせる。なんとかたどり着いたバス停で可愛い猫だったり、今月で何ヶ月とか色んな形を眺めて横にスライドした。ふと横でひとつ、足音が止まる。
「いやぁ、弱くなって良かったですね。」
「え、あ、そうですね。」
話しかけられると思っていなくて拍子抜けした言葉を返す。バスはまだ来ない。横に立った人の良さそうなおじいさんはリュックの紐を両手でしっかりとつかみ、雨を眺めながらそれ以上言葉を話すことはなかった。私もこのなんともいえない空気に気づかないふりをして他人の日常に目を戻した。
定刻、目の前に止まったバスのドアが特有の音を立てて開く。小さな9人乗りのバス。小さな「どうぞ」を交換した後、おじいさんはゆっくり、不安定な足取りを確かなものにしながら席に座った。
「お願いします。」
「はいよ、お嬢ちゃんはどこまで?」
「田宮後原まで」
「はいよぉ。」
明るい運転手さんに乗せられて再びバスのドアが閉まる。
手元の傘は僅かに水気を帯びている。目の前で濡れたリュックを抱えるおじいさんの手元に傘がないことに気がついたのはその時だった。
雨はだんだんと強さを増してくる。窓が冷たく白く曇り始めた。
バスから降りる時、おじいさんと同じバス停だった。
「よかったら傘、使ってください。」
「いや、いいよ。雨強いから。」
「あ、いや、もう一本、あるんです」
渋々、けれど嬉しそうに傘を受け取ったお爺さんを横目に少し回り道をして帰った。びしょ濡れのままもう一度出会うのは、かっこよくないから。家まで送ってあげる、とは、言えなかったから。
【2024.6.20相合傘】