相合傘、迷惑になるかな、って。
夕方、小さな雨に横着して足を走らせる。なんとかたどり着いたバス停で可愛い猫だったり、今月で何ヶ月とか色んな形を眺めて横にスライドした。ふと横でひとつ、足音が止まる。
「いやぁ、弱くなって良かったですね。」
「え、あ、そうですね。」
話しかけられると思っていなくて拍子抜けした言葉を返す。バスはまだ来ない。横に立った人の良さそうなおじいさんはリュックの紐を両手でしっかりとつかみ、雨を眺めながらそれ以上言葉を話すことはなかった。私もこのなんともいえない空気に気づかないふりをして他人の日常に目を戻した。
定刻、目の前に止まったバスのドアが特有の音を立てて開く。小さな9人乗りのバス。小さな「どうぞ」を交換した後、おじいさんはゆっくり、不安定な足取りを確かなものにしながら席に座った。
「お願いします。」
「はいよ、お嬢ちゃんはどこまで?」
「田宮後原まで」
「はいよぉ。」
明るい運転手さんに乗せられて再びバスのドアが閉まる。
手元の傘は僅かに水気を帯びている。目の前で濡れたリュックを抱えるおじいさんの手元に傘がないことに気がついたのはその時だった。
雨はだんだんと強さを増してくる。窓が冷たく白く曇り始めた。
バスから降りる時、おじいさんと同じバス停だった。
「よかったら傘、使ってください。」
「いや、いいよ。雨強いから。」
「あ、いや、もう一本、あるんです」
渋々、けれど嬉しそうに傘を受け取ったお爺さんを横目に少し回り道をして帰った。びしょ濡れのままもう一度出会うのは、かっこよくないから。家まで送ってあげる、とは、言えなかったから。
【2024.6.20相合傘】
6/20/2024, 8:12:31 AM