マサティ

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6/19/2024, 7:12:02 AM

落下する君


浮遊感、それは案外相対的なものなのかもしれない。
今まで立っていた足場を失うと人は、落下していると感じる。
三半規管が本能的に危機を察知するのだ。
じゃあ落下し続けているのだとしたら?

唐突に君はベンチに座り込む。
空を見上げていたら足がよろけたらしい。
僕は手を差し出す。大丈夫?と尋ねる。
君はベンチにしがみついたまま冷や汗をかいている。
少し休憩しようか。
僕は君の隣に腰掛ける。
初夏なのに長袖の君、肌と対照的な濃紺のブラウスが小刻みに揺れている。白いうなじが朝露の様に汗ばんでいる。
自分の影を見つめながら君は言う。
「落ちていく気がしたの」
「空に?」
「なんだろう、自分でも分からなくて」
落下する君。だとしたらどこに?
僕は、あらゆる落下について考えてみた。
身体的な落下、精神的な落下、社会的地位の落下etc
何にしても、それらは慣性の法則から外れない限り僕らには感知出来ない。
足場を失った時に僕らは落下を感じるのだ。
等速で落ち続ける限り、それは無慈悲に無自覚に僕らを蝕む。
「落ち着いたから」
長めのスカートから砂を払い、君はゆっくり立ち上がる。
短い梅雨の晴れ間だった。
公園には水溜りが出来ていた。
水面に乱反射する陽光が視界を白くぼやけさせた。
何をしていたんだっけ。
何の為に、いつから、どうやって。
あまりにも無自覚な自分にぐらつく。
落下しているのだ。多分僕も。
まだ足元が覚束無い君の手を握る。
人魚の手の様にひんやりと心地よい。
それは君を繋ぎ留める為か、あるいは僕自身を繋ぎ留める為か。
自覚し始めた浮遊感が足場を求めていたのかもしれない。
ただ一つはっきり言えることがある。
心と言葉が曖昧なまま夏に溶けゆく前に、僕らははっきりとした着地点を掴み取らなければいけないということだった。

6/17/2024, 4:22:29 AM

1年前の自分をうまく思い描けない。
出来事だけなら、写真やラインの履歴から思い出せるだろう。
曖昧なのは頭の中の話。
思考、思想、出来事に付随したあらゆる感情が抜け落ちている。
1年に渡って継続された信念がどれほど残っているか。
それがあるとすれば、もはや1年単位のものではなく、もっと自身の根幹近いものである。
去りゆく感情を無駄とは思わない。
むしろ微笑ましく感じる。あんな時代もあったね、と。
ただ、少しだけ勿体ないなと思うようになった。

最近ノートをつけ始めた。
こぼれ落ちてゆく思考の断片を、将来の自分に届ける為だ。

6/4/2024, 7:57:04 AM

染色器官(仮)

5/1/2024, 9:52:18 AM

お題「楽園」
「救いようの無い楽園」

ハンバーガーを食べる。健康を気にする。
サラダを食べなきゃいけない。
野菜がとれない日はマルチビタミンの錠剤でカバー。
必須栄養素を欠かしてはいけないから。
見たい動画が消化しきれていない。
明日は仕事だから、日付が変わる前には寝ないといけない。
大学時代の先輩から飲み会の誘いがあったのに返信出来ていない。
特にお世話になった先輩だから、なるべくなら予定を合わせたい。
押しのVチューバーが初イベントを行っている。
チケットをとれるなら是が非でも取りたい。
動画を見ながら歯を磨く。推しの新曲を聴きながら風呂に入る。
せせこましくインプットを続けながら寝る体勢に入る。
唐突にスマホの通知音鳴る。
付き合いたての彼女からの連絡。
今週日曜日の予定、どうしても合わせることが出来ない、と
眉間に皺を寄せつつ、深呼吸をして「大丈夫だよ」と返信。
こちらだって同じ様な内容を送ったことがあるじゃないか。
それと同時に、ほんの少しホッとした自分もいる。
日曜日には先輩との予定を入れることにしよう。

30歳を越えて、仕事に責任を与えられるようになった。
人間関係にも余裕が出来て、給料も多少はあがった。
でも正直、適当にこなしてほどほどの生活をしたい。
何にせよ時間がない。
結婚はまだか、と職場のお局さんからちょくちょく言われる。
結婚や家庭を意識すべきなのだろうなと思う。
片手間に合コンに行ったりマッチングアプリを触ってみたりした。
何人かの女性と会ってみて、一番自然に会話できる相手と付き合うことになった。
互いに選考した結果「合格した」ということなのだろう。
形式的に毎週会っているが、この先のことは分からない。
ふと、中学高校時代の将来の夢はなんだっけと回想に耽る。
映画監督、プロ野球選手、バンドマン、様々な一縷の可能性が降っては流れ、塵のように僕の奥深くに積もっている。
でもそんなことは良いのだ。
彼らの裏側が苦悩とコンプレックスに満ちていることを、なんとなく想像できる。
叶えたものと等価の、失われた時間・快楽があることを知っている。
僕は消費者で良い。
絞られた才能の汁を、ちびちびとススって気持ちよくなりたい。
それで良いと思っている。
思っているけれど、ふと自問自答する。
それで良いのか。一度きりの人生を、そんな風に消化するのか。
「別にいいんだよ」
即答する。早く眠りにつかなければ。
アフリカの飢えた子供達を想う。
新薬開発の犠牲になる実験動物を想う。
今、僕が甘受している状況は奇跡に近いものだ。
漠然とした不安や焦燥が、就寝前特有の感情だと思いこむことにする。
過去のことを考えてはいけない。将来のことを考え過ぎてもいけない。
僕は目の前の人生を、きちんと考えて生きている。
明日の朝は早い。ポジティブにいこう。
瞼をとじる。明日のことは、明日の自分がなんとかしてくれる。
なんて贅沢な悩みだろうか。悩むべきですらないのかもしれない。
だって僕は、とても恵まれているのだから。


4/26/2024, 9:32:22 AM

流れ星に願いを
〈未定稿〉

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