落下する君
浮遊感、それは案外相対的なものなのかもしれない。
今まで立っていた足場を失うと人は、落下していると感じる。
三半規管が本能的に危機を察知するのだ。
じゃあ落下し続けているのだとしたら?
唐突に君はベンチに座り込む。
空を見上げていたら足がよろけたらしい。
僕は手を差し出す。大丈夫?と尋ねる。
君はベンチにしがみついたまま冷や汗をかいている。
少し休憩しようか。
僕は君の隣に腰掛ける。
初夏なのに長袖の君、肌と対照的な濃紺のブラウスが小刻みに揺れている。白いうなじが朝露の様に汗ばんでいる。
自分の影を見つめながら君は言う。
「落ちていく気がしたの」
「空に?」
「なんだろう、自分でも分からなくて」
落下する君。だとしたらどこに?
僕は、あらゆる落下について考えてみた。
身体的な落下、精神的な落下、社会的地位の落下etc
何にしても、それらは慣性の法則から外れない限り僕らには感知出来ない。
足場を失った時に僕らは落下を感じるのだ。
等速で落ち続ける限り、それは無慈悲に無自覚に僕らを蝕む。
「落ち着いたから」
長めのスカートから砂を払い、君はゆっくり立ち上がる。
短い梅雨の晴れ間だった。
公園には水溜りが出来ていた。
水面に乱反射する陽光が視界を白くぼやけさせた。
何をしていたんだっけ。
何の為に、いつから、どうやって。
あまりにも無自覚な自分にぐらつく。
落下しているのだ。多分僕も。
まだ足元が覚束無い君の手を握る。
人魚の手の様にひんやりと心地よい。
それは君を繋ぎ留める為か、あるいは僕自身を繋ぎ留める為か。
自覚し始めた浮遊感が足場を求めていたのかもしれない。
ただ一つはっきり言えることがある。
心と言葉が曖昧なまま夏に溶けゆく前に、僕らははっきりとした着地点を掴み取らなければいけないということだった。
6/19/2024, 7:12:02 AM