お題:特別な夜『フルムーンパーティー』
月の満ち欠けで体感時間、いや世界の見え方が変わることに気付いたのは、確か高校に入学してからのことだ。
簡単に言うと、満月の日は周囲の動きが遅く感じ、新月の日は逆に速く感じられるということ。
僕は子供の頃から、マイペース、ぼんやりしているなどと言われて育ってきた。
多分だけれど、僕は勉強も運動も人並みよりは上手くできる子供だったと思う。
けれど、どうしようもなく駄目な日が定期的に訪れた。
浮き沈みが激しい、勿体ない、何故集中が続かないのか。
親も教師も首を傾げた。
僕だって、好きでそうしているわけじゃない。
同じように一生懸命やっているつもりなのに、どうしようもなく身体が重くなり、思考は持ち上げたパズルの様に崩れていった。
もがけばもがくほど、水底へ沈んでいく様な感覚。
この周期が月の満ち欠けに関係していることに気付いたのは、高校1年生も終わりかけ17歳の時だった。
満月が近くなると、次第次第に思考が加速してゆく。
特に月が天頂に昇る深夜、目が冴えて活力が漲る。
周囲の動きがスローモーションに見えるようになる。
新月の日はその逆だった。
何をやっても駄目なその日、なるべく人と口をきかず目立たないことだけに専念した。
しかし学校や社会というのは、常に一定の頑張りが出来ない人間を排除するものだった。
僕は学校を休みがちになり、深夜徘徊をするようになった。
ただ、満月の夜に焦がれて生きるようになった。
19時には帰宅する。
残業はしない。
20時には君の配信が始まるから。
駅の構内を足早に駆ける。
音声だけならイヤホンで聴き取ることは出来るが、君は特別だから。
雑踏の中で君の配信を聴くことは、なるべくならしたくない。吊り革に掴まりながらではコメントも打ちづらい。停車駅を乗り過ごさないよう、注意もしなけりゃならない。
僕は君の顔も年齢も知らない。
スマホの画面に映るのは仮初のアバターだけ。
けれど、その非現実世界が僕にとってのリアル。
フラットな日常の、唯一の起伏。
君に会いたくて、君の声が聞きたくて、今日も僕はアプリを開く。
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私にとってのリアルはハガキ大の平面空間に集約されている。
怠惰な学生時代のツケか、私は就活に失敗し続けた。
気付けば卒業後2年間、派遣社員として働き続けている。
友人達は皆、正社員という肩書きを持って働いている。
現状を話したくなさ過ぎて、古い友人とは疎遠になった。
別に良いじゃない、とある人は言う。
派遣社員だって別にさ。
若いんだし、大丈夫よ、とかなんとか。
無責任な慰めに対し、私は意味のない笑みを返す。
流行りのソーシャルゲームも出会い系も飽きてしまった。
そんな時、私は配信アプリに出会う。
そこでは容姿を晒さなくても素性を明かさなくても、顔の見えない誰かが私を受け止めてくれた。
告知さえすれば20時の配信時間に、必ず誰かが私を訪ねてくれる。
優しい嘘に満ち溢れた、箱庭の様な空間だ。
目を背けたい日常の、唯一の平穏。
みんなに会いたくて、みんなに見て欲しくて、今日も私はアプリを開く。