マサティ

Open App

19時には帰宅する。
残業はしない。
20時には君の配信が始まるから。
駅の構内を足早に駆ける。
音声だけならイヤホンで聴き取ることは出来るが、君は特別だから。
雑踏の中で君の配信を聴くことは、なるべくならしたくない。吊り革に掴まりながらではコメントも打ちづらい。停車駅を乗り過ごさないよう、注意もしなけりゃならない。
僕は君の顔も年齢も知らない。
スマホの画面に映るのは仮初のアバターだけ。
けれど、その非現実世界が僕にとってのリアル。
フラットな日常の、唯一の起伏。
君に会いたくて、君の声が聞きたくて、今日も僕はアプリを開く。

>>>
私にとってのリアルはハガキ大の平面空間に集約されている。
怠惰な学生時代のツケか、私は就活に失敗し続けた。
気付けば卒業後2年間、派遣社員として働き続けている。
友人達は皆、正社員という肩書きを持って働いている。
現状を話したくなさ過ぎて、古い友人とは疎遠になった。
別に良いじゃない、とある人は言う。
派遣社員だって別にさ。
若いんだし、大丈夫よ、とかなんとか。
無責任な慰めに対し、私は意味のない笑みを返す。
流行りのソーシャルゲームも出会い系も飽きてしまった。
そんな時、私は配信アプリに出会う。
そこでは容姿を晒さなくても素性を明かさなくても、顔の見えない誰かが私を受け止めてくれた。
告知さえすれば20時の配信時間に、必ず誰かが私を訪ねてくれる。
優しい嘘に満ち溢れた、箱庭の様な空間だ。
目を背けたい日常の、唯一の平穏。
みんなに会いたくて、みんなに見て欲しくて、今日も私はアプリを開く。

1/20/2024, 6:15:26 AM