「逆夢の最中」
ベッドの中で彼は一人、逆夢に溺れていた。
現実では叶わなかった夢を再び追いかけ、
彼は無限に続く空に飛び込んだ。
昔の恋人と再会し、
失った時間を取り戻すかのように笑い合った。
しかし、目が覚めるとそこは冷たい現実が広がっていた。夢の中で得た幸せは、ただの幻影だった。
それでも、彼は毎晩その夢を追いかける。
もう一度、その幸福を感じたいと願いながら。
そしてまた、朝が来る。
夢と現実の狭間で揺れる心を抱え彼は今日も目を閉じる。
「連れていかれた」
彼女は目を覚まし、隣で眠る彼を見つめた。
薄明かりの中、彼の顔は穏やかで静かだった。
しかし彼が目を覚まさないことに気づいたのか、
彼女はとめどない不安を感じた。
彼の肩を優しく揺さぶってみても、彼は微動だにしない。
彼女の心臓が速く打ち始めた。
「ねぇ、起きて。もう朝だよ」彼女の声は震えていたが、
彼は応答しない。彼女は彼の顔に手を伸ばし、
冷たさに驚いた。彼の肌はまるで氷のように冷たく、
心臓が沈んでいくような感覚に襲われた。
彼の胸に耳を当てたが、鼓動は感じられなかった。
突然、部屋の温度が急に下がったように感じ、
彼女は恐怖で体がこわばった。
彼女は彼を必死に揺さぶり、叫んだ。
「起きて!お願いだから!」
しかし、彼の目は閉じたまま、
まるで永遠の眠りについているかのようだった。
その時、彼女は気づいた。
彼の口元に微かな笑みが浮かんでいることに。
そして、その笑みがまるで何かを知っているかのように。不気味だ。彼は一体どんな夢を見ていたのか。
もしかしたら、その夢が彼を連れ去ってしまったのかもしれない。
彼女の背後で、何かが囁く声が聞こえた。
「彼はもう帰れないよ」
振り返っても、そこには何もなかった。
ただ、静かな朝の空気が漂うだけだった。
彼女は震えながら彼の手を握り締めたが、
その手の冷たさは一向に消えることはなかった。
彼女の視界は涙でぼやけ、
彼の穏やかな表情がぼんやりと見えるだけだった。
彼の初夢は、永遠に彼を閉じ込めたのだ。
病室の窓から差し込む薄い光が静かな空間を包んでいた。私の手を握りしめる彼女の目には、涙が光っている。
余命一ヶ月と宣告された彼女は衰弱していく身体を横たえていた。
彼女は思い出を語りかけるが、声は震え、
心の奥底には後悔の影が落ちていた。
「もっと早く気づけばよかった…。もっと早く、あなたを大切にしていれば…」
彼女の声は、切なさに満ちていた。
私は微笑み、かすかな声で言った。
「そんなこと、気にしないで。私たちは十分幸せだった」
しかし、その言葉は彼女の胸にさらに重くのしかかった。
二人の間には、言葉にできない後悔が漂っていた。
もっと時間があれば、もっと愛を伝えられたはずなのに。彼女は私の手を強く握りしめ、心の中で何度も謝罪した。
「ごめんね、愛しているよ」
私の瞳が閉じられ、部屋は再び静寂に包まれた。
その瞬間、彼女の胸には深い後悔が残り続けた。
明日、もし晴れたら
彼は大切な人に会いに行こうと決めていた
彼女とはもう何年も会っていなかったが
手紙のやり取りは続いていた
最後の手紙には彼女の夢が書かれていた
「海を見たい」という彼女の願いに応えるため
彼はその日を待ち望んでいた。
彼は心の中で不安と希望が交錯するのを感じていた
彼女が望む景色を見せられるか 喜んでくれるか
だが それでも彼は信じていた
明日が晴れたら 二人で見る海の輝きが
彼女の瞳にも輝きを取り戻してくれると
そして その日の朝 彼は窓を開けた
青空が広がり 太陽が昇る
彼は笑顔で出かける準備を始めた
彼女の笑顔を思い浮かべながら 明日の希望を抱きしめて彼は新たな一歩を踏み出した
人々の中で消える影
笑い声に混ざらない音
孤独は心に棲む霧
言葉の裏に隠れた孤独
見つめる先に、映る背中
手を伸ばしても届かない
微笑む顔に答えを探す
それでも心は遠くなる
集団の中で感じる孤独
響かない声に沈む心
温もりを求めることなく
だから、私は一人でいたい
僕は空を見上げるのが好きだった。
子供の頃から空を見るのが好きだった。単純に自分より大きくて清々しくて綺麗なものに憧れていたのだと思う。
そんな子供だったものだから、将来の夢はパイロットだった。自分の意思で自由に空を飛ぶのが夢だった。
もちろんそのように勉学、体力づくりに励んだ。体調管理、特に視力を下げないように気を遣った。視力が低いとパイロットにはなれないからだ。お陰でブルーベリーが好きになった。目にいい食べ物というだけで好きだった。
友達づきあいもそこそこに、空を飛ぶための準備に一身に励んでいた。毎日が楽しかった。
パイロットの訓練校に入った。国が運営しているだけあって施設が整っていた。本当はギリギリ落第の点数だったのだが、入学者を増やしていたらしく入学することができた。
そして、初めて飛行機を操縦した。自分が空を飛んでいるという感動に震えた。教官からは注意が散漫だ、操縦に集中しろと説教を食らったが、仕方ないだろう。その晩は興奮のあまり寝付けなかった。前の晩も楽しみで眠れなかったのに、眠気は少しも感じなかった。少しでも長く感動の余韻を味わいたかった。
飛行訓練以外の教科ではあまり点数が取れなかった。飛行訓練も出来が良かった訳ではないが、空を飛べるだけで満足だった。
戦争が始まった。学校の卒業を待たずに従軍するらしい。制服一式が支給されたが、自分ではあまり似合わないと感じた。
学校で成績の良かった極一部のものは、部隊の指揮を任されるようだった。その点は成績が良くなくて良かったと思った。人付き合いは苦手だからだ。
学生を徴発するようだし、戦況はあまり良くないようだった。飛行訓練のときも燃料を無駄遣いしないよう、気をつけて操縦することを求められた。空が少し窮屈になった。
今日も敵地に爆弾の雨を降らす。自分がスイッチを押すたびに爆弾が投下され、人が死ぬ。それでも、やらなければやられるのだとスイッチを押した。
昨日まで同じ部隊にいた仲間が次々と撃墜されていった。護衛の戦闘機がいても安心することはできない。明日は自分ではないかと眠れない日と、疲労から泥のように眠る日を繰り返した。
飛ぶたびにこれが最後じゃないかと思った。空を飛ぶのが怖かった。
遂に撃墜された。
相手は見たことのない機体に乗っていた。自軍の戦闘機が次々に撃墜され、爆撃機はなすすべなく機銃の的になった。
運が良いことに、被弾した箇所は胴体真ん中で五体満足のまま機外に放り出された。運が悪いことに、放り出された衝撃でパラシュートが壊れていた。訓練校でこういった場合の対処を教わったような気がするが、思い出すより落ちる方が早いだろう。
いざとなると、自分が死ぬことはすっと納得できた。たくさん殺した身の上で自分の番が来た時に文句を言えるほど図々しくはない。
落ちながら上を見る。小さい頃から変わらず美しい空が広がっていた。思えば、空を美しく感じるのは久し振りだった。この感動があったから空が好きだったはずなのに、何故忘れてしまっていたのだろうか。思えば飛ぶこと自体はあまり好きではなかった。空を飛んでいるという感覚に酔っていただけだ。好きなのは空を見ることだ。
雲ひとつない快晴だった。これから死ぬというのに、空は忌々しいくらい綺麗に澄んでいた。
徐々に広がる空を見た。
ずっと見ていた。