未完成タイムラバーズ

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僕は空を見上げるのが好きだった。

子供の頃から空を見るのが好きだった。単純に自分より大きくて清々しくて綺麗なものに憧れていたのだと思う。


そんな子供だったものだから、将来の夢はパイロットだった。自分の意思で自由に空を飛ぶのが夢だった。


もちろんそのように勉学、体力づくりに励んだ。体調管理、特に視力を下げないように気を遣った。視力が低いとパイロットにはなれないからだ。お陰でブルーベリーが好きになった。目にいい食べ物というだけで好きだった。


友達づきあいもそこそこに、空を飛ぶための準備に一身に励んでいた。毎日が楽しかった。


パイロットの訓練校に入った。国が運営しているだけあって施設が整っていた。本当はギリギリ落第の点数だったのだが、入学者を増やしていたらしく入学することができた。


そして、初めて飛行機を操縦した。自分が空を飛んでいるという感動に震えた。教官からは注意が散漫だ、操縦に集中しろと説教を食らったが、仕方ないだろう。その晩は興奮のあまり寝付けなかった。前の晩も楽しみで眠れなかったのに、眠気は少しも感じなかった。少しでも長く感動の余韻を味わいたかった。


飛行訓練以外の教科ではあまり点数が取れなかった。飛行訓練も出来が良かった訳ではないが、空を飛べるだけで満足だった。


戦争が始まった。学校の卒業を待たずに従軍するらしい。制服一式が支給されたが、自分ではあまり似合わないと感じた。


学校で成績の良かった極一部のものは、部隊の指揮を任されるようだった。その点は成績が良くなくて良かったと思った。人付き合いは苦手だからだ。


学生を徴発するようだし、戦況はあまり良くないようだった。飛行訓練のときも燃料を無駄遣いしないよう、気をつけて操縦することを求められた。空が少し窮屈になった。



今日も敵地に爆弾の雨を降らす。自分がスイッチを押すたびに爆弾が投下され、人が死ぬ。それでも、やらなければやられるのだとスイッチを押した。


昨日まで同じ部隊にいた仲間が次々と撃墜されていった。護衛の戦闘機がいても安心することはできない。明日は自分ではないかと眠れない日と、疲労から泥のように眠る日を繰り返した。


飛ぶたびにこれが最後じゃないかと思った。空を飛ぶのが怖かった。



遂に撃墜された。



相手は見たことのない機体に乗っていた。自軍の戦闘機が次々に撃墜され、爆撃機はなすすべなく機銃の的になった。


運が良いことに、被弾した箇所は胴体真ん中で五体満足のまま機外に放り出された。運が悪いことに、放り出された衝撃でパラシュートが壊れていた。訓練校でこういった場合の対処を教わったような気がするが、思い出すより落ちる方が早いだろう。


いざとなると、自分が死ぬことはすっと納得できた。たくさん殺した身の上で自分の番が来た時に文句を言えるほど図々しくはない。


落ちながら上を見る。小さい頃から変わらず美しい空が広がっていた。思えば、空を美しく感じるのは久し振りだった。この感動があったから空が好きだったはずなのに、何故忘れてしまっていたのだろうか。思えば飛ぶこと自体はあまり好きではなかった。空を飛んでいるという感覚に酔っていただけだ。好きなのは空を見ることだ。


雲ひとつない快晴だった。これから死ぬというのに、空は忌々しいくらい綺麗に澄んでいた。


徐々に広がる空を見た。


ずっと見ていた。

7/30/2024, 12:52:50 PM