「ウィリアムウィルソン」
テーマ 「距離」
ショートショート ユーモアファンタジー
真っ白で、無機質な空間なのは知っていた。だが、一つだけ部屋の隅に輝く石があった。僕はこの空間に足を踏み入れなくてはならなかったし、自分がどうなろうがもう構わなかった。でも、今のところ生きているのならあの石がなんなのか調べないといけない。この空間はいつの時代でどの種が利用していたのかは分からないが、おそらくあの石を保存する為の空間だったのかもしれない。酸素ボンベには余裕があるが、いつまでもここに居たくはない。僕はその石を拾い、自分の世界へと続く階段を登った。あの空間は気圧も問題ないし、有毒な物質も検知されなかった、放射線も無しとかなり優良だ。僕は運が良かった。これでようやく、釈放される。気持ちが晴れやかだ。他の囚人の中には無惨な姿になってこちらの世界へ帰ってきたことも少なくないと聞いた。でも罪を犯した囚人はそうするしか無かったのだから、仕方ないのかもしれない。だが、僕は運が良かった。それにあの輝く石も手に入った。空間が利用できるかどうかを僕達に調べてもらうことが目的だから、空間の中にある物は持ち帰っても良いのだ。
僕と顔がとても似ていた。それだけじゃない、性格も酷似している。一番驚いたのは名前だ。
「狂気の山脈」
テーマ「終わらせないで」
ショートショート ホラーファンタジー
「こちらの方が温まりますよ」
私は無我夢中でペンを走らせていた、暖を取ることなどどうでも良いと感じるほどに。
「どうも」
私は指し示された位置へ移動した。そこにも机はある、言われてみればたしかに寒かった。
私はことの始まりから、こと細かに自分が見たことを手紙にしなくてはならない。そして、伝えなくてはならない。次の研究活動の計画を中止する必要性を根拠を持って説明しなくてはならない。未知なるものの研究は非常に重要なことなのは分かっている。だが、どうしてガーヴァがこの狂った峰々で行方不明になったのか私は知っている。他の仲間も知ったようだが、私のいる避難所を見回しても仲間たちの姿はない。無事に帰ってこれたのは私だけなのだろうか。
この山脈は甘くない場所だった、特に今日は荒れていたから、不思議ではないのかもしれない。あの未知の存在から逃げ切れただけましなのだろう。
私はペンを進めた。何があったのか忘れてしまわないうちに、気がどうにかなる前に紙に残したい。世界中の研究者に向けて。
•••手紙•••
目の前が見えなかったし早く戻らないと、と思った。もうガーヴァが見つかる気がしなかった。ただただ吹雪の荒れる雪山に狂気のオーラを感じ続けていた。私は捜索のことなど考えられないほどに嵐に翻弄されていた。だが、問題は嵐だけでもない。古代の不可思議な生物がどこにいるのかわからないこと、いつ襲われてもおかしくないことだ。おそらく、ガーヴァは中身を取られたのだろう。ガーヴァの内側はキャンプで発見されたが、不思議なことに外側は無かった。奇妙な形状をした切先の鋭いものでガーヴァは開かれたようだ。おそらく、あの腕のようなものの先端を使ったのだろう。
私たちが研究対象として見ていたものは、私たちを上回る存在だったのだ。あれをネクロノミコンに登場する古代の生き物、旧支配者と呼ぶことにした。
旧支配者は最初、私たち研究チームによって凍結された状態で発見された。発見場所はこの山脈の地層のはるか深く。未だ発見されたことのない大きな空洞のある地層で旧支配者は保存されていた。私たちは近くの石灰岩によってカルシウムが骨や硬組織に取り込まれ結晶化したのだろうと思い、貴重な研究サンプルとしてキャンプに持ち帰ることにしたのだ。
だが、キャンプに持ち帰るやいなや、私たちを乗せるソリを引く役目を担う犬達の様子がおかしくなったのだ。
吠え続け、騒がしく動き回り、檻から逃げようとする犬が出始めた。私たちはそれを、嵐の予兆だと思った。だが、今になって違かったのではないかと思う。
私たち研究チームは研究サンプルを山の麓のキャンプ場に持ち帰った後、それぞれ持ち場のキャンプへ戻ることになった。
「ポリニヤ」
テーマ「微熱」
ショートショート ユーモアファンタジー
「常に10人体制で動く、1人にならないようはぐれるなよ!」そう言われて育った、雪国ではこれが当たり前だ。だがその日は1人で動きたかった。俺は集団が苦手だしな、とはいえ危ないことも分かってる。
俺は動物の観察が昔から好きだった。いつか動物の生態に迫るカメラマンになるのが夢で、紆余曲折ありながらも友人の協力も経てようやく夢が叶ったんだ。その友人も同じ仕事を志していた、今や命を預けられる仕事仲間だ。本当はその日は1人で狼の観察に行きたかった。俺が観察し続けている狼の群れが稀に見せる狩猟をカメラに納めたかったんだ。1人でなければ狼に気付かれてしまう、いや1人でもなかなか難しいものだ。しかし、いいと言ったんだが、友人が心配性で付いてくることになった。
なんせその群れの狩猟は特別で、類を見ない。1人では危ないんだとさ。友人はいちどその群れの狩猟を見たことがあったんだが、カメラに収めることは出来なかったらしい。俺はその友人からその話を聞いた時、心が躍った、狼の中には川を利用して狩猟する群れがいると言うんだから。カメラマンとしての血が騒いだ。見ないわけにはいかない。だが、友人はどうしてカメラに収められなかったのか、危険だったので離れることしか考えられなかったと言うだけではっきりと答えようとしなかった。まぁ川を利用する狩猟以外にも何かあるのかもしれない、あってもおかしくない、そう思った。そしてそれは正解だった。もうあの場所へ行くことは出来なくなった。その場所は山奥の見渡す限りが雪に覆われている地域にある。そんな雪景色の中、凍らずに流れ続ける川がある。ユーコン川といった。氷点下−40°でもその川がなぜ凍らないのか、俺は知っていた。ポリニヤという領域だからだ。地熱の力によって川の底は暖かい、表面は凍らずに不凍川となる。ポリニヤは動植物にとって重要な場所であり、鳥や哺乳動物が餌を見つけたり、生息地を利用したりする場として知られている。俺の目をつけている狼の群れはこの川を利用して狩猟するようだが、よく考えてみればこの川に寄ってきた動物を狩っているだけのようにも思える。だが、これもまたこの不凍川のある場所でしか見られない特別な狩猟なんだ。本当に特別な狩猟だったんだ。あれはユーコン川にやってくる生半可な動物を捉えるための狩猟じゃなかったのさ。鹿や熊、魚が目当てではない。狩猟によってあれを無力化し自分達の縄張りを守ろうとしていたんだ。あれはバカでかい氷のゴーレムのような見た目をしていた。狼たちはあれを追い払うために川に近づいてきたところを狙って攻撃をしかけていたんだ。だが、それは何度も失敗に終わっている。そばにいた友人はこれを知っていたに違いない、なぜ俺に言わなかったのか。それは単純で見たものを信じられなかったようだ。そのゴーレムと思わしきものは
「シャボンの魔人」
ショートショート ユーモアファンタジー
その家族はみんな仲が良かった。
特に子供達の姉妹とそのおじいちゃんは仲がよく、一緒に過ごすことが多かった。姉は優しく明るい性格で、甘いものに目がなく昼の3時のおやつを毎日楽しみにしていた。妹は楽観的な性格でおっちょこちょいな所もあるが姉に似て優しく、可愛いものが好きだった。特に、昼の3時を教えてくれる小さな鳩時計が可愛くて妹のお気に入りだ。姉妹は昼の3時にリビングに集まり仲良くお菓子を食べるのが日課だった。たまにおじいちゃんも来て見たことのない不思議なお菓子をくれるので姉妹は嬉しかった。ある日、姉妹は親にシャボン玉を買ってもらい、おじいちゃんと一緒に家の庭で遊んでいた。その日は天気が良く、風もよく吹いていた。シャボン玉も遠くへ、ふわりふわりと流れて行き心が躍った。姉妹はシャボン玉が楽しくて、次の日も次の日も同じように遊んでいた。けれど、姉妹がそろそろシャボン玉で遊ぶのを飽きて来ていた。他のことで遊ぼうと考えていた頃、おじいちゃんは特別なシャボン液の入った瓶を持って来た。これを使って作るシャボン玉は特別で美しいのだと言った。それだけでなく、重力の逆さになる逆さの地と呼ばれる場所で昼の3時に、この特別なシャボン液でシャボン玉を作ると不思議なことが起こると言った。姉妹は何が起こるのかとても気になったが、おじいちゃんは試してからのお楽しみだと言って逆さの地がどこにあるのか教えてくれた。姉妹は逆さの地へ向かい昼の3時を待つことにした。その地は家からはそんなに離れていないが知っている地域ではなかった。
逆さの地とは知らない普通の池だった。姉妹は少しがっかりして期待外れといったところだった。だが、不思議なことは3時に起こった。妹が持ち歩いている小さな鳩時計が3時を知らせに鳴きはじめた時、池の中央から一本の水柱が空に向かって伸び始めていた。それだけでなく姉妹は不思議と体が軽くなっていくような気持ちがした。どうやら池の中央に向かうにつれて重力が逆転していくようだ。そこで、姉はおじいちゃんの教えてくれたことを思い出した。「早くシャボン玉を吹こう」妹がシャボン玉を吹くとそのシャボン玉は池の中央へふわりふわりと向かっていった。池の中央に近づくにつれ空へとシャボン玉は落ちていく。そして、中央の水柱にシャボン玉が触れた時またもや不思議なことが起こった。今度は空へと落ちていく水柱から大きなシャボン玉が生まれ、それが姉妹のいる方へ向かってくるのだ。姉妹はその大きなシャボン玉に釘付けになった。姉妹の体よりも一回りも二回りも大きいそれはゆっくりこちらへ向かってくる。そして、少しずつ形を変えて、人の形に近くなっていく。姉妹の目の前に来た時、それはランプの魔神のような姿になり、輪郭がはっきりと見えた。人型シャボン玉はこちらを見ているようだ。妹は姉の手を握って怯えていた。姉は勇気を振り絞って、それに尋ねた。「あなたはだれ?」ようやく人型シャボン玉は口を開いた。「やぁ!僕は君たちに呼ばれて来たシャボンの魔人さ!」「君たちの行きたい場所にどこへでも連れて行ってあげるよ」そのシャボンの魔人と名乗った者は元気で丁寧な話し方で姉妹を怖がらせないよう優しく答えた。姉妹はシャボンの魔人と仲良くなりたいと思った。そしてシャボンの魔人に対する質問タイムが始まった。どうやら、昔からこの池に住むシャボン玉のような姿をした魔人らしい、姉妹のおじいちゃんとは知り合いでおじいちゃんが若かった頃からの仲だと言う。シャボンの魔人は子供が好きだそうだ。姉妹はシャボンの魔人をシャボンと呼ぶことにした。「さあ、君たちはどこへ行きたい?」姉妹は考えた。姉は特に行きたい場所は思い浮かばないらしい。そこで妹は「新しい鳩時計がほしい」と言った。「ほう!じゃあドイツがいいだろう!シュヴァルツヴァルトという森近くの街で、鳩時計を君たちのおじいちゃんと買ったことがあるんだ!今日は街でパレードも開かれていることだろうさ!愚者のパレードとか言ったかな」どうやら妹がおじいちゃんからもらった鳩時計はシャボンと一緒に昔ドイツで買ったものだったようだ。姉妹はパレードという言葉に心が躍った。さっそく姉妹はそこに行って見たいとシャボンに伝えた。「よーし、決まりだね!」シャボンは姉妹を自分のシャボン玉の体の中へと包み込んだ。そして、中央へ向かいシャボンは水柱に沿って空へと舞い上がっていく。それから、姉妹は空を飛ぶような不思議な体験をした。シャボンはとても速いスピードで空を飛ぶことができるようだった。あっという間に海の上を飛んでいて、それから4時になる頃には既にシュヴァルツヴァルトという森付近の街に到着していた。近くからパレードの催しや出店、楽しそうな音楽が聞こえてくる。姉妹は興奮してシャボンを連れて街を練り歩いた。なんとも楽しい時間だった。鳩時計のお店で妹が新しい鳩時計をシャボンに買ってもらうことになった。シャボンは店の中に入れないので、シャボンから昔おじいちゃんと来た時におじいちゃんからもらって残っていたお金をもらい。妹は言葉が伝わらないけれど、なんとか少し英語のできる姉と鳩時計を買うことができた。妹はとても嬉しそうに新しい小さな鳩時計を持ってニコニコしていた。シャボンも嬉しそうだ。姉妹とシャボンは近くの公園で休もうということになり、公園で休憩することにした。するとシャボンが「僕の体を構成するシャボン液が少なくなって来たみたいなんだ、まだシャボン液は残ってるよね。それを僕の体に浴びせてくれないかい?」と言った。姉は残ったシャボン液をシャボンに向かってかけることにした。するとシャボンの体は先ほどよりも輪郭がはっきりと見えて回復したようだ。同時にシャボンの体からたくさんのシャボン玉が生まれて、姉妹はまた楽しそうにシャボン玉を追いかけたり、シャボン玉を食べて見たりした。この特別なシャボン液で作るシャボン玉は少し甘くて美味しいようで、姉はこの甘いシャボン玉をパクパク食べていた。妹は疲れたので公園のベンチに座りながら買ってもらった鳩時計を眺めていた。しばらくすると、姉の様子がおかしくなった。どうやら、シャボン液を食べ過ぎで喉が痛くなり苦しくなったようだ。シャボン液が甘く美味しいものだったので大丈夫だと思っていたが、普通のシャボン液とおなじく洗剤に似たようなものなので口に入れすぎると喉に異変が起こってしまうようだ。妹は姉に水をたくさん飲ませたが特に変化はなく、一向に良くならなかった。病院に行くにしても妹は姉を担げないし、シャボンが担いで病院へ連れていくことも目立ってしまってできない。周囲の人に助けを求めようにも少し英語のできる姉のサポートもないので言葉が分からない。解決法がわからないまま、姉は動けないぐらい苦しそうにしているのを見て、妹はシャボンになんとかして欲しい、姉を助けて欲しいとお願いした。シャボンはどうしたら姉を救えるのか考えた。そこでシャボンは何かを覚悟した。「わかった!僕に任せてくれ、姉をある場所へ連れていく。僕が姉を担ぐから妹は僕から離れないよう付いて来てくれ!」妹は頷いた。だが、どこへ向かうのだろう、シャボンに聞いても答えてくれなかった。説明が難しいし、君はきっと反対するだろうから、とシャボンは言うだけだった。姉を担いでシャボンが向かった場所はシュヴァルツヴァルトという森だった。シャボンは森に着くと姉の口を少し開けて体を近くの大木の根っこのとこにうつ伏せにした。妹はシャボンが何をしようとしているのか分からなかった。「大丈夫!もうすぐ下から降ってくるんだ!ここは逆さの地の一つなのさ!それで君の姉は助かるよ!僕は気候を読むのが得意なんだ!」しばらくすると、地面から湧き出てくるように雨が空へ向かって降り始めた。不思議な光景で、妹はしばらくうっとりしてしまった。たしかに下から雨は降って来たがどうして姉は助かるのだろうか、妹は未だ不思議だった。だが、姉は下から降ってくる雨を口に入れると少しずつ喉の痛みが治って来たようで元気を取り戻りつつあった。妹はその様子を見て嬉しくなった。シャボンに感謝の気持ちを伝えようとシャボンを見ると、少しずつ体が小さくなっているようだった。ようやく、シャボンは説明を始めた。
「この森ではよく雨が降るんだ!ただしこの逆さの地では下から降ってくるんだけどね!そして、ただの雨じゃないんだ!この森では酸性の雨が降るんだよ。君のおじいちゃんも来たことがあったからよく知っていたのさ。そして、シャボン液は酸性のもの相殺することができるんだ!シャボン液で構成されている僕はもちろんこのことも知ってる」シャボンはみるみる姿が小さくなり消え掛かっていく。「もちろん僕の体はシャボン液で構成されているから、酸性の雨は僕を消してしまうんだ。けれど、君の姉を苦しみから救うにはこれしか無かったと思う。僕が消えてしまうことを言ったら君は反対しただろ?だから言わなかったのさ!大丈夫、この国では昼の3時はあと1時間後ぐらいだから、ここの大木を中心とする逆さの地で3時にそのシャボン液で、また僕を呼び出すと良い。それで家に帰れるさ!けれど、きっと、、それはもう僕じゃ、、、」最後に何かを言いかけてシャボンは消えてしまった。妹は悲しくなった、同時にシャボンに対する感謝の気持ちがこみあげてくる。姉は元気を取り戻し、泣きそうになる妹を抱きしめた。空へと落ちていく雨に打たれながら、姉妹はお互いを抱きしめた。
そして、1時間後の昼の3時、残っていた特別なシャボン液で姉はシャボン玉を作った。ここの逆さの地は重力が逆になる中心はシャボンが言っていた通り大木にあるようだった。シャボン玉は空へ向かって落ちつつ大木へとふわりふわり近づいていき、大木に触れた。その時大木から大きなシャボン玉が生まれ姉妹へとふわふわ近づいてきた。姉妹はドキドキしていた。また、シャボンに会える!そう期待していた。そのシャボン玉が人型になり輪郭がはっきりすると、姉妹はそのシャボンの魔人に抱きついた。シャボンの魔人は言った。「僕を呼び出してくれてありがとう!初めましてだね!僕は昔からここの逆さの地に住んでいるシャボンの魔人さ!行きたい場所へ連れていくよ!さあ、どこに行きたい?」
姉妹は、もうシャボンに会えないことを悟った。けれど、シャボンとの思い出を大切にしようとそう思った。
姉は新たに出会ったシャボンの魔人に言った。
「家に帰りたいの」
「早くこの鳩時計をおじいちゃんに見せたいな」
と、妹。
「わかった!すぐ送り届けるさ!」
シャボンの魔人が言った。
「棺」
ショートショート
テーマ「どうしたらいい?」
私は血を吸って暮らしている。人間の血。
今日もいつものように、人間のふりをして、夜の街を散歩していた。
私は暗くて狭いところが好きだ。そんな場所を求めて街を練り歩く。
その日は教会の近くを通りかかった。
その教会の敷地は広く、周囲は電灯に照らされている。
敷地内の庭に黒色の落ち着いた装飾のされた木製の棺があるのを見て足を止めた。棺は四つあった。どの棺にも蓋には十字架が刻まれている。
近頃葬式があったのだろうか、それともその準備だろうか。私はその棺に少し興味を持った。
中に入って眠りたいと、そう思った。
次の日もその教会の方へ歩いて行き、庭の外から棺を眺めていた。しばらく眺めていると、あるアイディアを思いついた。庭に棺は四つもある、一つなくなったところでバレても大事にはならないだろうし、今夜だけ借りて明日には元の位置に戻しておけば良い。そう思った。
私は好奇心が勝って行動に移った。まず、あたりを見回したが人影はない。電灯であたりがよく見えるので間違いないと思う。逆に言えば私の姿はよく見える。人間に見つかってしまう可能性が高いので、すぐに棺を持って、近くの屋内に入る必要がある。私は棺を担ぎ、少し離れたところにある廃墟の教会にこっそり入り込んだ。窓のない部屋を探していると、地下室への入り口を見つけた。私はラッキーだと思った。地下への階段を降りていき、電気をつけた。その地下室はどうやら教会の備品を置いておく部屋だったようだ。今はもう使われていないだろう。私はそこに棺を移しさっそく中へ入った。
やはり、この木製の棺の中は心地が良かった。今夜はもう眠りについて、明日起きたら元の庭へ戻しに行けば良い。そう思った。だが、問題は今夜の内に起こった。
私がウトウトして眠りに落ちそうにしている時に、天井から足音が聞こえてきた。私の眠気はさっぱり冷め、すぐに棺から出ようと思ったが、どうやら人間は1人ではないらしい。もし地下室へ複数の人間が来たらいくら私でも叶わないだろう。この街では私の噂は少なくない。自警団が結成されているという話も聞いたこともある、中には銀の弾丸を持っている人間もいるだとか。ここは棺の中で、地下室の扉が開かれないことを祈るしかない。
だが、その懸念は現実になった。扉が開いた音がして、階段を降りる足音が近くなってくる。「こんなところに隠れたのか?」「大きな箱を担いでいたらしい」そんなら声も聞こえてくる。もう棺の中で息を潜めるしかない。この人間達は、ここに誰かが入っていくのを見たという近隣の人からの通報を聞いて来たのだろう。私の考えが甘かった。