【イブの夜】
遠くから陽気な音楽が聞こえる。聖人の誕生を祝う外国風味漂う曲。歌に吸い寄せられるように浮き足立つ人々とすれ違う。そんな場所から背を向け、僕はひとり暗闇に向かって進んでいる。別にその空気からハブられてるわけじゃない、その証拠に僕の手から特製チキンが2袋も下がってる。むしろ僕だってその空気に参加しに行く側と言っても過言では無い。
積もった初々しい雪にしっかりとブーツの跡をつけながらも僕は前へ。時折お手手を仲良く繋いだカップルたちと出会うけれどにこやかに微笑みかけて横を通り過ぎる。……そこのカップル今キモイって言ったな後でおぼえとけよ?
そうこうしているうちに目的地も近づいてきた。白い街灯が反射する白い雪に包まれた切なさと寂しさを内包した、ロマンチックと呼ぶには静かすぎる風景。
告白するのにぴったり。そう思ったのは僕だけでは無いみたいで、丁度カップルが一組座っているのが見えた。真剣な眼差しとその頬の赤さは寒さのせいなのか、それとも。まぁ、今はどうでもいいか。
大事なのはお互いに愛を誓うような2人がそこにいること。2人とも僕の知り合いなこと。
ずんずんと雪をかき分けスピードが上がる。
2人の姿も大きくなっていき、状況もキス手前くら今で盛りあがってきている。急がねばなるまい。
イブといえば性夜と名高い。このまま行けば2人は僕と会う前に自宅をラブホテルに変えてしまうだろう。
僕は決戦に赴く武士がごとく気持ちを急がせた。
丁度、キス寸前。ギリギリ間に合った。
喰らえ。
「浮気と寝取り許さないチキンアタック!!!!」
手に持ったチキンの袋を力の限り投擲する。
キスは妨害され2人の丸くなる目も時期に袋で見えなくなり、恐ろしい命中精度が顔面にクリーンヒット&ダイ。
「ざまぁみさらせ!!!」
僕の完全勝利だった。
2人は目を回していて僕は元気。
この雰囲気じゃ性夜に連れ込むことも出来ないだろう、くそったれ。笑いが込み上げてくる。
せめてもの抵抗として2人の前から走って逃げだし、やはりこらえきれずに笑いが大噴火。だって、あいつらの顔と来たら!
この世で最も愉快なクリスマスプレゼントをありがとうサンタさん。自給自足だし、未だに涙も止まらないけど。
【プレゼント】
ハッピーバースデー!
クラッカーの音が僕にかかる。
家の中には家族4人。父、母、姉、兄。
妹は僕の手を掴んで一緒に入ってきていた。クラッカーの音にびっくりしてたけど、今はキラキラした目をしている。もちろん僕も同じ顔だろう、だって僕の誕生日だし、サプライズも嬉しいから。
みーんな笑顔で誕生日を祝ってくれるの、こんないいことも無いだろ?
クラッカーの雨をアタマに乗っけたまま、僕と妹は両親に突撃する。
「ありがとー!!」「がとー」
がっしりと頼れる体で受け止めてくれた父さんと、後ろから抱きしめてくれる母さん。姉さんと兄さんは2人で頭を撫でてくれる。改めて見回してみると、部屋の中は色々飾ってあるし机にはプレゼントも置いてある。美味しい料理だって!
それにそれに。クリスマスよりも僕の誕生日を優先してくれたのがほんとに嬉しい。兄さんや姉さんだってサンタさんからプレゼント貰いたいだろうに。
きっと明日の2人と妹の枕元にはどっさりとプレゼントが置いてあるに違いない。
おめでとうの言葉もそこそこにパーティが始まる。
もちろん、僕が特等席!妹も膝の上でバッチリだ。
「ほんとに生まれてきてくれてありがとうね、これプレゼントだよ」
席に座るとみんなから愛の言葉とプレゼントが渡される。なんだか心がとってもポカポカしてすごくいい気持ち。だからお返しをしなきゃと僕は思ってたんだ。毎年恒例だからこそ。
「今年は僕からもプレゼントがあるよ!」
サンタさんに貰う分だけじゃなくて、僕の感謝の気持ちもクリスマスの素敵な贈り物にのせてみんなに渡したい。母さんに隠しておいてもらった戸棚の中のプレゼントを出してもらう。ヒゲモジャな顔でニコニコしながら手伝ってくれる父さんはスキップでもしそうだ。
僕のお小遣いじゃ少し足りなかったから、兄さんとか姉さんとか父さん母さんにいっぱいお手伝いをして頑張って集めたプレゼント。
「いつもありがとう!」
僕を愛してくれて!
貰ったみんなはそれぞれ号泣しててさすがの僕もちょっと困った。妹はとっても喜んでいたんだけど、みんなの空気に当てられてやっぱり泣いてて、僕も泣いちゃった。でもお母さんに怒られた時とは違ってなんだかすごく安心したのがびっくりしたよ。
その日の夜、僕はみんなみたいにワクワクして眠ることは無い。誕生日プレゼントの中にサンタさんからのプレゼントも混じってるからみんなより先に貰えるんだ。だけど、少しだけ不満もある。こんなに楽しくて嬉しいのにそんな不満は言うべきじゃない。でも僕もみんなと同じようにサンタさんにワクワクしながら寝たいな、ってそう思う時も少しはあるのが事実。
けど。
「あのね、兄様」
妹がベッドの中に潜り込んできた。
「どうしたの?一緒に寝る?」
「うん、でもそれだけじゃなくて。」
いつもよりも1人多い体温が混ざり合う布団の中。さらに身を寄せてくると互いの吐息も混じり合う。思わず2人してじーっと見つめあって……。ふっとどちらからともなく笑いが漏れる。クスクスという笑い声はもしかしたら父と母に聞こえているかも。でも、そんなことはどうでも良い。可愛い妹の言うことを聞くのはお兄ちゃんの役目なんだから。
「あのね、クリスマスプレゼント」
はい、と小さな手が小さな箱を僕に渡す。けれど彼女は既に。
「誕生日プレゼント貰ったよ?」
「んーん、ちがうの、クリスマスのプレゼント」
違うらしい。よく分かっていないけど、これはこれで嬉しい。ありがとう、という気持ちを込めて頭を撫でる。
「うん、にいさまは誕生日プレゼント貰うけど、クリスマスは貰えないから、私がプレゼントの交換してあげよーって」
小さな声だった。けれどそれは僕の目の前で大きく拡がった感情の起爆剤でもあった。思わず、と手が出る。「わぷ」妹を胸に抱き寄せ可愛さに大好きと言い続ける。
つまりは誕生日とそのお返しはしたけど、クリスマスのプレゼント交換をしてないから、ということ。
とてもとてもいじらしくて愛らしくて心の中で嵐が渦巻くようだった。愛が爆発を起こしていた。
あぁ、不満なんてたれていたのがバカみたいだ。
だってこんなにこんなに可愛い妹が僕のために。
小さくてそれ以上に暖かくて。大きなプレゼントをくれるサンタさんは来なかったけど、結局僕にはもっと大きなプレゼントをくれる天使がいた訳で。
雪の降る聖なる夜に。
僕は何があってもこの子を守ろう、そう誓った。
【ゆずの香り】
ガタガタと荷物が揺れる。地平線には赤く燃える大洋。尻はサドルに落ち着けてボクは夕日に照らされる。火照った体を流すような心地よい風。滴った汗もずっと後ろへ。
オレンジとか赤とか暖色系は爽やかってイメージじゃないのに、なんだか青春を感じてるみたい。
それにこの坂を下ってると頭で2人組のバンドが歌い始めるんだよね。愉快なシャカシャカ音が流れてくる。
「お、ひろっちー」
どうでもいいこと考えていると、女友達が歩いているのを見つけた。というかあっちから声をかけてきた。こっちはまだ自転車で風を感じているけどあっちは結構暑そうで額から伝う汗が妙に目を奪う。
「きいてるー?」
「あ、無視してた訳じゃないごめんごめん」
手を合わせると、彼女はぷくっと頬を膨らませる。
ご立腹のご様子。
「あんなぁ、ウチが自転車壊してせっせこ歩いてるのに自分は気持ちよくご帰宅してウチの話も気もそぞろだなんて許せんで?」
「だーから悪かったって。コンビニでアイスでどうよ」
こいつにへそ曲げられるとこっちのクラス生活も怪しくなるし。あともう少し話してたい。一人で帰るよりかね?決して変な意味じゃなくてね?
だけど、そんな僕の常少ないお小遣いからの痛い出費だけでは足りないらしい。
「もー、何したら許してくれるんよ」
多分自分でも結構情けない顔してると思う。困り眉でへにょへにょーって口で。だからか、彼女はつーんってしていた態度を一気に崩して笑い転げた。すずどころかやかんが転がってそうなくらい。耳馴染みのある笑い声が収まると涙が残る目をこっちに向けて、小さくつぶやく。
「のせて」
「え?」
思わず聞き返すと、彼女は自転車に手を置いて言う。
「だーかーらー、乗せてーなって」
「あー、ええで」
彼女の方が家遠いしまぁ明日あたり返してもらえば良いか、と気軽にハンドルを開け渡そうとする。が手が離れない。彼女の手が僕の手を掴んでいた。
「違うって、このすかぽんたん」
「ひっでー、何が違うん」
「後ろに乗せてって言ってんの!」
彼女の感情表現が激しく腕を揺らす。
つまりはそういうことで。
「え、でもあぶないで?」
「ドラマと違うのは知ってる!でもウチだって女の子だもん」
思わず夕焼けに照らされた彼女の顔を見る。彼女は怒ってるような困ってるような顔で夕日に彩られていた。
「じゃ、じゃああれ、な?」
「う、うん、よろしくな?」
ぎこちなさと心地良さが混じった手を取って後ろに乗るまで待つ。カバンとは別の小さい温かさが背中に乗っけられた。心臓の音がとてもうるさい。
だって彼女だけに言わせときたくないから。
「じゃあ進むぞ?」
「え、ええで。ばっちこい!」
「覚悟決まりすぎ。あとな」
「ん?」
「俺もお前のこと好き」
頭の中にゆずの香りが残る。夏の色として、きっといつまでも忘れないだろう。
【大空】
ふと家を出た。
気分がくさくさしていてなんとなく部屋にいたくない気分だったのだ。
アスファルトが続く道を前へ。目的地もなくどこか遠くへ。どれだけ歩いてもあまり景色は変わらない。たまに人の足が視界に入る程度。
特別嫌なことがあった訳じゃない。
お母さんに怒られた。テストの点数が悪くって。だけど怒られるのなんていつもの事だ。自分が悪いのだって分かってる。
でも、いつもの事だから。嫌なことが積まれて積まれて、積まれて積まれて、いつのまにか目の前全部が灰色になるくらい影を落としていたんだ。このままじゃダメだから、影の中から出ようと歩き始めた。遠くへ行かないと影から出れないと思ってただがむしゃらに歩き続けた。なにか特別なことが起こってこの嫌な気持ちも全部消化できるだろう、なんて信じてもないことに縋っていた。
ずっとずっと歩いていると、ベンチがあった。そこでようやく自分の疲れを自覚する。鉛のように重い足を引き摺って腰を預けた。
思ったよりも疲労が溜まっていたようでどうにもこうにもすぐには再開できそうもない。せっかく変えようと外に出たのにこのザマかと思うと、悔しくて少しばかり心の痛みが漏れ出た。
いつまでそうしていたことだろう。涙はいつのまにか止まっていて、子供の声が代わりに聞こえてきた。何となく視線をあげる。そこでようやく公園のベンチに座っていることを自覚した。笑ってしまうことにことここに至るまで自分がどの場所を歩いているかすら知らなかったのだ。ますます影から抜け出せるわけもない、なんともまぁおかしな道中を歩んでいたものだ。
幾人かの子供がお日様の下、楽しそうに遊んでいるのが見える。今の自分には少しばかり眩しい。けれど目をそらしてはいけない気もする。幸いにもベンチは木陰だから、しばらく視線を彼らに預ける。
鬼ごっこだろうか、遊具の上で走り回ってるのは危なげでありつつ、子供のハツラツさを余すことなく伝えている。
そんな遊びもひと段落ついたのだろうか?
みんなが集まってジャングルジムのうえに集まり始めた。そうして1人が思いっきり指を上に向けていた、それはそれはお日様のように輝く笑顔で。
そんな陽だまりへの憧れは私の視線も吸い付け、自然と上を見上げる。
息を飲んだ。
それは全くもって特別ではなかった。
けれども、今の私を殺すのに必要なものだった。くさくさした気持ちも何もかも丸ごと。
そんな気持ちごと吹き飛ばすようなどこまでも突きぬけた青い青い大空。そして1本の凛としたひこうき雲が、その彼方へ迷いなく進んでいった。
ああ、こんなに簡単な事だったのか。
下を向いてがむしゃらにやるのだってきっと大事だ。でも、きっとたまには上を向かなきゃ、見たいものも見れなくなる。ただそれだけの事が分からなかった自分がたまらなくおかしかった。
ベンチから立つ。
いつしか足はとても軽くなっていた。
いやたとえ重くなったって、今日と同じようにまた空を見よう。大空にいる自分を描くために。
【ベルの音】
消えたい、消えてしまいたい。
鋼鉄の扉の目の前、寒い廊下の前僕は立ち尽くしていた。つけっぱなしのテレビが居間からやかましく騒ぎ立てる。
早くしろ、早くしろ、早くしろ。
ベルの音がなおも心を穿つ。
扉を開けたくない。だというのに僕の選択を世界は認めたくないように否定し続ける。
きっと、そう思っているのは僕の心の弱さゆえなのだろう。
たかが、学校で上手くいかなくて。
嫌な奴らに目をつけられて。
学校に行かなくなって。
助けてくれなかった先生が自宅まで来て。
僕の安否を心配して毎日呼びかけてくれたとしても。
その場に出ていけない、他人を信用出来ない僕の弱さが良くないんだろう。あの先生ならきっとそれさえも仕方の無いことだと受け入れてくれる。他の誰がなんと言おうと、私だけは君を好きでいるよ、なんて甘い言葉を言われたこともある。本当に本当に優しい先生なんだろう。だからこそ、僕は信用出来ない。
きっとその言葉は僕だけじゃないから。
そして、それを言えるほど強くもないし、そんな傲慢と独りよがりを煮詰めた性格でも人格を捨てられていないから。無意味な抵抗だ。ここで食い下がるほど彼女にその手間をかけさせてしまう。先生としてベストを尽くしてしまうのに。
僕はその対象が、僕だけに向けられていて欲しい。
僕は弱くてなんの魅力もないから、きっと先生からの愛を受け取ってそれを失ってしまえばもう立ち直れない。だって、他の人の方が先生からの友愛を受けるのに相応しく愛嬌や才能があるのだから僕のことなんて直ぐにどうでも良くなってしまうはずだ。
それにこんな手間をかけさせてしまっている僕のことを嫌いにならないはずがない。そうでないとおかしい。世界が間違っているわけは無いんだから、きっと今の先生の役を終えたら僕のことを嫌な奴として認識して、徐々に会話もしなくなっていくだろう。だっていつもそうだった。僕が悪いのだけしか分かっていない、そんな関係をずっと。
だから受け取る前に、消えてしまってどこでもない場所で最期を迎えたい。
だけどだけど。
世界はそんなこと許してくれない。
いつも、努力をしない僕には厳しいから。
ベルの音はいつの間にかやんでいた。
ずっと耳元に貼り付いていたそれは消えて、テレビの音しか聞こえない静寂。きっと諦めたのだろう。
あぁ、そうだ。僕が諦められるのに相応しい人間であることをまた証明した。
「ガチャリ」
扉に背を向けた瞬間。後ろからノブを回す音。
急いで振り返ると、それは開きかけていた。
何も出来ないまま、目を剥いていると外の光とともに先生が室内に飛び込んでくると、お互いに予期せぬ邂逅に驚く。何も言えない時間が流れていく。
だが、彼女には同行人がいたらしい。大家さんが僕の顔を見て
「なんだい、元気そうじゃないか」
そう言うと帰っていく大家さん。
知らず止めていた息を吐き出すと彼女とシンクロしていた。
「返事は無いのに、過呼吸みたいな音が聴こえてきたから」
そう前置きをして僕の差し出した水を飲む彼女の頬は赤かった。
「大家さんに説明して鍵を開けてもらったの。
結果勘違いではあったんだけど」
ベルの音を気にしていた僕がバカみたいだ。
あれだけ色々ぐつぐつと煮えたぎっていた思いがそんなことで無意味になってしまった。
実際に会ってしまうと、想像していたよりもずっと彼女は僕の身を案じてくれていた。それが万人ものであってもいいと思えるくらいに。
心の中の警鐘も今は小さく消えかけるぐらいに。