お否さま

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12/20/2024, 5:17:44 AM

【寂しさ】
ぱたん。
私しかいなくなった部屋に空っぽな音が響く。
その音で去ったことを実感し、ふと胸が苦しくなった。
先程までソレはそこにあったのにもう跡形もなく溶けてなくなってしまった。手を伸ばしても、もう同じ感情は戻ってこないだろう。得られるのはきっと歪んだ欲望といっときの安心感だけ。その後のことを考えるととてつもない恐怖に襲われる。明日の朝に自分の行いにハッキリとした代償が待っている。無情な感情が私を突き刺してもうどうしようもないほど情けを乞うてしまうだろう。
想像は妄想ではなく確たる未来。
分かっている。分かっているというのに。

テーブルから離れられない。テレビの音がうるさい。視界がぐにゃりと曲がり始めた。ああ、私はどうしたらいいというのか。
彼は本当に悪い人だ。
私にこんな酷な選択を残して、消えてしまうなんて。思い続けた気持ちを無視して既製品を押し付けて、都合よく私を扱うだなんて。それを拒む選択が出来ないって知っているくせに。
本当ならそんなもの払い除けなきゃ、急いで外に出なきゃ。そう思う体は自覚をしているのに一切動こうとしない。
彼が私に残したものはそれほどまでに私の中で、大きな感情と成り果てていた。このままで醜く肥えた豚のようになってしまうと分かっていても動けない。それのことを考えるだけで、私の中の獣が物欲しげに腹を鳴らす。
あなたが欲しい。今すぐに妥協なく容赦なく呵責なく如才なく遠慮なく食い尽くしてしまいたい。
口寂しさにその名を舌で転がす。けれど感情は強まるばかり。
もう、耐えられなかった。

私は、もう一口と手を伸ばした。
テレビでやっている有名店のではなく、スーパーで売っていたシュークリームに。
彼は気は利くし好きではあるのだがこういう部分は厳しい。

ああ、明日の体重計が憂鬱だ。

12/16/2024, 11:58:52 AM

【風邪】

ぴぴぴぴ。
無機質な電子音に画面を見る。

「ぐぁ〜よりにもよって今日かあ」

数字は無情にも平熱を上回っていた。
他の日なら多少無理してでも出ていったんだけど。

「山登りなんだよなぁ……」

さすがに許されないだろうし、明日以降に地獄を見るのは確定したようなもんだろう。なんなら昨日からなんか上手く鍵がかけられんなぁと悪戦苦闘してたけどこんなことになるとは。
だるい体をどうにかベッドから引きずり出してケータイに手を伸ばす。コール音が響く中、机に手を置いて体を支える。空気も冷たいぐらいの早朝、友達は起きているだろうか。せっかく起きれたここを逃すと、寝こけるのが確定している。そうなれば友人にいらぬ心配かけさせてしまうだろう。
しかし、そんな心配こそ杞憂であった。

「おはよ。めいやんどしたー?」
「あー、おはよ。じつはな」

頼れる相棒は、こんな時でも頼りになる。
私の事情を知ると了解した、という簡潔な返事とゆっくり休め、また今度行こう、と誘ってくれた。
申し訳なさもあるがそれを感じさせないように、能天気にかつ優しく振舞ってくれるのは風邪時にはとてもとても助かる。
とにかく1番の心配事は片付けた。残りの心配事は食事だ……まぁ最悪食わんでも何とかなるだろ。少しほっとしたせいか、途端に体の力が抜けていく。視界が暗くなっていくのが自分でもよくわかった。

「ぐ」

なんとかベッドに体を預けると、今度こそ本当に意識が消えていった。電話の音が聞こえた気もしたが今の私にそれを取るだけの気力は無かった。


ふと、目を開けると室内がオレンジ色に染まっている。多少は熱が引いたのか、体も軽い。起き上がって時間を見るとなるほどもう16時を大きく回っている。

「思いのほか寝てしまったな」

うぐぐ、と伸びをして体の凝りを伸ばすと何となく額に違和感。触ってみると、ぷにぷにしてる。多分冷えピタだと思うが……。

「あれ、貼ってから寝たっけ」
「私が貼ったんよ、おはよめいやん」
「うおおおお!?」

急に開いた扉から見知った友人が出てくる。予想もしてなかった私は自身のテリトリーに知らない人間を感知して総代にキョドってしまう。

「地の文でキョドっても私にわからんて」
「伝わってんじゃねーか」


「とにかく、山登りしてたんじゃないのか。それに鍵も……」
「あの後もっかい電話かけたんに出なかったから心配でこっち来たんよ。どっちにしろ今日の予定キャンセルしてあんたんとこくるつもりやったしな。」
「うーあー、ほんっとーにすまん!」
「あと、鍵はきちんと閉めな?昨日から体調悪かったんかもしれんけどガッツリ開いてたで」
「うっそー……」

もう衝撃の事実が続きすぎて、容態が悪化しそう。
なんでだよ、昨日のドアとの激闘は夢だったのか……?あれ、てか他の奴らももしかして来てる?

「いやみんなでどやどや押しかけるのも悪い思て、私だけで来たんよ、独占できるし」
「うわぁー配慮まで行き届いてるありがてぇ。
でも多分お前が昨日、遅くまで変な酒飲ませたのも原因だろうから素直に感謝もしづらいな……」

苦手だし次の日登山なのになんで酒誘ったんだよほんとに。楽しかったけど、あの酒だけは二度と勘弁。なんならあれ飲んでから調子悪い気がするし。

「やから責任感じてうちが来とんねん。ほら病人は寝とき寝とき。お粥作ったるから」
「おかんかて。まぁでもやっぱお前がいてくれるだけでだいぶ安心するよ、ありがとう」
「なぁにいつにもなく素直やん。張り切っちゃおうかな」

ルンルン気分で台所へ向かう相棒を見送って、たまには風邪でもいいかもななんて、思った自分は悪くない。あと、登山メンバーにもいたけど恋人がこいつと鉢合わせしなくて良かったなぁ、なんて今更脳裏をよぎるのであった。

12/15/2024, 10:09:10 AM

【雪を待つ】
思えば、あなたを想い続けてきた人生だった。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も。
悲しくても、寂しくても、楽しくても。
私にとってあなたは全てだった。
あなたの力になりたいと願い続けた。だから、この結果は本当に私のせい。

「ありがとう」

目の前で美しい花が咲く。それは、私が育てて、別の誰かに摘み取られた花。手間をかけただけ、その笑顔はかえがたいものとなってそれが酷く私の胸に突き刺さる。いっそ、見なかった振りをしたい。
けれど現実は残酷なまでに目を逸らさせてくれない。

「あなたのおかげ。大好きだよ」

「ずーっと」

「友達でいてね」

それは世界で1番可憐で、そして私のみを傷つける刃物だった。


初めは、ただの友達だった。
いつしか窓際で微笑む君を見て目が離せなくなり、恋だと気づくまでそう時間は要らなかった。けれども彼女は友達しか必要としていないみたいで、だからこそ唯一の男友達だった私を信頼してくれた。特別感に酔っていて、将来君のとなりにいるのは自分だと信じていた。
だからこそ、『自分だけ』で君を寂しくさせる時間があってはいけないと思って男友達の輪に入れたり、逆に女子の輪に友達を連れて一緒に遊びに行ったりした。独りよがりではなくて、君も嬉しそうに楽しそうに笑っていた。
独りよがりでは、本当になかった。だからこそ。

「好きな人が出来たの」

何を言っているか分からなかった。いや、君から1番聞きたくなかった言葉だからこそ最も理解していたが、耳に入れたくなかった。

「君の友達の𓏸𓏸くんなんだ。ね、親友、協力してくれる?」

私が見た事のない、ラズベリーの笑顔。
私以外に向けられているその笑顔を、それでも私は守らなければならない、とそう思った。まだ思っていたのかもしれない。必死に君のために頑張れば、私の良さに分かってもらえていつか告白してくれる、なんて。

皮肉にも私には仲人の才能が有り余るほどにあった。
何より周囲の人間は、憎い友達も含めて良い人間だった。だから恋心を知って身を引こうとしたそいつを説得し、全力で友達のために動いた。涙が零れていた。ああ、人のために動くのがとてもとても素晴らしい。

「君がいたから、僕はここまで来れたよ。人を好きになれるようになった。ありがとね」

イタズラげで、照れ隠しで、それでも感謝だけは痛いほど伝わってくる言葉を原動力に私は、止まれなかった。
その結果が。


彼女と別れた帰り道。冬が体にしのびよる夕方。
どう答えたか、なんて記憶に残っていない。
ただ、精一杯の愛想笑いと激励でその場をやり過ごした。きっと私の人生の決定的なハイライト、観客が涙するほどの名演だろう。その観客は開幕から終わりまで一人しかいないのだろうけれど。
そう考えると笑いが込み上げてくる。口を開けると堰を切ったように喉の奥から感情が込上がってきた。

灰色の空に独つ、その狂ったような声がいつまでもいつまでもひびき続ける。

私は、雪を待つ。
きっと降って私のか誰のか分からない足跡を消してくれるまで。

12/15/2024, 9:18:15 AM

【イルミネーション】

イルミネーション。
嫌いだ。
チカチカと絶妙にうざったいのが嫌いだ。
眩しいと文句をつけるほどでも無いが、近くでスマホをいじっているとどうしても気になるレベルの光が嫌いだ。
嫌いと言うとおかしいと言われるのが嫌いだ。
人それぞれ好みがあるだろうに「あんなになんでもないものを嫌いがるのはおかしい」と言われるのが日常に侵食しているようで嫌いだ。
一時期しか出ない上にメインの装飾でもないのに主役ヅラをしているのが嫌いだ。
クリスマスという一時期にしか出ないのに「イルミネーション」と言うとみんな期待を寄せるような華やかな顔に変わるのがまるで自分だけ奇妙な世界で過ごしているようで嫌いだ。たかがほかの装飾が夜でも見やすいように照らすだけど役割の癖に自分で光るからと主役を食うのが嫌いだ。

嫌いだ。
蛾のように周囲に人が集まるのが嫌いだ。
大したものでも無いのに華やかさにつられてこんな寒い空の下やれアベックやらやれ家族連れやらが見学に来るのが風邪ひくリスクを考慮してもこっちを優先するバカバカしさが嫌いだ。
特に恋人でもない若者たちが集まるのが嫌いだ。
イルミネーションのように一時の思いで告白を告げ、一時の関係を続けて良い思い出苦い思い出と経験値のように話すのが色恋とクリスマスを神聖視しているみたいで嫌いだ。人が死んだ日だぞ、正気の沙汰では無い。
嫌なことを思い出すから嫌いだ。
飾られる季節でもないのに言葉端に出るだけで、嫌いな気持ちを思い出して憂鬱になるから嫌いだ。そして嫌な顔をするだけで異端者扱いされるから本当に嫌いだ。

嫌なことを思い出すから、嫌いだ。
煌めく光の中、いちばん美しい思い出が割れたガラスのように戻らなくなったから嫌いだ。
彼女が呼び出した僕に別れを告げて他の男の元へ走り去ったから。
そうなる原因が普段の僕のダメさ加減のせいだったから。
本当は君は寂しそうな顔をしていた、なんて思い出を上書きしているから。
この季節になる度に思い出すから。
嫌いだ。
たとえ僕に勇気があって努力を欠かさなかったとしても二度と届かない現実を突きつけてくるから嫌いだ。
大概の人がここで変に気遣おうとしてくるから、申し訳なくなって情けなくて女々しくて気持ち悪くて寒くて惨めで。
今でも、ずっと1人のまま気の抜けた毎日を続けてしまった僕が、光のせいでショーウィンドウにバッチリと映るから嫌いだ。反射が激しければ見えないのに。
メインの役だと思っていた、手に残った箱入りの指輪が、サブ以下に成り果てて部屋の隅に放り投げられているから嫌いだ。
周囲の人の目線が最後まで苦しくて何も見ないふりして走り去った自分を消し去りたいと思うから嫌いだ。こんな恋ならしなければよかった、なんてあの子の存在を否定してしまうから嫌いだ。
嫌なことを思い出したから本当に嫌いだ。

クリスマスにバイトを入れて、イルミネーションの近くで独り仕事をする自分が大嫌いだ。

12/13/2024, 10:01:35 AM

【愛を注いで】

娘が事故にあった。
それから全てがおかしくなってしまった。

それより前からあの子は珍しいことに、妻より私の方を好む傾向があった。けれども、あの事故以降そんな言葉で足りないほど私に執着するようになった。
花も綻ぶような笑顔で私に言うのだ。

「もっと私を愛して」

これは母が居なくなった少女の精一杯の感情表現なのだ。その時の私はそう思った。自分が失意にいる内に子供に酷な環境を強いてしまった、と自責に駆られ時間を取り戻すように際限なく彼女に愛情を注いだ。それが悪い事だったとは絶対に言わない。全ての子供は親に無条件に愛されていなければならないし、それを否定などどれだけ苦しくとも言わない。だから、何が悪いかと言われれば。

きっとタイミングが悪かったのだろう。

「ねぇ、お父さん」

考え事をする私の耳に甘い声が入り込む。
声だけでなく後ろから艶やかな匂いも包み込んできた。ゆっくりと耳元に熱い息がまとわりつき、私の思考は瞬く間に絡め取られる。

「ね?」

一言だけの囁き。けれど耳もとで告げられたそれは実際の音よりも大きく、心の中に落ちてきた。先程の思考までも霧散し、必死に逸らしていた蜜のような震えが条件反射的に彼女の体に手を伸ばす。

「ふふ、いい子」

言葉では私を褒める。しかし彼女は遠慮がちな私の手に不満のようで、腹を撫でる指はそこから先に進まない。自然、期待が痛いほど膨らみ思考はさらに溶け去っていく。きっと彼女の目には、人が獣に変わっていくように見えていることだろう。だが、私はこんなことは。

「だー」

「……めっ」

首元に甘やかな痛み。
しとやかに濡れそぼる瞳孔とその奥に燃える、異性を犯し尽くす情念。もう抑えは効かなかった。

気づけば彼女の小さく、細い体は私の腕のうちにある。取り返しも逃げもできない位置に。

「ね、お父さん」

蜜蕩けの獣は誘う。

「愛を注いで」

唇に与えられた痺れと共に記憶が振り切れた。
その笑顔は、こんな場面に似合わず何よりも美しかった。

「お母さんなんかよりもよっぽどに、ね」


液体を器に入れる

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