【ゆずの香り】
ガタガタと荷物が揺れる。地平線には赤く燃える大洋。尻はサドルに落ち着けてボクは夕日に照らされる。火照った体を流すような心地よい風。滴った汗もずっと後ろへ。
オレンジとか赤とか暖色系は爽やかってイメージじゃないのに、なんだか青春を感じてるみたい。
それにこの坂を下ってると頭で2人組のバンドが歌い始めるんだよね。愉快なシャカシャカ音が流れてくる。
「お、ひろっちー」
どうでもいいこと考えていると、女友達が歩いているのを見つけた。というかあっちから声をかけてきた。こっちはまだ自転車で風を感じているけどあっちは結構暑そうで額から伝う汗が妙に目を奪う。
「きいてるー?」
「あ、無視してた訳じゃないごめんごめん」
手を合わせると、彼女はぷくっと頬を膨らませる。
ご立腹のご様子。
「あんなぁ、ウチが自転車壊してせっせこ歩いてるのに自分は気持ちよくご帰宅してウチの話も気もそぞろだなんて許せんで?」
「だーから悪かったって。コンビニでアイスでどうよ」
こいつにへそ曲げられるとこっちのクラス生活も怪しくなるし。あともう少し話してたい。一人で帰るよりかね?決して変な意味じゃなくてね?
だけど、そんな僕の常少ないお小遣いからの痛い出費だけでは足りないらしい。
「もー、何したら許してくれるんよ」
多分自分でも結構情けない顔してると思う。困り眉でへにょへにょーって口で。だからか、彼女はつーんってしていた態度を一気に崩して笑い転げた。すずどころかやかんが転がってそうなくらい。耳馴染みのある笑い声が収まると涙が残る目をこっちに向けて、小さくつぶやく。
「のせて」
「え?」
思わず聞き返すと、彼女は自転車に手を置いて言う。
「だーかーらー、乗せてーなって」
「あー、ええで」
彼女の方が家遠いしまぁ明日あたり返してもらえば良いか、と気軽にハンドルを開け渡そうとする。が手が離れない。彼女の手が僕の手を掴んでいた。
「違うって、このすかぽんたん」
「ひっでー、何が違うん」
「後ろに乗せてって言ってんの!」
彼女の感情表現が激しく腕を揺らす。
つまりはそういうことで。
「え、でもあぶないで?」
「ドラマと違うのは知ってる!でもウチだって女の子だもん」
思わず夕焼けに照らされた彼女の顔を見る。彼女は怒ってるような困ってるような顔で夕日に彩られていた。
「じゃ、じゃああれ、な?」
「う、うん、よろしくな?」
ぎこちなさと心地良さが混じった手を取って後ろに乗るまで待つ。カバンとは別の小さい温かさが背中に乗っけられた。心臓の音がとてもうるさい。
だって彼女だけに言わせときたくないから。
「じゃあ進むぞ?」
「え、ええで。ばっちこい!」
「覚悟決まりすぎ。あとな」
「ん?」
「俺もお前のこと好き」
頭の中にゆずの香りが残る。夏の色として、きっといつまでも忘れないだろう。
12/22/2024, 2:52:24 PM