「ね、今から海行かない?」
毎朝同じ電車に乗るだけで話したこともない、隣のクラスの女子がそう声をかけてきた。胃が痛いなと思いながら下を向いていたので、まさか私だとは思わなかった。とはいえ辺りをどう見回しても彼女がまっすぐに見るのは私だけで、仕方なく自分を指差して首を傾げる。
「そ。学校サボって海って、超良くない?一緒に行こうよ」
そう言って彼女は素敵な笑顔を浮かべる。
どうして私なのか、とか今からじゃないといけないのか、とかわからないことがいくつもあった。けれど、確かに私も「超良い」気がして、少し迷って頷く。
「やった!学校とはホーム逆だから行こ!」
名前も知らない彼女は私が同行すると決まっただけで心底嬉しそうに笑って私の腕を取る。どうしてだかわからないけれど、胃の痛みは先程よりおさまっていた。
"風に身をまかせ"
「噂以上の映画だったな!観てよかった!」
劇場内いっぱいの「どうすんだこれ」という何ともいえない空気のなかひとりそう笑う友人は、クソ映画ハンターに恥じない風格があった。
それはそれとして、何でそんなに噂になっていたクソ映画に俺を誘ったのかは問い質させてもらおうと思う。
"失われた時間"
怒りは7秒我慢すると、ある程度通り過ぎるらしい。
そう話す上司に、成る程社会人だからムカついたって我慢しろと教えられてるんだなと思った。社会人って大変だな~とか嫌だな~とか色々飲み込んで「へえ、そうなんすね」と笑った瞬間、隣にいた同期がぼそりと溢す。
「え、じゃあ7秒以内に怒らなきゃ損しちゃうんだ…」
絶対近いうちに飲みに誘お。
"子供のままで。"
信号待ち中にブブッと振動した端末を開けば、『前!』と暗号染みたメッセージがあった。首を傾げながら正面を向けば、横断歩道の向こう側で照れたように控えめに手を振る彼の姿。大きく手を振り返す。すると、通る車の間に嬉しそうに笑う姿が見えた。
あ、と瞬間思う。今なら、言えるかも。
違う。今なら、じゃない。今じゃないと、言えないかもしれない。
そわそわどきどき心が浮き立っている。早く、早く、早く、信号が変わらないだろうか。そう思いながら、信号と彼を交互に見て再びポケットにしまった端末をぎゅっと強く握った。
信号は、もうすぐ青に変わる。
"愛を叫ぶ。"
「蝶の標本って自分でやると思うと可哀想で無理~と思うんだけどぼくのなつやすみでは昆虫採集嬉々としてやっちゃうんだよね」
「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな」
「エ、エーミール…!」
"モンシロチョウ"