「主、大丈夫ですか」
布団に横になっているであろう主人に襖越しに声を掛けると、少しの間の後ぱたぱたと畳を手で叩く音が聞こえた。「大丈夫ではない」の意だろうか。「聞こえている」という合図だけかもしれない。とにかく、余程体調が悪いらしい。
年頃の女性である主の寝所においそれと近付くのもいかがかと遠目に窺っていたが、流石に折を見て声をかけるしか出来ないのももどかしくなってきた。かといって、せっせと食事や看病と世話を焼く侍女たちの手伝いは経験不足で却って邪魔になるだろうし、そもそも本日の警護番として不用意にここから離れるわけにもいかない。
ふむ、とひとつ唱えて考える。考えて、考えて、ぽんと思い付いた。
「主、宜しければ膝をお貸しましょうか」
以前より甘えの一環なのか主が「膝枕して」と老若男女問わず数多の従者に声を掛ける姿を幾度も見ていた。「はしたないですよ」と窘められる姿も同じ数ほど見ていたが。幼少の頃ならまだしも近頃はいつものことかとまともに取り合って叶えてやる者も滅多にいないのだ。まあ、とはいえ体調が悪い時くらい構うまい。そう思いつつ、そろりと声をかければ。
「えっいいの!?」
瞬間見えたのは、ぼさぼさに絡まった髪と、いつもより随分と青白い顔。体調不良は一目見て明らかだ。けれど、がたがた、がたんっと。主はそんな喜色に満ちた声とともに襖から飛び出てこちらに顔を見せてくれた。
驚きや心配よりあまりの執念にちょっと引いたのは秘密である。
"楽園"
隣の彼女からふわりと柔らかな匂いがした。シャンプーか、柔軟剤か、香水か。わからないけれど、尋常じゃない程どきどきして、けれどそれを素直に口にするのはなんだかあまりにあまりで。少し考えて、結局そっと一歩離れて歩くことにした。
"風に乗って"
「あ、やべ」
待ちかねたLINEが嬉しくて即座にトーク画面に移行してしまった。つまるところ、爆速で既読をつけてしまったわけで。
待ってたの全開でキモかったかな。暇人だと思われたかも。いや、いやいや、送ってすぐ別の画面にいって気付かなかったと信じよう。うん。
画面を開いたまま、そんなことをもごもごまごまご考えていると通話が入った。曰く、「すぐに既読がついたからどうせなら話したいなと思って」とのこと。
やっぱ人生速いもん勝ちってワケ。
"刹那"
「世界を救うためなら」と血を吐くような声で己の死を覚悟したあいつを見て、どうしてあんなに側にいながら世界や全人類よりお前が大事なんだと教えておかなかったのかと後悔した。
"生きる意味"
「誰も君を助けないなら、僕が君のヒーローになるよ」
そう笑って、ヴィランに手を差し出すおまえは。
"善悪"