「あなたを楽園に導いてあげるわ!」
そう、こちらへ手を差し出したのは、
この学校で一番目立つ女の子だった。
輝かしいプラチナブロンドの髪は、
魔法師としての素質の高さを示すものであり。
対する僕は、掃いて捨てるほどいる茶髪。
特別さのカケラも無い、モブにすぎない。
しかし、今、この瞬間から、
そうではなくなってしまった。
「パートナーを彼にする…と?」
眉を顰めた男が呟く、
彼は優れた魔法師で、
血統を重んじる大貴族である。
魔法と血筋に対する誇りは相当なもので、
その感情に感化された魔力は、矢の形を取り、
こちらへと向けられていた。
もし、彼女が頷こうものなら、
躊躇なく放つつもりなのだろう。
「ええ、その通りよ」
力強い肯定の言葉。
瞬間、煮え立つ様な魔力が、放たれた。
空気を震わせるほどの過剰な魔力。
いくら彼女が天才でも、あの威力は危険だ。
きっと対策があるのだと信じて少女を見て…
ニコリと微笑む。
彼女と、目があった。
試す様な視線───。
その手は、腰の杖を抜こうとすらしていない。
僕が契約するに足りるか…
その判断のために、
自らの命を賭けようって言うのか…?
無意識に奥歯を噛み締める。
平穏を求めてやって来た学園だった。
辺境では魔物が人を襲い、
村には魔族が現れ、
必死になって友を逃す人々を見て来た。
それが託した希望が、これか?
平和にかまけ、血の濃さを競うバカ。
力を手にしながら、振るうことすらしない愚か者。
その作劇に付き合わされているこの瞬間も、
何処かで、誰かは悲劇に追われている。
だから───。
足に力を込める。
少女との距離を一瞬で詰め、拳を振るう。
「はへ?…!?きゃああ!?」
「は?おい、待っ!?」
吹き飛ぶ少女。
手ごたえが変だ、障壁でも張っていたらしい。
殴り飛ばされた彼女は、空中で逆さまに浮かびながら、コチラを見て目を白黒させている。
狼狽える男。
投げ返された魔法の矢に困惑しながら、相殺するのに十分な魔力をその杖に纏わせる。
なんだよ…やれば出来るんじゃないか…。
思わず笑みが浮かぶ。
つまらない日々だった、
むしろ苦しい平穏だった。
けれど今日。
僕が仮初の楽園に来た意味が、
ようやく───ハッキリした。
ふわりふわりと空に浮かぶ、
ゆらりゆらりと風に揺蕩う。
幸せな日々を夢に見て、穏やかな風で宙を舞う。
あなたの元に届きますように、
幸せな日々になりますように。
祈りを込めて風に乗る。
ケセラセラ、ケセラセラ。
おしろいの粉をいっぱい吸って、
幸せをきっと届けるよ。
芽吹きの香る、風にのって───。
僕が───その犯人だ。
刹那───。
彼の言葉に空気が凍る。
騎士が眉を顰め、霊媒師が動きを止める。
村のパン屋は困惑と共に笑みを無くし、
私は思わず聞き返す。
「あなたが…犯人?」
あり得ない、と。そう呟いた。
満月のある日、一人の行方不明者が出た。
被害者は、この村でも特に大きな家に住んでいた人物。
近くには騎士が常駐し、それが急に姿を消したのであれば、それ相応の痕跡が残るはずだった。
しかし、謎は迷宮入りする───それは何故か?
被害者の事を誰も覚えていなかったのだ。
わかるのは、その屋敷を中心に村がある事くらい。
記憶の欠落という不可解さを全員が抱える中で、
なぜ。彼は自分を犯人だとわかるのか。
あり得ない…か───。
そうだね、確かにそうだ。
僕に彼を狙う理由はない───。
静かに、それでいて、力のこもった言葉と共に彼が呟く。
その手には、一つの本があった。
人狼物語。
人狼潜む村から、旅人が人を喰らう人狼を見つけ出し、平和を与える物語。
それはまさに今の状況そのもので、しかしそれなら、旅人である彼が人狼である筈は無かった。
ねぇ、僕を占ってくれないかな───占い師ちゃん。
「う、うん。」
そうして、彼の言葉に頷こうとした時。
「やめておきなさい」
無言を貫いていた霊媒師が口を開いた。
確信を持った言葉。
首を振る彼女は、確かに何か知っているようで…
大丈夫。それでここは平和になる───。
しかし、私は、旅人の言葉を信じる事しか出来なかった。
目を閉じる。水晶を覗く。世界が歪む。
そうして、彼の魂を見つめた瞬間───。
星が弾けるように、光が舞って。
目の前から、誰かが消えた。
「えっ?」
涙が流れる。
心を打つ刹那の喪失感。
きっとそれは、誰かへの想いの残響だった。
この世界にはいろんなものが生きている。
枝葉の陰で歌う鳥がいて、
水面の底で眠る魚がいて、
実家の庭で遊ぶ犬がいる。
どれもそれぞれの生命があって、
それぞれ違う日々を生きてきた。
僕らも同じだ。
楽しげに笑う学生がいて、
眠気を堪える会社員がいて、
それらを見つめる僕がいる。
生きる意味なんて、わからないけど。
それでも彼らは生きている。
きっとそこには、素敵な日々があふれてる。
学校に行けば、笑顔をくれる友達がいる。
家に帰れば、安心できる家族がいる。
それらが無くても、想い馳せることはできる。
だからそう、
生きる意味に困るなら、
空を眺めて雲を探そう。
君の空には何が見えた───?
僕はそうだな。
草花の匂いと、笑顔の影が浮かんだよ。
お兄さんっていい人───?
そう声をかけてきたのは少年だった。
場所は特筆することもない交差点。
重たい雲は空を覆い、
雨が赤く染まるコンクリートを薄く広げている。
それの中心には、純粋な。
透き通った瞳と、白雪髪の少年。
その頭の上で、犬耳がぴょこぴょこ跳ねている。
彼の周囲には、欠損の見える数多の遺体。
転がる拳銃に、抉れた様なコンクリートの傷。
その中心から。
真っ直ぐに、冷や汗を流す俺へ問いかけている。
コレは───なんだ?
どう言う状況だ?
いい人ってなんだ?
傷つけていい人、と言う問いなのか?
善人なのか、と言う問いなのか?
頼む、もう少し説明してくれ!
そんな内心はおくびにも出さず
…俺は……よくない人だよ。
自嘲を込めて、そう答えた。
パチパチと目を瞬く少年。
そんな彼に、余った菓子パンを手渡して、
そのまま背を向ける。
正義の味方なんてガラじゃない。
悪事のツテなんて持ってない。
自分の命が大切な子悪党…それでいいじゃないか。
あくまで俺は一般人。
そうだ、帰ったら適当にドラマでも見よう。
そんな気楽さで家に帰った俺は、
玄関先で後悔する事になる。
ウチはペット禁止だってのに…
どうやら、善悪って奴は、
ハッキリしとかないといけないらしい。