「あの木の枝についてる枯葉が落ちる頃にはきっともう、私はいないわ。」
なんかの聞き間違いかと思った。だって、そんな漫画の中の病弱なヒロインなんかが言いそうな典型的な言葉が知り合いの口から発せられるなんて誰か想像するって言うんだろう。
しかも、よりによって天真爛漫、お転婆だなんて形容詞がぴったりな彼女の口からそんな言葉が出るなんて、以下同文。
そんな、ちょっとした動揺に見舞われてたせいだろうか、気づいたら僕は枯葉が散る頃に云々といったセリフの次には相応しくない言葉をついつい吐いてしまっていた。
「…ちょっと、胡散臭すぎない??」
――――――
僕は彼女の枯葉云々だとかいう言葉をまともには受け取っていなかった。
だって、気まぐれなあの子の事だ、どうせああいった事もどうせ冗談なんだと思って、考えないようにしていた。
でも、そんな話をした数日後、寝過ごした朝に隣のベットがもぬけの殻になって片付けられてた時、僕は心臓を縮み上がらせた。
そして、最悪の事態が頭に浮かび上がった。
彼女の死という最悪の事態が。
――――――
ナースステーションに向かう途中で、頭の中は後悔でいっぱいだった。
なんで、あの時真剣に話を聞いてあげなかったんだろう。
盲腸での入院だとは言ってたけど、本当は重い病気を持ってたのかもしれない。
彼女はあの時の僕の言葉の後、冗談ぽく笑ってはいたけど、本当は強がりだったかもしれないのに。
たった数週間の仲ではあったけど、友達の少ない僕にとって、彼女の存在というのは否が応でも自分の中では大きいものとなってしまっていた。
せめて本当のことを知ってたかった。
なのに僕は、それを、胡散臭いだなんだって、
そんな溢れだしそうな後悔で泣き出しそうな、そんな時、
「あれ、メガネくん!慌てちゃってどしたの。」
背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにはいつもの笑顔の彼女が立っている。
彼女の姿を目にした時、僕は安堵すると同時に少し責め立てるようにして彼女に勢いよく問うた。
「っ…!!なんで、病室にいなかったの!どれだけ、、心配したか。」
そんな、顔をくしゃくしゃにしながら、今にも泣き出しそうな顔をする僕を前にして、彼女は軽く慌て始めた。
「ごめん、ごめん!!君があまりにも気持ちよさそうに寝てたから、全部退院の準備が終わってから起こそうと思ってたの。」
彼女の予想外の言葉に僕は目を見開いた。
「た、退院??」
「そう、退院!ただの盲腸だからね。抜糸も終わったし、今日退院出来ることになったの。サプライズしようと思って君には黙ってたんだけど、もしかして驚かせちゃった?」
「本当は重い病気とかが、あるとかじゃなくて??」
「何言ってるの、元は健康体よわたし。」
「じゃあ、枯葉が散る頃にってやつは、、」
「あぁ、あれね。 初めての入院だし、人生に一度は言ってみたいセリフだったの」
「はい?」
思わず間抜けな声が出る。
とんだ拍子抜けだ。いや、そもそも最初から僕の思い違いだったのだ。あんなセリフを真に受けて、勘違いするとはとんだ赤っ恥だ。
あれだけ、会いたかった目の前の彼女だが、さっきとは打って変わって、今僕は彼女の間から今すぐにでも消えてしまいたかった。
――結局木から枯葉が落ちる頃、僕は彼女を失わずに済んだが、自分の面目は失ったのだった。――
――あの木の枯葉が落ちる頃
お題【枯葉】
悠久の時を持っている私でも、時間の大切さは痛いぐらいにわかるわ。
こう何年も歳をとると、外見は1ミリも変わっちゃくれないくせして、心だけ一丁前に時を刻んでは慈しむようになるの。
――不老不死というのは名ばかりで、感情と知性を併せ持って元々人間として生まれてた彼女は歳をとるという概念をとっくの昔から知ってしまっていた。――
いくら外見が変わらずとも心は歳をとる。
ふふ、こんな発見、世紀の大発見でしょうね。
でも、どんなに世界が轟くようなことが起こっても、人の世が終わってしまったこの地では、もうざわめくような混沌が起こることも無くなってしまったわ。寂しいものね。
だからこそ、私は毎日を大切にするわ。
今まで過ごしてきた日々は二度と訪れることは無いからね。
まぁ、でもこんなこと話しても、今さっき崖から落ちてきた人間じゃない貴方にはわからないでしょうね。
ごめんなさいね、身の上話なんかしちゃって。
あら、どうしたの。
家に帰りたいの?
残念だけど、もう真夜中よ、きっと今日は帰れないわ。
私の家で休んでいって。
一晩、泊めてあげるわ。
でもね、せっかくの久しぶりのお客さんであるあなたには、休ませてあげる代わりに一つだけ一緒にやって欲しいことがあるの。
いいえ、何も難しいことはないわ。
もう少しで日付が変わるの。その時間の少し前に私と一緒に同じことを思ってもらうだけでいいのよ。
二度と来ない今日へ、サヨナラってね。
簡単でしょう?
――不滅の彼女
お題【今日にサヨナラ】
よくSNSやテレビで赤ちゃんを優しげに見守る犬や猫の動画が流れてきたとき、いつかうちにも家族が増えた時にはこんな光景が見られるのかもしれないと期待していた。
でも、いざ小さな命を授かって、ちいこい赤ん坊が家に来ても、我が家の愛犬はいつも通りで、赤ん坊が寝ているベビーベッドを覗き込むこともしなかった。
まぁ、元来賢くてクールなところが特徴の子でもあったからしょうがないか。と、大きく期待していた訳でもないけど少し残念な気持ちを持ちながら私はひっそりと少し肩を落としていた。
そんなある日、ちょっとした事件が起こった。
愛犬がいたく気に入っていた人形の手足を愛犬の目の前で娘が引きちぎってしまったのだ。
私は軽く焦った。
随分前にも、うちのコにはお気に入りのボールがあって、毎日のように遊んでは、毎日口にくわえて寝るほどにそれはそれはとても気に入っていたものだった。
だが、そんなボールも2、3年もすると経年劣化というものには負けてしまうもので、徐々に徐々に欠けていってしまって、最期には、くわえたときの衝撃でバラバラに壊れてしまった。
当人のそのコはというと、ボールを失って暫くは酷く落ち込んだ様子でいつもは立てている耳も数日はぺしょりと垂れさせてしまうほどの落ち込みようだった。
さすがに、またあそこまで悲しむ様子は見たくない。
いつもはクールで優しいあのコがしょげるところを見るのはなかなかに心が痛むものなのだ。
人形がちぎれた反動でクッションの上にひっくり返って泣いている我が子を抱き上げて慰めながらあのコにどう言い訳して慰めようかと考えて、恐る恐るあのコに目を向けようと顔を上げると、さっきまで力の限り泣き叫んでいた娘が肩口で笑っていることに気がついた。
どうしてだろうと振り返ってみると、今まで娘に積極的には近づこうとしなかったコが娘の涙を拭うように頬を一生懸命にぺろぺろと舐めていた。
まるで泣く娘を必死に慰めるような心配した面持ちで。
こんなことはじめてだ。
あの人形は、常に肌身離さず自分の傍において、たとえ家族でも、誰かに取られると悲しげにくぅんとひと泣きするぐらいにはお気に入りのはずなのに。
そのコは人形を気にすることはせずに愛犬は必死に娘の頬を舐めていた。
その光景を見て私はふと、思い出した。
私が辛くて泣いていた時もこのコはいつもこうして慰めてくれていたことを。
そうか、少なくともこのコにとって娘はもう大切な家族なんだ。私は直感でそう受けとった。
テレビのようにずっと子供の傍にいて守ってくれている訳では無いけど、このコはこのコなりに私たちの新しい家族を大切に見守ってくれているんだ、と。
なんだか、ひどく暖かいものがじんわりと体のうちに広がって、産後で緩みきった涙腺が熱くなるのを私は感じた。
涙をこらえて私は、愛犬と娘をかき抱いた。
「ごめんねぇ、ありがとうねぇ、クロ。今度は代わりにめちゃくちゃ大きい人形買ってあげるからね。」
と泣き笑いしながら私が言うと、それは、いらないというように、抱きしめられたままクロが冷めた声でワンっ!とひと鳴きするものだから、私はぷッと噴き出してしまった。
――お気に入りよりも
お題「お気に入り」
誰よりも優れていたいと願っていたあの頃よりも、自分だけの大切なものを見つけた今の方が不思議と人生が明るく見えた