私の手はいつも冷たかった。冬などは、何に触れても、じわじわとした不快な痺れがあるばかり。
彼女は私の同級生で、部活動も同じ、帰る道の方向も同じだった。運動神経がよく、勉強もでき、絵を描くのも上手かった。努力を惜しまない人だった。
親友などと呼ぶほどには、互いの距離は近くもなかったけれど、下校時間にこっそり買って、二人で駐輪場の屋根に隠れて食べた、一つ百円ぽっちのアイスの味は、どうしてあれほど美味しかったのだろう。
ある冬の午後。下校時間に二人で帰路につき、他愛もない話をしながら並んで歩いていた。指先のかじかむ私の手を見て、彼女がそっと手を差し伸べた。温めてあげるよ、と。
繋いだ彼女の手の温かさが、私の冷たい手の血を絆す。与えられる優しさに心地よさを覚えながら、二人、いつもの帰り道を歩いていく。
ふと、
私は気づいた。彼女の手が冷たくなっていくことに。彼女は顔色ひとつ変えず、にこやかに私に話しかけている。私の手は、たしかに彼女の温もりを得たのに、それでも冷たいままだった。繋いだままの二人の手が、どちらも熱を失っていく。それでも、彼女は放そうとしなかったのに。
「もう大丈夫。」
私は彼女の手を放す。与えられるものもなく、奪い続ける浅ましさに、私自身が耐えられなかった。そう、と彼女が答えたのは、ちょうど二人の分かれ道の上。またね、また明日、そう互いに声をかけて分かれたら、その冬も、次の冬も、痺れる指を握りしめ、私は彼女と、二度と手を繋がなかった。
【友達の思い出】
人の子ら、命潰えて星になる。悲しみに、寂しさに、幸福に、満足に、それぞれの色で瞬きながら、地上の幸いを夢に見る。
今夜、満天の星空。いずれ私もゆく場所だから、あなたを弔い、祈りを捧ぐ。
星よ、星よ、あまねく命の輝きよ。歴史の河に散りばめられた、猛き血潮の願いの束よ。我ら汝を継ぐ者ぞ。見守り給えよ、安らかに。
【星空】
聞けば、与えてはならないものだと。鍛冶場の炉から、隠して持ち出したちいさな灯火を、大事に大事に抱えてあなたは降りてきた。
どうして火をくれたのですか。
焚き火に温まりながら首をかしげても、あなたは答えない。勧められるままに口にした肉は、昨日までとは比べものにならないほど熱く喉を潤した。
どうして火をくれたのですか。
互いに向け合う憎悪に焼き払われる家々。悲鳴と涙に逃げ惑い、瓦礫の町であなたに叫ぶ。信仰さえも灰にして、燃え盛るのはあなたへの怒りばかり。
どうして火をくれたのですか。
あなたは無惨にも、括り付けられた岩山の頂に。苦悶にもがく鎖を打ち鳴らし、傷つけられた脇腹を鷲に喰まれ、それでも後悔など微塵も見せずに。
山を登る。その曇りない瞳に見えるよう、松明を掲げて。雷雨の夜に、投げ落とされる稲妻も今は怖くない。飛び交う鷲を撃ち落とし、鎖を断ち切ったなら、あなたに聞きたいことがある。
どうして火をくれたのですか。
たどり着かない山の中腹で、あなたが私を見下ろした。熱を帯びた、美しい瞳で。
【神様だけが知っている】
歩く靴先に導かれるまま、藪を縫って歩いてきた。ここがどこかも知らないが、低く飛んでくちょうちょを追いかけ、昨日は左に歩いたし、今日は駆け抜ける風と一緒に右へ走った。ここかどこかなど、知る気もなかった。
草木に擦れた腕の傷、小石に転んだ膝の傷。懐かしさを痕にして、忘れてしまった痛みは寝た子のままに。どこへいけばいいかなど、わかるはずもなく。
暮れる夕日を前にして、途方に暮れて足を止め、うつむいた目が涙に歪む。すっかりくたびれた靴紐が、可哀想にもほどけていたから、しゃがみこんで直してやった。
ぴったりと、この足に添う汚れたこの靴。
立ち上がって、振り返ったのは初めてだった。黄金色にそよぐ草波に、どこからきたのかなんて、もう分からない。それほど遠くへきたのだと。
いびつに細く続いてきた足跡が、先を求めて道になる。その先頭で、今夜はあの明るい星を目指すのだと、また藪の中へ、私は足を踏み出した。
【この道の先に】
廃屋の隅に息を潜める。埃まみれの寂しい板の間に座れば、我が家のような心地よさ。割れた壁の隙間、隙間、隙間を眩しい光線が貫いて、漂う塵を星のようにきらめかせた。
朽ちた天井をくぐってのぞく空は、高すぎるほどに青く、はねつける熱で肌を拒む太陽など、直視できるはずもない。うなだれた胸の内を抱え、瞑った目のまま私は祈る。
墜落せしませ、イカロスよ。
傲慢な勇気と、敬虔な好奇心にあこがれて、私はこんな薄暗がりで君を待つ。羽もないのに、腕を広げて。
【日差し】